第9項 サイドランド

「キャッ」
 クラリスは小さく悲鳴を上げて飛び上がった。窓の外に白いだるまのような怪物が佇んでいるのを見たからだ。
「ユンさん……あれ……あれ!」
「ああ、驚かせちゃった? 私の相棒なんだけど」
 ユンは窓を開けて、白いだるまにタッチする。クラリスはぽかんと口を開けた。
「サイドランドって昔から、精霊の棲む土地だったでしょう。だから馬や牛と同じ感覚で、白いタコを飼う風習があるのよ。この子は、高さ3ベルトはあるダイオウタコで、私はモールニアって名付けているわ。基本は馬みたいに移動手段として使わせてもらうんだけど、エサをあげるかわりに足を1本もらったりね。助け合いよ?」
 ユンはモールニアへ古くなった魚を差し出した。モールニアは8本ある足を上手に使いながら、魚を口まで持っていって食べた。
「それで、ミノウの話だったわね。ミノウのおばさんには4人お子さんがおられたんだけど、男の子はひとりで。育てるのに随分苦労したって言ってたわ。サイドランドって男の子が生きにくい社会なのよ。若いうちから、サイドランドを変えたいって不満をこぼしていたみたい。
 確かにサイドランドって、国策を担う最長老も全員女性で、男性政治家って1割もいないし。平均年収も男性の方が低くて、結婚だって女性に選ぶ権利があるって感じで、かっこ悪い、稼げない男性は独身を貫くしかないのよね。可愛い男の子はアイドルの中にもチラホラいたんだけど、男性的なマッチョさは社会が求めていない感じだったわ。
 それって生物学的な男性性を否定しているわけでしょう。でも女性の声が大多数だから、誰も文句は言わないの。この国は昔、男尊女卑だったことがあるらしくって、その歴史の否定でこれまで来てるから、また過去の過ちを繰り返すのか?って声が出ると誰も逆らえなくなるのよね。ま、正直な話。女としては生きやすいから良いんだけど」
 ユンは肩をすくめた。
「ねえクラリスちゃん。私、ミノウの息子さんが、タイナくんだったんじゃないかって、思うのよ。タイナくんは古い世代を憎んでいると言ったみたいだけど、本当は女性が中心のサイドランドの現状を憎んでいたんじゃないかしら」
 外のモールニアも頷いたように見えた。このダイオウダコは時折クラリスと目が合う。ユンはさてと、と膝を叩くと、飛び上がった。
「これから先もルクシオンで活動するなら、協力者が必要でしょう? 私の知り合いでよければ、ルクシオンの人間や復元者を支援しているグループがあるから紹介するわよ」
 ユンはテーブル脇に置かれていたメモ帳から1枚を剥がすと、胸元から取り出したペンで、クラリスのことをよろしく頼む旨と、自分の署名を書き置いた。
「ありがとうございます。あの……どうしてユンさんはそんなに私に優しくしてくださるのでしょうか」
「そうねぇ」
 ユンはペン尻を額にあてると、うーんと唸った。
「きっとクラリスちゃんが素直に自分の気持ちを伝えてくれたからじゃないかしら。あまり知らない人の方が、自分の気持ちを伝えられることってあるわよね。距離感が近すぎると、今まで言ってこなかったことを言うのって勇気がいるから。……だけど本当は、そういう近しい人にこそ、自分の気持ちをちゃんと伝えた方が良いのよ。突然爆発すると、びっくりしちゃうから」
 ユンはリングリットと喧嘩をした思い出を懐かしそうに語った。アイドルとしての人気が出てきたタイミングで、リングリットは、不特定多数の人を笑顔にするよりも、1人1人の近くで笑顔を生み出していきたいんだと言って、アイドルグループを抜けサイドランドを飛び出したのだった。
「あの時はびっくりして感情的になったわ。今ではリンちゃんらしいって笑えるけど。クラリスちゃんは、まわりの人にびっくりされないようなリーダーになりなさいね。そのためには、『自分が何のために動くのか』を確立することが大事よ」
 ユンはあっはっはと爽やかに笑う。リングリットとの喧嘩の思い出も、その後違った道を歩んだ経験も、彼女は何もかも受け入れて生きている。
〈だからこうして笑えるんだ〉

 クラリスが出立の準備を終えると、ユンはクラリスをログハウスの外へ案内した。
「知り合いのグループとの待ち合わせ場所までは、モールニアが送っていくわ。白い大ダコだから、ユンの使いだってわかりやすいでしょう? そういった意味でも便利なのよ、この子」
 ユンがモールニアを撫でると、モールニアは体の色を紫に変色させた。
「こらこら、白いタコでいきなさいね。そんな毒々しい色でいったら酢ダコにするわよ」
 ユンの言葉にモールニアは縮み上がると、再び真っ白に変色した。
「ユンさん、躾けてますね」
「サイドランドの男の子を躾けるような感じよね。じゃ、タイナによろしく」
「そんなゆるい感じじゃ話せないと思いますけど」
 クラリスは呆れたように眉を下げた。ここからまた戦場へ向かう日々が始まるのだ。 

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