第6項 80点の人間関係

 クラリスの呼びかけに、オイディプスの村落の人々は賛同の声を上げた。
 アンドレイアは顔をしかめてクラリスへ耳打ちをする。
「姫。太極天と話のついていないことを言い過ぎです」
「アンドレイア、太極天の目的はこの土地の制圧でしょう? 私たちは無血でここを解放できたのだから、太極天にとってもメリットがある話じゃないかしら」
〈きっと太極天の人たちも、受け入れてくれる〉
 クラリスは自分に言い聞かせるように、胸をおさえた。

 レイドサイクロンがオイディプスの村落を味方につけてから、クラリスはオイディプスの人々と積極的に対話していった。茶色のウィッグはずっと着けたままだ。クラリスは『一緒に太極天に合流しよう』といったが、太極天との会談も決まっておらず、合流のめどは立っていない。
 オイディプスの人々は、クラリスの言葉を信じてレイドサイクロンに合流したが、進展がなければ不信感が募っていくばかりだ。その不信感を払拭するために、リーダーであるクラリスが、オイディプスの人々の話を聴くという取り組みが自然発生的に行われた。体の良いガス抜きであった。

 クラリスがガス抜きに時間を取られるようになってから、レイドサイクロンは今後のことについて建設的な会議を行うための、まとまった時間を確保することが難しくなった。
 この現状にアンドレイアやチャムは苛立ちを隠せなかった。特にチャムは自分の感情を内側に溜め込むことが苦手で、周囲のメンバーにこんな愚痴をこぼすことが増えた。
「ウラノスの出身者より、オイディプスの人間を優先して、何が贖罪の地を取り返すアルか。いま考えなきゃならないのは太極天にどうやって取り入って、ウラノスの主導でルクシオンの解放戦線を戦うかアルヨ」
 アンドレイアもチャムの言い分に同意していた。
「リーダーは誰しも、緊急な仕事に追われて、重要な仕事が見えなくなることがある。いまの姫も、その状態に陥っているように見えるな」
 アンドレイアは、自分たちがその負担を肩代わりしなければならないとも話した。

 レイドサイクロンの中で意見の不一致が起きつつある中でも、クラリスは太極天のタイナへ手紙を書き続けた。オイディプスの人々とともに太極天へ合流したいという内容だ。その願いが届いたのか、2週間後、太極天からクラリスに手紙が届いた。
『オイディプスの村落を開放してくれたことを喜ばしく思う。オイディプスの皆と顔を合わせて話をしたい。クラリス殿とオイディプスのメンバーで、太極天の砦へ来てもらえないだろうか。良い返事を待つ。タイナ・ミノウより』
〈ようやっと訪れたチャンス。絶対に成功させないと〉
 クラリスは唇を噛んだ。
 彼女はチャムとアンドレイアへ手紙のことを話し、ふたりを残して太極天の砦へ赴くことを決めた。チャムはクラリスの行動に目を細めていた。

 クラリスがオイディプスの人々と共に招かれたのは、太極天の砦の側にある、苔むした庭園の中だった。クラリスは草の香りを愉しみながら、タイナと向き合った。
「タイナ・ミノウさま。今日は会談の場をいただきありがとうございます。レイドサイクロンは、太極天とオイディプスの皆さんの橋渡し役になれたらと考えています。これからの話を、しましょう」
 クラリスは左手をタイナへ向けた。
 しかしその手は、永遠のような長い時間、中空で放置された。
〈お願い……手を取って!〉
 目をつむってしまったクラリスの手を、タイナは両手で優しく包んだ。
「クラリス殿。あなたは良い人です。誰とも敵にならないよう、上手く立ち回られて、その姿勢は尊敬に値します。あなたはきっと、レイドサイクロンのチーム内でも言い争いなどしたことがないのでしょう。80点の人間関係を誰とでも築けるというのは、才能だと思います」
 タイナの言葉を、クラリスは安心した様子で聞き入っていた。タイナの手がクラリスの髪の毛に伸びる。
「しかし、そのためにあなたは、優しい嘘を重ねてきました。オイディプスの村民に希望を与えた嘘。この髪の色も、あなたの心が偽りで塗り固められていることを示しています」
 タイナはクラリスのウィッグを引き剥がすと、その場に投げ捨てた。
「タイナさま……」
「残念ながら。80点の人間関係が望まれる時代ではなくなってしまいました。この世界に必要なのは、同じ敵を憎む、100点の信頼関係だけです」
 タイナは袖の下から扇子を取り出すと、それを開いて号令をかけた。周囲を太極天の兵士が取り囲む。タイナは肩を震わせ、カカカと狂ったような高笑いをあげた。
「オイディプスの村民よ、あなた達にチャンスをあげましょう。この復元者の女を、犯し、殺せ!そうすれば太極天と共に歩むことを許してあげますよ。カカカカカカ!」 
 オイディプスの男たちが、クラリスの腕を掴むまでに、長い時間はかからなかった。  

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ピックアップ記事

  1. ルクシオンがまだ、ユタアース〜内側の世界〜に属していた頃の話だ。 このころルクシオンは、住人か…
  2. プロのイラストレーターの挿絵であなたの作品を一層魅力的にします! プロのシナリオライターがあな…
  3. こんにちは。 橋本橙佳です。 このエントリでは橋本橙佳が様々なクリエイタ…

Twitter でフォロー

ページ上部へ戻る
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。