クラリスが目を覚ましたのはログハウスの中だった。彼女がゆっくりと身を起こすと、肌触りの良い白のワンピースが身体を包んでいることがわかった。
〈この服、すごく可愛い〉
 クラリスはくるりと回ってから、こんなことをしている場合じゃないと冷静になる。
〈ここ、どこかしら〉
 周囲には爽やかな木の匂いが充満していた。その一角から特別香ばしい匂いがして、クラリスは自然と引き寄せられていた。
「あら、起きた―?」
 赤みがかった髪を後ろでまとめた快活な女性が食卓の準備をしていた。
「びっくりしちゃったわ。朝ごはんの魚を取りに行こうとしたら、湖に女の子が倒れてるんだもん。あなた、名前はなんていうの?」
 彼女は木造の器にスープを注ぐと、テーブルに並べた。
 隣には米、魚、野菜が並んでいる。
「クラリス・レイヤーと言います」
「クラリスちゃんか。私の娘くらいの年齢よね。あ。ほら、あなたの席はそっちね。お腹すいたでしょう? いっぱい食べなさいよ。」
 クラリスは促されるまま座り、ご飯の前で手を合わせた。女性は驚きの声をあげる。
「礼儀正しいのねえ。あなたサイドランド人?」
「いえ、私はルクシオンの出身です。けれど昔、サイドランド人のお姉さんにお世話になったことがあったので」
「へぇ、その人がしっかりした人だったのね」
「はい。リングリット・ラインカーネーションさんって言うんですけど」
 それを聞いた女性は、手に持ったスープの器の中身をこぼさないバランスを保ちながらも、勢い良く席を立った。
「うっそー。リンちゃん?」
 女性はあっはっはと笑い声を上げた。
「自己紹介が遅れたわね。私はユン・ウェイ。こう見えても昔、サイドランドでアイドルをやっていたのよ。あなたのリングリット・カーネーションちゃんと一緒にね。なんと私たち、同じ学校のクラスメイトだったんだから」
 ユンは親指を立てて笑顔を浮かべた。リングリットと同じ年齢であれば、いま45歳くらいだろうか。スタイルもまだ維持されており、さすがは元アイドルといったところだ。
「ユンさんはどうしてこんな湖の畔に?」
「うーん、昔アイドルだった時に番組の企画でね。自然と戯れて暮らしてみようって企画があって、それ以降ハマっちゃったのよねー。旦那と娘もいるんだけど、ほっぽって山に来ちゃうのよ。でもそのおかげでクラリスちゃんを助けられたから、無駄ではなかったわね」
 ユンは爽やかに笑う。
「それで? クラリスちゃんはどうしてあんなところにいたの? どうしてあんな暗い顔をしていたの?」
 ユンは手のひらを重ねて前に置き、聴く体制をつくった。クラリスはルクシオンであった出来事を、一から十まで包み隠さず伝えた。ユンがリングリットの友人だと知った安心感もあったのだろう。ユンはクラリスの話に余計な相槌も挟まず、うんうんと何度も頷きながら聴いていた。
 オイディプスの男たちに取り囲まれたことを話したときには、肩が震えた。ユンはクラリスの隣に座り、震える彼女を優しく抱き寄せた。
「無理に話さなくていいわよ。怖かったね。よしよし」
〈お母さんみたいに、暖かい〉
 クラリスはしばらくユンの優しさに甘えた。
「ユンさん。私、喧嘩をするのが怖いんです。一度喧嘩をしたら、落とし所が見つけられないんじゃないかって。2度と話せなくなるんじゃないかって思ってしまって、誰とも本音でぶつかれなかった。自分の気持ちに嘘をついてしまうんです。それでミノウさんとも、オイディプスの人たちとも信頼関係を結べなかった。私は、リーダーにふさわしい人間じゃないんです」
「クラリスちゃん。……悪いけど、私は慰めの言葉なんてかけないわよ」
 ユンはかつてアイドルだった時、人生の先輩に言われたことを思い出していた。
「周囲の人を惹きつけるのってね、『成長ストーリー』なの。大事なのは自分の能力や外見、個性、境遇や知識を受け入れること。それから現状の姿をまわりと比較して、足りない部分を学んだり補ったりしていくことよ。早く結果を出そうと焦らないこと。
 故郷を取り返したいって情熱が消えない限り、できるわよね。だとしたら。誰がなんと言おうと、私はあなたをリーダーだと認めるわ」
 ユンは両手でクラリスの手を握った。ユンの体温が、熱い。クラリスは今までの嘘も偽りも、早く結果を出すための手段だったように感じた。胸のモヤモヤが晴れる。
「ふふ、ようやくリラックスできた? お茶を淹れるわね」
 2人はリングリットの思い出話に花を咲かせた。

「それにしてもミノウかあ。私がアイドルだった時、サイドランドの最長老と交流があったんだけど。最長老のひとり、ミノウのおばさんに、ひとり息子がいたの。クラリスちゃんから聞いた容姿が、その息子くんに似てるわ」

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