科学産業技術省を立ち去るフォルスの足取りは重たかった。

33歳。彼は大学を出てすぐ省庁に入った。これまで11年間、科学産業技術省に尽くしてきた。エリートともてはやされ、同期の中でも最も早く役職についた。あと30年、無難に働き逃げ切ることも出来たはずだ。それなのに、ここ半年のフォルスはどこかおかしかった。付き合いのある大企業を蔑ろにしてまで、若者の夢を応援する、など。自分の気持ちに正直に生きたことなど、ここ11年無かったというのに…。

フォルスは自然と溢れてくる涙を拭い、苦笑いを浮かべた。

「こんな終わり方では退職金も出ない」

ここ半年、どうやら自分はミシェイルという若者に感化されすぎていた。恐れを知らず、自分の我を貫き、この国の未来だけをまっすぐ見据える若者に。

「ふふ。しかし一部の企業へ肩入れしているとは、どの口が言うんだ。世間では、手を打つと言ったら若者を潰すのか?」

「流石にそんな世の中ではあってほしくないものだな」

フォルスはビクリとして隣を向く。そこには赤毛の若者ミシェイル…ではなく、黒髪の男が立っていた。自信に溢れたふるまいが魅力的で、吸い込まれそうになる。

「どなたでしょうか」

「私はカリアス・トリーヴァ。デロメア・テクニカ1200万の人間を動かした男だ」

フォルスは目を丸くした。何故カリアス・トリーヴァがこんなところにいる。

「兼ねてから、貴殿の活躍をウォッチさせてもらっていた。メルッショルドの旧態依然とした省庁の中で、ただ1人既得権益層と戦うエリートがいる、と聞いてね」

「光栄です。しかしあなたは今やデロメア・テクニカの王であり、メルッショルドとは敵同士だ。あなたに褒められたところで、喜ぶメルッショルド人はいませんよ」

「勘違いしてもらっては困る」

カリアスはチッチと人差し指を振った。

「生まれた国が違えば敵同士、という考え方自体が既に終りを迎えているのだ。今は人間が協力して、神と戦う礎を築かねばならない時。出生の違いなど小さなことだと思わないか。それこそ、若者と老人の違いすら意味がない。たった1つの目的のため、人類が1つになればそれで良い」

カリアス・トリーヴァの言葉は深く、重い。フォルスがずっと言いたかったことを、この男は圧倒的な力を持ち、その力を行使できる立場にいながら、言うことが出来る。

「カリアス・トリーヴァ様。私をどうかデロメア・テクニカへ、いえ。あなたの推進するプロジェクトレボリューションへ参加させていただけないでしょうか」

「もちろんだ。そのために私はここへ来たのだから。プロジェクトレボリューションは今後第2段階を迎える。世界中から優秀な人材を集めた特務機関、ファルコンの設立を考えている。君にはこのファルコンで活躍してもらう」

カリアスとフォルスはガッチリと握手すると、次の瞬間、その場から消えた。

***

ゴッズ・ヴァルスから1億エレンを借りてから8ヶ月が経った。

ミシェルの衣料品ビジネスも輪転新聞ビジネスも軌道に乗り、輪転印刷機の販売仲介ビジネスも合わせると、現在の収支は売上高が2億2000万エレン、粗利益が3000万エレンとなっている。このままのペースで行けば、ゴッズ・ヴァルスへの第1回返済時点では売上高3億5000万エレン、粗利益5000万エレンとなる見込みだ。

この大勝利に、ミシェイルは祝杯を上げていた。彼は自分が時代の寵児になったという自負があった。高級ホテルの一室を借り、1本80万エレンもするロマネ・コンティをフレア、クライアントともに空ける。その姿はまさに自由主義経済の勝者であった。だがクライアントは現在の状況に危機を感じていた。

「ミシェイル、有頂天になってはいけない。勝っているときこそ倹約して、いつか来る破局に備えなければ」

「クライアント。何を小さなことを言っている。まだこれは途中にすぎないぞ。俺達はいずれ、メルッショルドでNO1の時価総額を持つ企業になる。そうすれば俺達はメルッショルドの国王だ」

ミシェイルは握りこぶしで、ポンとクライアントの腹をたたく。

「デロメア・テクニカでは、赤髪は人間ではないと言われているそうだな。そんな赤髪の男がメルッショルドの王になれば、面白いと思わないか?」

このとき、クライアントは気づいた。ミシェイルは自分自身の赤髪にコンプレックスがあり、それを克服するため、がむしゃらに動いている側面がある。もちろん、そうしたコンプレックスから生まれる力は強い。同じようにコンプレックスを抱える人達を勇気づける効果もある。だが過剰なコンプレックスは人格を歪める。

「ミシェイル、君は王にならなくても十分魅力的な人間だ。そんなに自分を大きく魅せる必要はないだろう」

クライアントの言葉は、今のミシェイルには届いていない。

 

この数日後、科学産業技術省から異例の発令が出された。ミシェルの服に対して100%の贅沢税がかけられることが決定したのだ。つまり以後、ミシェルの服の価格は2倍になるということだ。伝統的な織物の方が安くなり、価格リーダーシップを失うということだ。また輪転機を使った新聞に対して、1部あたり200エレンの特別税が課せられることも決まったという。

ミシェイルは個人を狙い撃ちにした政策へ怒りを露わにした。

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