ミシェイルとの会話の後、クライアントはしあわせの村の中央へ村民を集めてこれからの方向性について話した。自分は自由主義経済の世界に戻るが、しあわせの村という自然主義経済のシステムは上手く回っているから、その仕組みをこれからも維持していけば今まで通り過ごせるという内容だった。クライアントの言葉に、村民はほっと胸をなでおろしているように見えた。

ミシェイルは彼らのやり取りに不満げな表情を浮かべた。不満が頂点に達したのは、クライアントが村の貯蓄金について説明をした時だ。この村には50万エレンの貯蓄金があるそうだ。村で採れた野菜や果物、作り上げた工芸品をクライアントが売り歩いて貯めたものだ。この50万エレンの次の管理者を決めなければならないとクライアントが話した時、村の人々は卑しい笑みを浮かべて、俺が俺がと率先して手を上げた。ミシェイルはこれを見た時、結局のところ皆、金がほしいのだと確信した。クライアントが売り歩いて貯めた金なのだから、クライアントに全額持っていってもらおうと提案する人間が1人でもいればよかったのだが、現実はそうならなかった。

保守的な人間は、自分の立場や今見えている資本に執着する。だから保守的な国において、政治家が資本家であれば富の再分配には進まない。投資をし、将来の資本を増やそうとは微塵も考えないのだ。

だからといって、ミシェイルは村民がクライアントに50万エレンを投資しなかったことを恨んでいるわけではない。そんな小さな金に執着していては、村民と同じ穴のムジナだと彼は理解していた。

「クライアント、村の人間は結局、金を欲しているぞ」

それだけはクライアントへ明確に伝えておく必要があった。

「彼らは金を稼ぎたがっている。自然主義経済を受け入れているのは、単なる逃げにすぎない」

ミシェイルの言葉に、クライアントは何も答えなかった。ただ唇を結び沈黙する。

 

しあわせの村を出た2人は、科学産業技術省の前までたどり着いていた。世の中で赤毛を排斥する運動が行われていることから、科学産業技術省との交渉はクライアント1人で行うことになった。

クライアントは最初門前払いにされるかと思っていたが、メルッショルド国王アルネスト・リークラクのご子息ミシェイルの使いで来たことを伝えると、産業推進課係長のフォルスを紹介してもらうことができた。

『あの少年は本当に、メルッショルドの王族の子なのか』

クライアントは少年の気高い振る舞いを思い出していた。

***

「デロメア・テクニカの機械を導入して、産業の効率化を行うべき、ですか」

フォルスは、ひとまず話だけは聞く姿勢を見せたが、その表情はつまらなそうだ。

「必ずしも他国の機械が効率的とは限りませんよ。伝統的に作り上げられてきた機械のほうが、作業者も要領を得ており、トータルでは効率が良い可能性もあります」

フォルスは、政治家のテンプレートのような回答を返した。

「フォルス係長、隣国で起きているイノベーションは破壊的です。今起きている進化は線形ではありません。伝統的な工業・農業の改善ではデロメア・テクニカの機械には勝つことはできません」

クライアントは、ミシェイルから聞いた内容を咀嚼して、フォルスへ伝えた。フォルスは両手を顔の前で組み、諭すように言う。

「それはメルッショルドの技術者をバカにした発言だ。この国の技術者はそんな愚かではない。簡単にデロメア・テクニカの機械に負けたりしないよ」

「しかしフォルス係長、デロメア・テクニカの機械の効率を見てください。技術者がどんなに優れていても、今の技術の延長線上では、勝ち目など!」

「お引き取りください」

フォルスは乾いた笑みを浮かべた。

***

「それでオメオメと引き下がってきたわけか」

ミシェイルはクライアントを痛烈に批判した。クライアントはミシェイルに謝罪したが、ミシェイルはそんな謝罪には何の価値も見出していない。彼はフォルスが帰宅するタイミングで、自らフォルスに話をすることを考えた。

科学産業技術省の灯りが消え、皆が帰路につく頃、裏口から外へ出たフォルス係長を待っていたのは赤髪の少年だった。隣のクライアントから、茶色い口ひげを生やしたダンディな男だと聞いていたから、暗い夜道でもフォルス係長を見つけられた。

「フォルス、もう現実から目をそらすのをやめろ。堕落した工業、農業で生き延びられる時代は終わったのだ」

「ミシェイル王子、ですかな? 艶やかな赤髪をしている」

「そうさ、もはや人前で生きることを許されない髪色だ。だが国を憂うことは出来る。フォルス、俺とともにメルッショルドに革命を起こし、この国を救うのだ」

「それは、できません」

フォルス係長は目を細めた。

「ミシェイル王子、あなたのご両親もご存知かと思いますが、この国の会計は、公共投資や社会保険のための費用である一般会計の他に、国立病院や上下水道整備、中小企業への産業投資等に用いられる特別会計がございます。多くの企業はこの特別会計に頼った経営をしている。この国は既に国の支援なしには成り立たない国なのです」

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