第3項 イノベーション

「まだ条件を伝えていなかったな」

しあわせの村の中央で、ミシェイルの寝床を整備していた時のことだ。

クライアントはベッドを作るのに必要な木材を揃えるため、ノコギリで木材の形を整えていた。そして思い出したように口を開き、絹のタオルで汗を拭く。

「条件だと?」

「ほら、村の入口で倒れていた君に生理食塩水を振る舞っただろう」

ああ、とミシェイルは宙を見る。

「俺の有り金は、さっき渡したものが全てだ。後はこの身一つ。奴隷としてこき使ってみるか? 従順な奴隷にはならんがな」

ミシェイルの言葉にクライアントは笑った。

「君は資本主義経済でやっていくことが難しいはみ出し者だな。もちろん悪い意味ではないよ。条件を言おう。君が何故村の入り口にいたのかを話す。それでどうだ」

クライアントは木をベッドの形に組み立てて、金槌で釘を打っていく。ミシェイルはクライアントを見ながら、重い口を開いた。

「デロメア・テクニカから、世界は変わり始めている」

クライアントが金槌を打つ手を止める。ミシェイルは苦笑いを浮かべていた。

「この村は周りから遅れているぞ。世界は今、エレメンシア大陸に降臨した神と、神が作り出した傀儡である復元者との戦いに向けて一丸となっている。復元者は人間に化けて世の中に潜んでいる。意志疎通も理解もできない絶対的他者だと謳い、デロメア・テクニカの各地で復元者狩りが行われている。

超越者——と呼ばれる男によれば、人間と復元者は髪の色が違うそうだ。人間であれば、色は黒、栗色、ブロンド、プラチナブロンドの4種類しかない。だとしたら」

少年は赤い長髪を少し束ねて、クライアントへ示した。

「俺は人間ではない」

クライアントはミシェイルの言葉に唇を噛んだ。この少年は最初『俺は所詮、愛されていない子どもだ』と言った。つまり僅か17歳で世界から家族から爪弾きにされ、この村にたどり着いたのだろう。

「ミシェイル。俺は君が家族に愛されていると思うよ。なぜなら君は自尊心を失っていないからだ。君はこれまで家族から、ありのままの自分でいることを許されてきた。そうだろう。多くの親はね、善かれという善意でこうしなさいああしなさいと、子どもの生き方に干渉するのだよ。けれどそれは子どもの自尊心を失わせるだけなんだ。君の両親は、君が好きに生きることを善しとした。世界で最も尊い行為だ」

クライアントはベッドをぽんと叩いた。それからミシェイルの足元を見る。

「その靴は自分で買ったのか?」

「いや、靴も服も母親が選んでくれたものだ」

ミシェイルはつま先で地面をトンと叩いた。

「その靴は洒落ている。黒いジャケットも体に合っている。君の両親は、君のことをよく見ているのだと感じたよ。しかしデロメア・テクニカで起きた異変か」

クライアントは空を仰ぐ。

 

4257年。カリアス・トリーヴァがプロジェクトレボリューションを発令してから1年がたった。デロメア・テクニカの一部地域で始まった復元者の排斥運動は、いつしかデロメア・テクニカ全域に広がり、隣国メルッショルドまでもを飲み込もうとしていた。

人を髪の色で分別する・・・そんな非人道的な行いが平然となされているのは、ひとえにカリアス・トリーヴァのもたらす情報の正確性と革新性による。カリアスは、この時代の人々がおよそ想像もつかない技術を操り、人々の欲していた顕在的なニーズを叶え、人々が想像もしていなかった潜在ニーズをあぶり出した。

例えば誘導モーターを用いて高効率の発電を可能とし、電気の価格破壊を起こした。

空冷機を開発し、人間が一年中能率的に働けるようにした。

鋼を早く、安く製造できるようにしたことで、大都市は巨大なビルの建築ラッシュに湧いた。巨大なビルを見た人々は、デロメア・テクニカという国が繁栄の最中にいるのだと信じることが出来た。

銃にはライフリングが刻まれ、直進性と飛距離が大幅に伸びたことで殺傷力が増し、復元者狩りの主要な武器となった。

カリアス・トリーヴァが巻き起こしたのは、まさしくイノベーションであった。そしてこのイノベーションは今やデロメア・テクニカの経済をすっかり変えてしまった。非効率な仕事は駆逐され、企業間の競争は激化した。高品質の製品が大量に生産され、安価で消費される社会が形成された。

まさに現代資本主義社会の極みだ。そしてこの世界では付加価値を提供する場所に資本は集まる。それこそ世界一の金融国家であったメルッショルドを凌駕する勢いで、デロメア・テクニカに資本が集まってきていた。巨大な資本をバックにした、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会の波。それらはいずれ国家地域の境界を超えてメルッショルドへも到来する。そんな予感がメルッショルド人の中にあった。

 

「勘違いするな」

ミシェイルはぶっきらぼうに言った。

「俺は両親に捨てられたわけではない。俺が両親を捨てて外へ出たのだ。この世界に起きた異変を見届けるために」この少年はどこまでも気高く言った。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ピックアップ記事

  1. ルクシオンがまだ、ユタアース〜内側の世界〜に属していた頃の話だ。 このころルクシオンは、住人か…
  2. 59736578-19f0-4460-a22b-36c70aa80895
    プロのイラストレーターの挿絵であなたの作品を一層魅力的にします! プロのシナリオライターがあな…
  3. 59736578-19f0-4460-a22b-36c70aa80895
    こんにちは。 橋本橙佳です。 このエントリでは橋本橙佳が様々なクリエイタ…

Twitter でフォロー

ページ上部へ戻る
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。