第10項 レイヤー差

 ヴィヴァリンとルクシオンの国境の地に、仏像が置かれた小さな館がある。
 クラリスはここでユンの知人と会うことになった。静寂に包まれる薄暗い館の中で、知人が到着するまでの間、クラリスはタイナのことを考えていた。
〈サイドランドを変えるために、陰陽道を学んで、組織を作って、別の国で権力を持つなんて、途方もない時間のかかる計画だ〉
 クラリスは仏像と向かい合う位置に、膝を立てて座る。
〈そんなに長い時間、女の人を恨み続けるなんて、どんな酷いことをされたんだろう〉
 彼女は目を細めて、部屋の隅を見た。
〈私だったら……男の人を恨むことができるのかな。自分も悪いって、諦めてしまうのかな〉
 静寂が余計にクラリスの心を研ぎすませていく。
 思い出したくないことまで思い出させる。

 その静寂を切り裂いたのは、デロメア・テクニカ製自動車のエンジン音だ。車からおりてきたのは、サングラスを掛けたピンク髪の凛とした人影。
「たのもーで良いのかしら? それとも無難にごめんください? どっちでもいいか。冗談が分かるかも知らないけど」
 彼女は秘書へマシンガンのように告げると、結局お早うございますと言いながら館の中に入り、サングラスを取った。クラリスも立ち上がり、ピンク髪の女性と向かい合う。クラリスの肩くらいまでしかない小柄な女性だったが、佇まいは自信に満ち溢れていた。
「あら、綺麗な赤い髪。復元者の人なのね。まあ、私もだけど。私はファリス・レイリーン。パイルシュレッドの社長をやっています」
「パイル……シュレッド?」
 クラリスは記憶の隅にその名称を覚えていた。
「もしかして、エンドラルが所属しているグループ?」
「そうそう! よく知ってたわね。エンドラルなんて普通の人は知らないけど」
「アドヴァーグ・ドースティンとの一件で一緒に行動したことがあって」
「ああ、もしかして。あなたクラリス・レイヤー?」
 ファリスは目を細めて言う。クラリスは小さく頷いた。
「ふうん。まあいいわ。ユンさんの紹介だもんね。私よりも綺麗で悔しいけど」
「パイルシュレッドはエンドラルが社長なんだと思っていました」
「それは昔の話! 私が社長になってから、事業はすっごい伸びてるんだから。エンドラルって考えかたが小さいのよね。完璧主義者とも言うのかな。一箇所のビジネスを、信頼関係も収支も完璧にしてから次に行きたいタイプ? ちょっと息苦しくなるんだけど。逆に私は新しいこともどんどんやっていけばいいやって思う開拓者だから。まさに凸凹コンビなんだけど」
 早口でまくし立てるファリスを見て、クラリスは苦笑する。
「エンドラル、随分尻に敷かれてそうね」
「あはは、敷いてるね、悪いけど。それで、クラリスさんは何をしていたの?」
「ルクシオンで、レイドサイクロンというチームを立ち上げていました。今はメンバーもバラバラになってしまって、活動ができていないけれど。再開したいと考えています」
 ファリスは鋭い眼光を湛え、目的は?と問う。
「ウラノスの聖地を取り返すこと」
「部族ファーストか。視点が狭いね。それじゃ人間の思う壺だ」
 ファリスは腰のポケットからルクシオンの地図を取り出して広げ、床に置いた。
「分断して統治せよ。サイドランドが昔ヤーパンだった頃から、支配者階層が世の中を統治しやすくするために行なってきた統治法ね。少数派にお金と権力を与えて多数派を管理させると、いずれ多数派は少数派を恨むようになって、暴動や迫害を起こすようになっていく。少数派だけでは暴れる多数派を完全に押さえつけることは出来ないから、混沌とした情勢が続くことになる。いまのルクシオンって、まさにそんな情勢になってるんだけど」
 ファリスはルクシオンの地図の西半分を撫で、ここがオイディプスの土地だと伝えた。ネプチューンやジュピターの収めている土地は、オイディプスに比べれば遥かに小さい。
「この状況を作り出したのは人間のグループ、太極天だって言われてる。太極天は、『人間』対『復元者』ってレイヤーでも、『オイディプス』対『ネプチューン、ジュピター』ってレイヤーでも物事を見ていない。
 つまり『サイドランド』対『ルクシオン』で物事を見ている。
 ルクシオンの人々を争わせるのは、サイドランドがルクシオンを統治しやすくするための手段ってこと。太極天はオイディプスを壊滅させた後、ネプチューンとジュピターで争わせることを望むでしょう。現在進行形で競争意識を煽って火種を作っているとも聞いてるし。そうしたらルクシオンは3つに割れて二度と1つに戻れなくなる」
 クラリスは目を丸くする。ファリスは腰に手を当てて胸を張った。
「これに対抗するためには、ルクシオンの人が部族ファーストの考えかたを捨てて、ルクシオンのために活動する必要がある。私はそんなリーダーを探しているんだけど」
 ファリスはふうと大きく息を吐き、クラリスを真っ直ぐに見た。
「クラリスさん、覚悟はある?」 

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