第14項 村医者ルドルフ3

「アトラスのチームが、ドラッグゲル・ドゾンを目指して進んでいる、と?」
 リリィ・ゼクセリアは事実を確かめるように聞き返した。
「はい、またビルシュタインズに協力的な村の人々に対し、敵意を持っているとの情報も得ています。ビルシュタインズに加担するものは容赦しないと」
「信じられない。村の人たちに罪は無いのに」
 パティは胸を痛めた。リリィは凛として部下へ問いかける。
「アトラスのチームの到着予定時間は?」
「それが、1時間後にはドラッグゲル・ドゾンに到着することが見えています」
「なんてこと」
 リリィは唇を噛んだ。
「とにかくアトラスのチームに、ドラッグゲル・ドゾンへの侵入を許してはならないわ。もしものことに備えて村人には避難勧告を出しましょう」
 リリィの提案にパティも頷いた。リリィはアトラスのチームを打ち払うための作戦を部下に伝える。リリィの考案した作戦は、緻密な連携が要求され、困難に満ちていたが、彼女の指揮の下であれば、実現できるように思えた。
「お姉ちゃん、ありがとう。後はどうか、お姉ちゃんの大事な人も、守ってあげて」
 パティはリリィに、後悔だけはしないようにして欲しいと訴えた。リリィは妹の後押しを得て、馬に跨がると、夕暮れの小道を走った。村はずれの掘建て小屋で研究を続ける人へ、危険を伝えにいくためだ。
『ルドルフ、あなたを死なせるわけにはいかない』
 馬とリリィ、馬具も合わせて、500kgをゆうに超える塊が小道を駆ける。その塊はある時点で、小道に仕掛けられた罠――巨大なガラス容器を踏みつけ、深い穴に転落した。バシャッと液体の跳ねる音が聞こえる。穴に溜められた液体に反応し、馬が悲鳴をあげた。

「これは!? 何!? 足が焼けるように熱い。何が起きているの!?」
「リリィ・ゼクセリア。来てくれると思っていた。地獄へようこそ」
「ルドルフ! 何? 何を言っているの?」
「硫酸という薬品を知っているか? 三酸化硫黄を水と反応させることでつくることが出来る液体だ。不燃性で、身体に付着すると火傷を引き起こす。この硫酸は、ガラスの容器に入れて保存することが出来る。君の落ちた穴は大きなガラスに覆われた穴なのさ」
「わからない。さっき通った時にはこんなものはなかったでしょう?」
「ヒト2人の体重では屋根が破れないように設計した。君が私のために、馬を駆り、飛んできてくれると信じて」
 リリィは涙を流していた。
「じゃあ、あなたのかけてくれた言葉は? あれは全部嘘だったの? 答えて」
「・・・全ては真実だ」
「嘘つき」
 リリィは赤い目をして、凛と笑った。彼女は硫酸の溜まった落とし穴で、化学反応に身体を焼かれながらも、意識を失うまで、微笑を崩さず、悲鳴も上げなかった。
「リリィ。願わくば次は、神のいない世界で」
 ルドルフは落とし穴に沈み込むリリィに向けて、十字を切った。

 アトラスのチームがドラッグゲル・ドゾンへ到着する。パティはリリィが戻らないことに、胸のざわめきを抑えられないまま、アトラスのチームとの戦いに臨んだ。リリィを失ったビルシュタインズは、見るからに統率を欠いていた。リリィの考案した作戦が困難だった故に、誰も彼女の代わりをすることが出来なかったのだ。ビルシュタインズの面々は、リリィが常にいると考え、気づかぬうちに依存していたのだ。
 パティはリリィの作戦を忠実にこなしたが、作戦の1つ1つが示す本質的な目的までを理解することは出来なかった。アトラスのチームの勢いを止めることの出来なかったビルシュタインズは、ドラッグゲル・ドゾンを撤退せざるを得なかった。
「簡単に勝っちまったな」
 ゼノンが拍子抜けしたようにアトラスへ声をかけた。
「ああ。謎の学者からの手紙を信じた意味があったというわけだ」
 アトラスの視線の先には、ルドルフがいた。彼が手紙の主であることは自然と理解できた。ルドルフはアトラスに、強い意志を告げる。
「アトラス。神に抗うものよ。俺は身命を賭して、お前を勝たせ続けよう」


《クレイモアクロニクル目次》
第1項 アトラスという男
第2項 ビルシュタインズ
第3項 ビルシュタイン
第4項 山賊ゼノン
第5項 パティ・ゼクセリア
第6項 スヴィーナ
第7項 忍びの森
第8項 疾風の森を駆ける王者
第9項 アルネスト・リークラク
第10項 忍者エッジ
第11項 リリィ・ゼクセリア
第12項 村医者ルドルフ1
第13項 村医者ルドルフ2
第14項 村医者ルドルフ3←いまここ
第15項 ホリデュラ侵攻
第16項 ペルソナ
第17項 救い
第18項 黒鉄の仮面
第19項 カリスマ
クレイモアクロニクル エピローグ

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