最終項 大切な過去と大事な未来

〈トゥ エレス バリエンテ〉
 クラリスは胸の中でつぶやいた。今は彼女が、胸の中の恐怖と向き合う時になる。
 彼女の前に立ちはだかるのは、太極天のリーダー、タイナ・ミノウだ。
「クラリス・レイヤー。やはりあなたは嘘つきですね。レイドサイクロンはルクシオンを取り戻すためのクランだと言いながら、自分自身の私欲のためにここにいる」
 クラリスはミノウをじっと見た。ミノウはクラリスを指さして言い放つ。
「あなたはルクシオンのためになど動けない、ウラノスのクラリスだ。皆を騙すのはこれまでにしてはどうですか、ペテン師め!」
 ミノウの啖呵にも、クラリスは動じなかった。
「ええ。私にとって故郷は何よりも大切なものです」
 ミノウはクラリスの反応に驚いたようだった。
「私はこの旅の中で、『自分が何のために動くのか』を確立することの重要性を知りました。そして、『自分が何のために動くのか』は、過去の経験の先にしかないことも知りました」
 クラリスはミノウの目を見て、彼のこめかみに染み込ませるように言う。
「タイナ様。あなたは何のために動くのですか? あなたは私に、サイドランドの旧態依然とした体制を敵視していると言いました。それは本当にサイドランドのことを考えた発言なのですか? あなたの個人的な経験が、あなたの考え方に影響していませんか?」
「何が言いたい!」
 タイナは眼を見開いた。クラリスはたじろがない。
「あなたは私に、女は男の欲望を満たすための道具にすぎないとも言いました。あなたは女性に対して、個人的な恨みを抱えていませんか? 女性を優遇するサイドランドの政治に不満を抱いていませんか?」
「クラリス。貴様何を知った」
 タイナはクラリスに向けて式神を放ったが、その式神はアンドレイアの剣によって払われた。クラリスはミノウに向けて、一歩を踏み出した。
「私はあなたの本心を聞きたいと思っているだけです。あなたの大事にしている考えが、私達の考えと足し合わせることができるかを判断するために。そしてお互いの願いのために協働することができるかを判断するために」
「やめろ! 私は女の情けなど受けぬ!」
 ミノウが式神を再び放ったとき、クラリスは目を見開き、彼を睨みつけた。空が一瞬にして曇り、雷が目の前の式神に落ち、爆発する。
「な……に。貴様がやったのか!?」
「私は天候を操るもの。ウラノスの王女クラリスです」
 クラリスは呆然とするミノウと対峙し、そしてゆっくりと彼を抱き寄せた。
「タイナ様。私はサイドランドをどうしたい、などということは考えていません。けれどルクシオンの統一がなされた後、あなたとともにサイドランドを変えるお手伝いはできると考えています。
 あなたにとっても、ルクシオンの統一が早まればサイドランドを早く変えることができるじゃないですか。私達の利害は一致していると考えます。協力してください」
 耳元でささやく彼女の声は、暖かさに満ち溢れていた。
「母上のような暖かさを、貴様は」
 タイナは涙を流していた。クラリスは周囲に目をやると、ネプチューンとジュピターの部族長に向けて言い放った。
「たった今、太極天のタイナ・ミノウは私達ウラノスに協力することを承諾してくださりました。つまり、太極天とウラノスのビジョンが一致したということです」
 ネプチューン、ジュピターの長は耳を大きくした。彼女は続ける。
「ネプチューン、ジュピターの長よ。私達はいま、太極天のビジョンを通じて、ここに出会った友人となりました。
 ウラノスの長、クラリス・レイヤーは提案します。無益な争いはやめ、お互いの私利私欲のために手を組みましょう。私達が手を組めば、ルクシオンの平定は目と鼻の先にあるのです」
 絶対的な無謬性を感じさせる赤い髪の美しい女性、クラリスの口から私利私欲のためにという暴言が放たれたこと。このことはネプチューンとジュピターの長に衝撃を与えた。この言葉には建前ではない、本音が込められているとわかるからだ。彼らは目を合わせると、手に持っていた武器を捨て、この魅力的な女性の前で敬礼をした。

 いまこの時、ルクシオンの3つの部族の長が握手を交わすこととなった。クラリスは互いの手のひらの熱さを感じながら、この旅を振り返り、想う。
〈誰もが大事なものをもっている。どこかに支柱を置き、ポジションを取っている。なにかに執着し、ポジションを取っている。あの人のように、何も持たない風のような人は、この世の中にそう居ない。
 ならば私達は、この互いに違ったベクトルを向いた世界を生きなければならない。
 世界では、お互いの権力や身分や立場が、向きも長さも違うベクトルを作り出している。最もお互いを尊重した立ち振舞いとは、各人の持つベクトルを単位ベクトルに変換し、互いのベクトルを足し合わせた方向にある未来を目指すことだ。そのために協働することだ。
 ポジションを持つ私達が、大事なもののためにできることはそれだけだ〉

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