第6項 金融経済と実体経済

クライアントは首を傾げた。

「求める? 今更私に何を求めろと言うんだ。愛は今も求め続けている、それでも見つけられずにいるんだ」

「違う。お前は成功を求めろ。愛がわからないということは、情に流されることなく物事を判断する才能に恵まれていることだろう。合理的で、利己的で、金銭的利益を最大限追求しようとする『完全な個人』だということだろう。お前はそのままでいい。人間が多種多様な生物の屍の上に生きていることを認め、進化し続けることを望む生き物であることを認めろ。現状維持は衰退だ」

ミシェイルの言葉は力強い。

だが、それを聞いたクライアントはまだ内面に葛藤の嵐を吹き荒らしていた。

「感情のない人間に生きている甲斐はあるのか?」

クライアントは独り言のように言う。

「ミシェイル、私は自分を感情のないロボットとは違うと信じたい。人間を人間たらしめているのは、この感情ではないのか? クライアントという人間が生きた証は、愛という感情の先にしか残らないのではないか」

「クライアント、その人にしか出来ないことをすれば、それがその人の生きた証になる。感情を超越した理性を持っているとすれば、お前もXceeder——超越者だということだ。登りつめろクライアント。お前にはそれだけの力がある」

この少年の言葉は根拠がない。

それでもクライアントへ勇気を与えるには十分だった。

 

「ミシェイル、君は何者だ。君はなんのためにここに来た?」

クライアントの目には輝きが宿っている。ミシェイルはそんなクライアントを見、ついに自分の出生について話し始めた。

「俺はメルッショルドの王族だ」

カリアス・トリーヴァが赤毛を人間ではないと言い始めてすぐ、ミシェイルは各地の異変に気づいていた。

ミシェイルは王族として、メルッショルドの国内産業の腐敗を目の当たりにしてきた。例えば国営企業とその下儲け企業は、効率化など求めなくとも、国の税金を元に仕事をしていけば食いっぱぐれる事はない。売上が足りなくなれば税金を投入し、税金が足りなければ国債を発行する。そんなサイクルで仕事をしていれば、企業の向上心は失われ、国際競争力は失われていく。現状維持は衰退なのだ。

それでもメルッショルドは、世界中の貨幣が集まる国だった。株式取引も活発で、日々億万長者を生み出している国でもある。だが、金によって生み出された金は空虚でしかない。かつて金貨や銀貨が取引されていた頃は、貨幣と価値は同等だった。

人々は隣の畑で採れた野菜を買うために貨幣を払った。その貨幣には確かに誰かを幸せにする価値があった。しかし今や、金が金を生み出している中で、その金に価値はあるのだろうか。メルッショルドの金融経済は、担保のない単なる数字でしかなく、貨幣価値は空洞化している。

そんな世界に、デロメア・テクニカは革新的な技術、圧倒的な価値を持ち込んだ。金融は本来、経済活動の潤滑油としての働きをするものだ。圧倒的な実体的価値を持つ産業が生まれれば、金はそこに飲み込まれていく。

すべての金は、価値のある場所に集まる。だとすればメルッショルドの金融資産がデロメア・テクニカの実体経済に飲み込まれていくのは自然の理だ。

 

だがミシェイルは、この国がデロメア・テクニカに飲み込まれることを漫然と見ていることはできなかった。

「俺の両親は、俺のことなど愛していない。それこそお前と同じさ、クライアント。俺の母親はお前と同じように、人を愛することが出来ない女性だった。この靴や服も、周りの大人が子どもにプレゼントするのを見て、見よう見まねで買ったものだ。思い入れも何もない」

この少年は、母親への慕情など何一つ無いことを主張する。

「それでも俺は、地に落ちてもメルッショルドの王族だ。両親に愛を注いでもらわなかったからといって、俺はこの国に生まれたことを恨んだことは1度もない。この国が失くなるのを黙ってみていることなどできない」

クライアントには、ミシェイルの言葉が矛盾しているように思えた。この少年は母親の愛を感じることができなかったと言っているが、君は王族に生まれたことを誇らしく語っているじゃないか。この国の未来を憂う、愛を育んでいるじゃないか。

それは愛だ。母親の溢れる愛を受けたからこそ、より大きなことに愛を注げるんだ。君は母親のことを嫌っているように話しているが、赤毛が人間ではないと言われたとき、家族に危害が及ばないよう自ら家を出たんじゃないのか。本当は生んでくれたことを感謝している、そんな風に感じられる。だが、それを言うのは野暮なのだろう。

「わかったよミシェイル。それでも私たちには革命を起こす力はない。しあわせの村は自由主義経済から取り残された村だ。ここには経済における武器である資金が無い」

クライアントはほとほと困ったというように肩をすくめる。

ミシェイルは不敵に笑った。

「それならば金のあるところへ話を持っていくまでだ」

彼らは科学産業技術省、産業推進課へターゲットを定めた。

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