「それ、だけは。許してもらえないか」

ミシェイルは絞り出すように声を出した。いつもの自信に満ちた雰囲気は消え去り、冷や汗すらもかいている。

「頼む」

彼は床に膝をつき、フレアへ頭を下げた。

フレアはふうんと笑い、冷たい目でミシェイルを見下ろした。

「いい気味ね、王子。そんなにお母様に迷惑をかけたくないのかしら」

ミシェイルにとって、人に頭を下げることは屈辱的なことだ。だが、自分のせいで母親へ迷惑をかける事は、それ以上に屈辱だった。なぜなら、ミシェイルにとっては。

「母親は俺のことなど興味がないはずだ。俺も母親に育てられたことを感謝などしたことはない。お互いが自分の人生を生き、今どこで何をしているかなんて気にしたこともない。お互いに冷めきった、非干渉な関係。そうして生きてきた」

その母親を巻き込んで契約書にサインをしたのは自分だ。それは自分を追い込むための言葉だったのかもしれない。

「頼む。来年になればこの事業はもっと伸びる。1億エレンの利子も返すことができるはずだ。あと1年、猶予をくれないか」

しかしフレアは覚めた表情で、ミシェイルを見下して言う。

「認められませんねえ」

人は、生まれた時は平等だ。しかし金を一度借りれば借りた人間は、金を貸した人間へ絶対的に服従しなければならなくなる。

「あなたはこの後、母親の前に這いつくばって、助けを乞うのです」

ミシェイルが力づくで押し倒せば、フレアを振り切ることだってできただろう。しかし金貸しと金借りの関係性が、彼にそういった行為を思い留まらせた。

***

ミシェイルの母親、メタトロニア・グドヴィンはメルッショルドの王宮の中で、たった1人爪の手入れをしていた。夫であるアルネスト・リークラクは2年前に失踪し、それ以降メタトロニアはこの広い王宮に息子たちと一緒に住んでいた。

だが、1年前にミシェイルが家を出てからは、メタトロニアとたった2人。今はこの王宮が随分広く、静かに感じる。

「母上、寂しいですか?」

王宮に吹き込む風が、カミュの金色の髪をなびかせていた。

「いいえ。あなたさえいてくれれば、私は寂しいと思うことなんてありませんよ」

メタトロニアはつかれたように笑う。15歳のカミュは純朴な笑みを浮かべた。

彼女らにとってミシェイルはもう思い出の中だけの存在だ。口うるさいミシェイルがいなくなってすぐは、訪れた静寂を居心地悪く感じていたが、今となってはその静寂に平穏を感じている。

彼女らの平穏を崩したのは、甲高い馬の唸り声だ。目つきの冷たい女性に先導されて現れたのは、メタトロニアの記憶から消えたはずの赤い髪の少年だった。

 

「メタトロニア女王陛下、お初にお見えにかかります。私はフレア・アテネ、金貸しです。今日はあなたの息子さんが借りた10億エレン。その金利である1億エレンを、ご本人に支払う能力がないため、お母様であるというメタトロニア女王陛下へ請求に参りました。あなたのご子息で、間違いありませんね?」

ミシェイルはメタトロニアの顔を見ることができない。いっそここで、自分のことなど覚えていない、知らないと言ってくれたほうが気楽だと考えていた。だが。

「ええ。この子は私の息子、ミシェイルです」

女王は穏やかに言う。

「それで? 10億エレン。この子が借りたというのですか。利子が1億エレンとなると裏金融ですね。どうして、そんなところでお金を借りたのか」

彼女も経済大国メルッショルドの女王だ。金利のレートは理解している。

「身に余るお金は身を滅ぼすと、子供の頃教えたはずです」

メタトロニアの言葉には棘がある。ミシェイルは全身を針で刺されている気分だ。

「女王陛下、息子さんの罪は母親であるあなたの責任でもあります。1度借りたお金は、払っていただきますよ」

フレアとメタトロニアが視線を交わす。ミシェイルは今、蚊帳の外だ。それでも自分のコントロール外で大事なことが決まっていくのには耐えられない。彼は半ば自暴自棄になって叫んだ。

「母さん、払わなくていい! 俺が内蔵でもなんでも売り払って、1億つくればすむ話だ。俺はあんたにこれ以上、迷惑をかけたくないんだ」

ミシェイルの嗚咽が、静かな室内に響く。

「俺は、連れ子の俺は、あんたとアルネストの生活に邪魔だったはずだ。俺はあんたの人生を引っ掻き回してきたはずだ。もう、いいんだよ」

ミシェイルは吐き捨てる。カミュは兄の言葉に唇を噛み締めた。時間が止まったような世界で、ただ1人動いたのはメタトロニアだった。彼女は形相を変え、ミシェイルの服の襟を掴むと、思い切り彼の頬を叩いた。

「ミシェイル、めったなことを言うものではありません。私はあなたを邪魔だなんて思ったことは一度もありません。あなたは私の息子です。あなたが苦しんでいるのなら、その苦しみをわかちあう。それが母親でしょう? たった数億エレンのはした金であなたが救えるのならば、安いものです。母親をなめないで」

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