「贖罪の地を目指して、太極天が動いている?」
 太極天、ネプチューン、ジュピター連合の動向を偵察させていた部下からの報告に、ファリスは耳を疑う。
「贖罪の地って、ルクシオン最北端の地で、特に要所とも思えない土地だよね。連合がそこに進出して何か良いことがあるのかな。いまは復元者と人間の紛争地帯になっているって聞くんだけど」
 ファリスはまだ贖罪の地がウラノスの聖地であることを知らない。
「贖罪の、地……?」
「どうしたの、クラリスさん?」
 キョトンとするファリスの前で、クラリスはおぞましいものに心を蝕まれていた。
 彼女はなぜ連合が贖罪の地を目指しているのかを考え、1つの想像に行き着いていた。つまり、クラリスとレイドサイクロンの躍進を知ったミノウが、ウラノスの聖地であり、クラリスの故郷である贖罪の地を狙うことによって、彼女に決断を迫った。

〈あさはかだな、私は〉
 ミノウがクラリスに迫った決断とは、『ルクシオンを救う夢を謳う博愛主義者』として振る舞うのか『私利私欲のために動く独裁者』として振る舞うのかという将来の選択のことだ。
〈私の都合で贖罪の地にレイドサイクロンを動かせば、私はまたチームを分断させてしまう〉
 もちろんウラノス出身の人々はクラリスの意見に賛同するだろう。しかし他の部族の人々は、クラリスとウラノスのために命を危険に晒すようなことを望むだろうか。
〈私は故郷を、お母さんお父さんとの思い出の場所を、守りたい〉
 彼女は自分に自信を持てたと思っていた。博愛を謳い、ルクシオンのために人生を捧げようと誓ったはずだ。けれど、心の中にはこんなにも自分勝手な想いがある。
〈でも、自分勝手なリーダーにはなりたくない〉
 彼女の選択はほんの僅かな間で行われ、そして。

「なんでも、ない」
 彼女の口から発されたのは、自分の意思とは正反対の言葉だ。のっぺりとした声色、厚い嘘で塗り固めた本心。ファリスはその巧妙な嘘に気づかない。
「そう?それなら」
 このまま嘘が真実になることを、クラリスは望みつつあったのだが。
「なんでもない訳ないだろう」
 エンドラル・パルスはクラリスの嘘を見逃さず、力強い口調で言った。
「クラリス、君の生まれた土地だ。故郷を愛する権利は誰にだってある」
 エンドラルの言葉は、クラリスに自分の気持へ立ち返る勇気を与えた。クラリスは目元を伏せ、額をエンドラルの胸に当てる。
「エンドラル。ありがとう」
 エンドラルはクラリスの頭にそっと手を当てた。
「そうと決まれば急ごう。贖罪の地までは、俺が君を連れて行く」
 エンドラルはそう言って盾を手に取ると、まぶたを閉じた。エンドラルの盾は龍王ファシス・ラビルの頭蓋骨からつくられた、スピリットになっている。彼はこの盾からファシス・ラビルを復元し、従えることができた。
 エンドラルが盾に手を当てて目を閉じると、空気中の粒子がまばゆく光り、エンドラルの後方に偉大なる龍の姿が復元された。だが龍の瞳には光がなく、魂の抜け殻のようだった。エンドラルはある国で神のように崇められる龍を、操り人形にしてしまうことに罪悪感を抱いたのか、静かに笑った。
 だが彼はいま、龍の力を借りることに一欠片の躊躇もない。
「クラリス、連合軍から君の故郷を守るんだ」
 エンドラルの言葉に、クラリスは強く頷いた。

 青い龍が空高く舞い上がり、風を切る。
 風が前髪を揺らし、クラリスの視界を阻んだ。彼女が前髪をかきあげて視界を確保したとき、目に入ってきたのは眼下に広がる緑色の海と真珠のように輝く岩石だった。
「綺麗」
 思わず口をついた言葉。エンドラルはクラリスに視線を流した。
「なあクラリス。この美しい世界に、あの人の描いた理想の世界はあると思うか?」
 言って、エンドラルは自分の発言を否定するように首を振る。
「いや、あの人を枕詞にするのはやめよう。理想の世界が来ると信じているのは自分自身だ」
 エンドラルは前を向いた。
「クラリス、俺はこの世界の戦争が終わり、人々がつながりを楽しむ日が来ると信じている。できると思うか?」
〈ああ。強いな、エンドラルは〉
 クラリスは彼の信念を感じた。ゆえに上辺の返事をすることはできなかった。
「私は、この世界のために何かをしたいって感じた」

 贖罪の地ではすでに戦いが始まっているようだった。

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