人生の宝

<登場人物>

edo tina
エドガー・ラルティーン エティナ・グレース

メルッショルドのホテルの一室に、宝箱を持った女性が泊まっていた。

この日デモリューションのなんでも屋は、その部屋へ呼び出されていた。

「これをあなたたちに寄贈したいと考えておりまして」

生気を失った表情で、金髪碧眼の女性が言葉を紡ぐ。

彼女は少し傷んだ髪をポニーテールに結んでいた。何かスポーツをしていたのだろう、引き締まった健康的な身体は小麦色に焼けている。

「受け取っていただけますでしょうか」

彼女が差し出しているのは、世界の魂を凝縮したような、美しい懐中時計だ。懐中時計はダチョウの卵ほどもあり、片手ではとても持つことが出来ない。彼女は両手で懐中時計を包み込むようにして持っていた。

蓋の装飾はユタアースを模しているのだろう。懐中時計の周囲をアイオライトブルーの宝石が覆っており、その上に黄金で出来た大地が装飾されている。

蓋を開けると、目に飛び込んでくるのは、文字盤の数字の部分に取り付けられた12色の宝石だ。大粒の宝石がずらりと並び、さながら宝石の展覧会のようだ。時計の針はもう動いていないが、少しも錆びていない。

ダチョウの卵ほどもある懐中時計故、竜頭部も分厚くつくられている。装飾にはダイヤモンドが贅沢に使われ、この時計が只者ではないことを示している。

ゴクリ。

と、つばを飲んだのはデモリューションのなんでも屋、エドガー・ラルティーンだ。隣にはエティナ・グレースが眼を丸くして座っている。

「あの、おねえさん。これ、すごく高価な物に見えるんだけど・・・」

「そうですよ、とてもじゃないですけど、受け取れません」

エドガー、エティナの順でお姉さんに断りを入れる。

「いいえ、もらって欲しいんです。売り払って、デモリューションの活動資金にしていただいても構いません。デモリューションでは戦争孤児を救う活動をされていると聞きます。私も協力できればと考えているのです」

彼女は疲れた表情をしていた。

「わかっ・・・たとは言えないけど」

エドガーは懐中時計を手に取って

「せめて、この懐中時計がお姉さんにとってどんな存在だったのか、聞かせてください」

女性に向かって笑った。

「そんな暗い顔をされたままじゃ、俺達帰ることは出来ないから」

「・・・わかりました」

金髪碧眼の女性はこの日初めて笑った。

「私はシナリオ・リトルウイングと申します。私はこの16年間、1400年ほど前に描かれた地図を片手に、世界中を飛び回る生活を続けていました」

シナリオは目をつむり、記憶を手繰り寄せた。

「16年前といえば、セフィロスという神様がこの世界に降り立った頃ですね。

あの頃人類はこう考えていました。『神様といえば、人間を救ってくれるものだ』と。でもセフィロス神は違いました。神は『人間を滅ぼす』と言い、異形のモノ達を創り出しました」

シナリオは目を細める。

「私はその頃10歳でしたが、人間を本気で滅ぼそうとする神様なんて・・・怖かったのを覚えています。

ただ、人間にも救いはありました。

カリアス・トリーヴァ様が降臨したのです。カリアス様は、セフィロス神が人間を滅ぼそうとする理由が2000年前の最終戦争で人間が神を殺したためだと説かれました。

カリアス様は、人類は2つのルーツから出来ていることも話されました。

1つは2000年前にセフィロス神ら神々が創りだした復元者の人々。

もう1つが、地球に住み着いていた人間の末裔です。

さらに人間と復元者を髪の毛の色で判別できるとも仰られました。人間の髪色は黒、栗色、ブロンド、プラチナブロンドの4種類しかない。それ以外の髪色の人型の生き物は、復元者だと」

シナリオはエドガーの緑色の髪を見た。

「あなたは、復元者ですか?」

「どっちだと思う?」

「そんな質問は、復元者の方はしませんね」

「せーかい!俺は人間だよ。髪の色だけで判断されて殺されるなんて、馬鹿らしいからさ。人間みんな変な髪色に染めちゃえばいいのにって思うよ」

エドガーはあっけらかんと笑った。

シナリオは指先を唇にあて、上品そうに笑った。

「あなたは素敵ですね。そんな人が増えれば、人間と復元者の確執も消えていくのかもしれません。

ただ今は、人間と復元者の間の憎しみは消えないでしょう」

シナリオは唇を噛んだ。

「話を続けますね。

私は16年前、神様が降臨して、カリアス様が降臨して。人間と復元者が殺し合うようになって、両親を失いました。

メルッショルドで虐げられた復元者の集団が、突然わたしの家に上がり込んで、強盗をおこない、両親を殺しました。

わたしは両親に覆いかぶされて、苦しい苦しいってうめいていましたが、両親が次第に冷たくなっていくことに気づいて、黙りました。復元者たちはわたしの家族を奪い、お金を奪い、立ち去ったのです」

シナリオは目元に涙を浮かべた。

「わたしはその日から独りぼっちになりました。それでもあるき出さなければならなかったから、無茶苦茶に荒らされた自宅をたった一人で片付けて。そして思い出しました」

彼女は手元のバッグから、分厚いノートを20冊も取り出した。半分以上のノートは、紙が日焼けして茶色く焦げている。

「わたしの父親は考古学者でした。

この父親は、1400年ほど前にマタリカ大陸の中央に存在していたスーパーステイトという国の国宝に興味を持っていました。

スーパーステイトはいまのデロメア・テクニカ、ロマリア、アルテリア、デベロス、ストライト、サイナピアス、シンクトンクに領土をまたぐ超大国です。

この超大国は、マタリカ大陸全土を統一しようという動きから生まれました。スーパーステイトによって多種多様な国々が滅ぼされ、併合されていきました。マタリカ大陸の豊穣な土地を征服したスーパーステイトは、世界一富んだ国だと言われました。

ですが結局は世界を統一するという支配圧が、各地人々の反発を生みました。スーパーステイトの人々は自国こそがNo1だと信じていたのでしょう。彼らは征服した土地の文化を尊重しませんでした。周辺国をスーパーステイトの色に染めることを厭わなかった。

そして事件が起きます。

2781年に発生したスーパーステイトによるアルテリアの侵略を、ロマリアの武士が討伐しました。スーパーステイト打倒の機運が高まり、ロマリアの武士を中心にスーパーステイトとの全面戦争が始まって、2804年にスーパーステイトは滅びました。

スーパーステイトの末期は、国民全てが政治家を敵視していたと聞きます。政治家は家臣すら信用できず、疑心暗鬼に陥っていました。滅亡する国家の性ですね」

シナリオは懐中時計を触った。アイオライトブルーの宝石が、まるでスーパーステイトの人々の涙のように見えてくる。

「スーパーステイトの政治家は、自分の財産を後世に残すために、財宝を地中に埋めました。そして財宝の在り処を示す地図を描いたのです。

わたしの父は、スーパーステイトの政治家たちが描いた地図を頼りに、財宝を探し始めました」

シナリオは手元の日焼けしたノートをめくる。

1枚の写真がパラリと落ちた。ジーンズと薄手のシャツに身を包み、タオルを頭に巻いた3人の屈強な男性が写っている。

「この写真の一番左にいるのが、わたしの父です。父が考古学者になる前、デロメア・テクニカの炭鉱で冒険のための資金を稼ぐために働いていた当時の写真です。

父親はこの炭鉱で働いている時に、母親と出会ったそうです。

母親に渡したラブレターも大事に保存されていました。

『いまは炭鉱で働いているが、僕はいつか冒険に出たい。宝の地図はいつも胸の奥にしまっている。子どものようだね。君はこんな僕を好きでいてくれるだろうか』」

シナリオは父親のラブレターを読みながら、ポロポロと涙を流していた。

「大丈夫?シナリオさん」

「ごめんなさい。父のことを思い出してしまって。

わたしは、生前の父親とそれほどうまくいっていませんでした。家族をほっぽりだしてふらっと何処かへ出かけてしまうし、帰ってきたら机にかじりついて、ああでもないこうでもないと頭を掻いているのです。わたしとの会話なんてほとんどありませんでした。だけど」

シナリオはノートの間から1枚の便箋を取り出した。

「母親は、『私はいつだってあなたの夢を応援し続けたい。だって夢を追いかけているあなたが好きだから。でも、身体だけは大事にして。一緒に夢を叶えたいわね』と書いています。

そういえば、母親が父親を言い咎めているところを一度も見たことがありませんでした。幼い私は、父親の振る舞いに対して、お母さんはどうして何も言わないんだろうと思っていたけれど、母親は母である前に1人の女性だったのだって、この手紙を読んで感じました」

彼女は便箋を大事そうにノートへはさみ直した。

「炭鉱でお金をためた父はメルッショルドのアカデミーで考古学者の端くれとなり、スーパーステイトの政治家が残した財宝を探す冒険をはじめました。ノートを見ていたら、考古学会で父の研究は認められず、悔しい思いもしたようです」

シナリオはノートをめくり、また1枚の写真に目を留めた。

そこには満面の笑顔の両親と、生まれたばかりのシナリオが写っていた。

シナリオは嗚咽を必死で抑えていた。

「何年かしてわたしが生まれ、父は一家の大黒柱となりました。

父は、わたしのことを恨んでいるんじゃないかって思うことがあります。

わたしが5歳の頃、父の大学でスーパーステイトの財宝を探すプロジェクトが立ち上がりました。ずっと父がやりたいと思っていた仕事だったはずです。それなのにわたしが、高熱を出してしまって、1ヶ月も寝込みました。父はプロジェクトのリーダーを降りて、わたしに寄り添ってくれました。

ようやく手に入れかけたチャンスを、父はわたしのせいで失ってしまったんです。それから先、父にスーパーステイトの財宝に関する仕事はまわってきませんでした。家族を支えるために自分のやりたくない仕事を、ずっとしてくれて。合間合間で趣味のようにスーパーステイトの財宝について資料をあつめていたのです。

苦しい状況の中で、父の傍らにはいつも母がいて、もがいている父親を励ましていたようでした。父は幸せだったのか、わたしにはわかりません」

涙がノートにしみを作っていく。

「また、すみません。

父は、わたしが学校や友人関係に失敗して辛いときにいつも『天上の林檎を求めるものだけが地上の平穏を与えられる』というスーパーステイトの格言を話してくれました。その言葉は、父が自分自身にずっと言い聞かせていた言葉だったのかもしれません。父はずっと、天上の林檎を探し続けていたのです」

シナリオは1冊目のノートを閉じると、別のノートを手にとってパラパラとめくった。

「わたしは、16年前のあの日、このノートを見てから、両親の代わりにスーパーステイトの財宝を探す冒険をすることに決めました。

体を鍛え、装備を整えて、わたしはマタリカ大陸を縦横無尽に冒険しました。

行き詰まると、自宅に帰って父の残したノートを隅から隅まで読み直しました。すると、新しい発見が生まれるのです。初めて読んだ時に理解できなかったことも、次第に理解できるようになっていきました。

それは成長でした。父から教えてもらってわたしは成長していったのです。

このノートに残されたのは、知識だけではありません。例えばこのノートのあるページにはコーヒーのシミが広がっています。父が書物をしながらコーヒーを飲んで、こぼしてしまったのでしょう。

そのコーヒーの香りが、ノートをめくった時にわずかに漂ってきました。その時わたしは、母親が夜遅くまで書物に没頭している父へコーヒーを入れてあげるイメージを思い浮かべ、楽しくなりました。このノートには父の情熱と知識と、両親の愛が詰まっているのです。

わたしは旅を続けました。そして自分自身で気づいたことを新しいノートにまとめていきました。いつしか、わたしは両親の残したノートよりも沢山のノートを文字でいっぱいにしていました。

父を、超えられたかもしれないと感じた瞬間でした。

いよいよわたしは、自分自身の人生を楽しめるようになりました。悲しい出来事で両親を失ったことも忘れて、マタリカ大陸中を飛び回って財宝探しに没頭していきます。

そしてついに、絶対ここに財宝があるはずだという場所に辿り着きました。メルッショルドとロマリアの間の密林地帯に、地理学者しか知らないような小さな盆地があるのですが、その中心部で掘削を行った形跡が見られたのです。わたしは何人かのメンバーと共に現地へ向かいました。

夏の暑い日でした。

その盆地にはセコイアの木が立ち並んでおり、日差しをいくらか遮ってくれたのですが、それでも暑かった。わたしたちは水を頭から被りながら、スコップを使って周辺の土を掘り返しました。大きなトカゲや、ボブキャット、キツネ、ジリス、ミュールジカといった野生動物と接触して、同行していた生態学者が喜んでいたのを覚えています。

この頃、わたしの冒険に付き合ってくれる人も増えていたので、作業自体はスムーズに進んでいきました。けれど掘れども掘れども、一向に財宝が見つからない。

やっぱり、違う場所だったのだろうか?とメンバー全員が疑心暗鬼に陥りかけた時、わたしは父の言葉を思い出しました。

『天上の林檎を求めるものだけが地上の平穏を与えられる』

わたしは周辺に立っているセコイアの木を見渡しました。植物学者に樹齢1400年を迎える木はないかと聞いたのです。

わたしの立てた仮説は、スーパーステイト時代に埋めた財宝が、成長するセコイアの内部に取り込まれ、そのまま空へ連れて行かれたのではないか?ということでした。

植物学者もその意図に気づき、一緒に樹齢1400年のセコイアの木を探してくれました。何本かの木が選定されました。選ばれたセコイアの中から、一番財宝の眠っている可能性の高い木を選ぶのはわたしの仕事でした。

持ってきていた食料や装備から考えると、その回の探索では1本のセコイアを調べるのが限界だと誰もがわかっていました。もし外したら、別の探索隊に財宝を見つけられてしまうかもしれない。

メンバーの誰もがそんなプレッシャーを感じていました。

全員が見つめる中で、わたしは最後の選択を行いました。自分の選択を皆に伝える時、不思議と声は震えませんでした。

そしてその選択は、正しいものでした。わたし達のグループはセコイアの木に登り、そこにめり込んでいた宝箱を発見したのです。誰もが喜びを爆発させ、抱き合いました。わたしも財宝を探した16年間が走馬灯のように蘇って、涙を流していました。

この選択は、わたし1人の選択ではなかったように思うのです。天国の父がセコイアの木を空から眺めて、ここにあるよと教えてくれたように思うのです」

シナリオは懐中時計に視線を落とした。

エドガーは鼻をすすっていた。

「シナリオさん、立派だね。苦しい事件を乗り越えて、やりきったね」

「ありがとうございます。わたしの人生は、不幸な事件によって狂ってしまいました。けれど今はとても充実しています」

「そう感じられるシナリオさんは凄いと思うな。でもだからこそ、この懐中時計はシナリオさんが持っておくべきじゃないかって思うんだ。シナリオさんがご両親と一緒に見つけた宝なんだから」

「それは、違いますよ」

シナリオは今日一番の笑顔を浮かべる。

「わたしはこの16年間、両親の残したノートと格闘して、時には何を書いているかわからないよと反発し、時にはそういう意味だったのかと歓喜し、時には両親の情熱に励まされ、マタリカ大陸を飛び回って財宝を探しだしました。

財宝を手に入れた時に感じたのは、財宝を手に入れた事自体は嬉しいけれど、財宝を探しているときの楽しさにはかなわないと言うことです」

シナリオはゆっくりと目を閉じて続ける。

「わたしは、財宝探しをはじめて、不幸な事件を忘れることが出来ました。簡単に財宝を見つけられたら、あの事件を忘れることはできなかったでしょう。何かに夢中になることこそが、人生の宝なのです。

そう、宝の地図はいつも胸の奥にある、のです」

シナリオはそう言うと立ち上がりその場を去ろうとした。

このあとエドガーとエティナが、30分程度シナリオへ懐中時計を返そうと試みたが、シナリオは決してそれを受け取らなかった。

エドガーとエティナは音を上げて、スーパーステイト時代の懐中時計をデモリューションの活動資金の足しにすることをシナリオへ誓った。

「よかった。わたしの人生が誰かの人生の役に立ちますように」

シナリオはそれだけを言うと、ホテルのドアを開けて去っていく。

エドガーがふいに懐中時計の蓋を開けると、止まっていたはずの針が、わずかに動いたような気がした。


こちらの作品はアンジェロさまから
お題を頂きました。

ありがとうございました!

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