第9項 迷いを抱えて

魔物たちがキャンプ地の中心部に降り立ったのは、国際連合軍全体に伝令が行き渡り、戦闘態勢が整うより前だった。

「騎兵やライフル兵は戦闘の準備ができていない。歩兵隊と紋章術師で時間を稼ぐぞ!魔物を囲め!」

ライロック・マディンの命令が周囲に響く。紋章術師の一団からオーと大きな掛け声が聞こえた。

「しかしキャンプの中心に突撃してくるとは、舐められたものだな」

ライロックは唇を舐める。

「敵陣の中心に兵を置けば、集中砲火を受けることは容易に想像がつく。その集中砲火に耐えきる自信があるか、それとも」

ライロックの脳裏にもう1つの可能性が浮かぶ。ズフィルシアの魔物たちを見ていると、こちらのほうが確率は高いのではないかと思える案、それは。

「兵士の命が異常に安いかだ」

魔物たちの一匹がライロックにめがけて鉤爪を繰り出す。ライロックは目の前で素早く紋章を描くと、自分を中心とした透明な障壁を造り出した。この障壁は魔物の内臓だけを押し出すことの出来る障壁だ。ライロックがそのように紋章を設計した。

ライロックは一歩、また一歩と魔物に向かって歩いて行く。魔物はライロックに爪を当てようとするが届かない。そうしているうちに、魔物の内臓の一部が圧力によりうっ血した。

魔物はその場に倒れる。ライロックは魔物の上に足を乗せると、先ほどの障壁を地上に向けて展開し始めた。魔物の内臓が潰れる音がする。魔物は両手をばたつかせて絶命した。

「国際連合は存外強いぞ」

ライロックは上空から次々に飛来する魔物に向けて呟いた。

キャンプ地は、戦場へと変貌を遂げていく。

 

サイトウ・エルザルト・ドースティンは、魔物たちを切り裂きながら、魔物のリーダーを探していた。

「魔物たちは何も考えていないように見えるが、統率者がいるはずだ」

サイトウはプルスラスのことを思い出していた。周辺の雑魚敵とは風格も立ち振舞も違っていた。それと同等の統率者がいるならば、すぐに気づけると考えていた。しかし、いない。

キャンプに降り立った魔物たちは皆、こじんまりとした身体をしている。

「本丸はここではない」

サイトウの直感が警告していた。キャンプ中央の混戦地帯。これを意図的に作り出したものがいたとしたら。

「皆、逃げろー!!」

サイトウが叫ぶのと、野山獄の上空から巨大な火の柱が、キャンプ中心に向かって突き刺さるのは、ほとんど同時だった。

 

ドドズン!!!!

 

巨大な爆発音が起き、キャンプ中央を灼熱が包む。中心で魔物と戦っていた国際連合軍の歩兵たちは大やけどを負い、瀕死の重症だった。早く炎の中から助けださなければ手遅れになる。

ライロックは咄嗟に炎の障壁を展開し、周辺の一団を守ったが、炎の障壁を使いこなせない紋章術師たちは歩兵同様爆発に巻き込まれた。優勢だった国際連合軍は一転、劣勢に立たされた。

そして炎の柱を創りだした魔物が、正体を表す。

 

その魔物は体長3ベルトもある、

コウモリの羽根と巨大な鉤爪を持ったモンスターだ。

 

「人間たちよ、炎の柱の味はどうだったかな。我が名はゼクスシュナイデが一員『シンビオント』マルバス。今日はこの大地を紅に染めてみせよう」

 

マルバスはライロック・マディン、サイトウ・エルザルト・ドースティンを視界に捉えていた。

 

***

 

「凄い音がした」

エンドラルは耳を押さえながら、寝床であるテントから顔を出した。

イプシロンもその音に気づいていた。

「中央から西の方で戦闘が起きたらしい。レンジャー部隊ももたもたしちゃあいられねえぞ」

イプシロンはすぐレンジャー部隊全員に招集をかけた。彼は2,3人でチームを組み、中心部の戦闘を支援するよう指示を出した。

「エンドラル、お前はあぶねえから下がっていろ」

「嫌だ。俺も戦う」

「遊びじゃねえんだぞ!てめえの命、てめえで守れんのか?お前にはまだ早い」

イプシロンは強い口調でエンドラルの無茶を止めた。そして1つのことを思い出す。

「待てよ、そういや西側には、もう1人無茶なやつがいるんじゃねえか?」

イプシロンの言葉にエンドラルも気づいた。

「エスカ。野山獄」

「仕方ねえな」

イプシロンは愛用の剣を携えると、西に向けて歩き出した。

「エンドラル、お前も来い!俺じゃあエスカは言うこと聞いてくれなさそうだからな」

エンドラルはコクリと頷き、イプシロンに続く。イプシロンは2,3人チームを作り終えたレンジャーの面々に向かって命じた。

「各チームは自由に行動しキャンプ中央の戦場へ向かえ!中央で会おう!俺はエスカリョーネを迎えに行く」

「リーダーの責務放棄」

エンドラルが冷静に突っ込んだ。

「そう見えるなら、レンジャーに入るのはまだ早えぞ。俺はやつらの自立性と、能力を信頼している。レンジャーは、目的さえ与えれば全員が考えて動けるチームだ」

イプシロンはにやりと笑った。

エンドラルは自分が余計なことを話したと理解し、うつむいてしまう。

「凹むなよ。俺とお前の目的は何だ?エスカリョーネを連れてくることだろう。遅れたら容赦しねえぞ」

イプシロンはがははと気持よく笑い、走りだした。

 

イプシロンとエンドラルは、キャンプの北の端に沿って、西へ向かった。

キャンプ中心部には3ベルトはある巨大な魔物が動き回っていた。ライロックとサイトウが立ち回り、何とか被害を最小限に留めていたが、旗色は良くない。西側から飛来する魔物たちも増え続けている。

 

「こりゃあ、被害はでけえな」

イプシロンが真剣な表情で言った。

「エスカ」

「野山獄も心配だな。魔物たちは西から来ている。進路上にある野山獄はもう。急ぐぞ」

イプシロンはスピードを上げた。エンドラルも力を振り絞って走る。

そして、2人は野山獄にたどり着いた。

 

「なんだ、まだ綺麗じゃねーか。エスカリョーネ」

イプシロンがエスカリョーネに声をかける。彼女はまだ、憂鬱な表情で地上を見ていた。

「すぐここも戦場になる。腑抜けてねえで立ちやがれ。その腕輪と首輪が邪魔なら、俺が外してやる」

イプシロンは携えていた剣を高速で振るうと、エスカリョーネの腕輪と首輪は真っ二つに割れてしまった。エスカリョーネには傷一つついていない。

「凄い」

エンドラルが感嘆の声を上げる。イプシロンは露を払うと、踵を返して、エスカリョーネに背を向けた。

「エスカリョーネ。2度は言わねえぞ。そこからは、自分の力で立ち上がれ」

イプシロンはそれだけを言うと、キャンプ中央部へ向けて歩き出した。

「イプシロン」

エンドラルの声にイプシロンは右手を振って応えた。イプシロンは既に闘士の表情になっている。彼はそれをエンドラルとエスカリョーネに見せるべきではないと考えていた。

 

エンドラルはイプシロンの大きな背中を見据えながら、エスカリョーネに声をかけた。

「エスカ。行こう」

「ごめん、私はまだ、国際連合軍のために戦う気にはなれない」

エスカリョーネは縮こまっていた。彼女を縛る腕輪も首輪ももう無いが、彼女の心にはまだ楔が刺さっていた。

「エスカ」

エンドラルはエスカリョーネにかけられる言葉を持たなかった。

その時。

野山獄裏の崖上から、1体の魔物が2人の前へ降り立った。ズウンという音があたりに響く。体長は2ベルト程度だが、頭が極端に大きく50センチベルトはある。身体の4分の1が頭だ。魔物はエスカリョーネの柔肌をじろじろと見ていた。そして大口を開けると、彼女に食らいつこうと歩を進める。

「やめろ」

言って、魔物の後頭部に木刀を叩き込んだのはエンドラルだ。魔物は大きくバランスを崩し、その場に倒れこんだ。魔物はブルブルと震えると、まずは体を起こし、それから重たげに頭を起こした。魔物の狙いはエンドラルに変更されていた。

エンドラルは武者震いを起こしながらも、魔物と対峙した。

「負けない」

エンドラルは自分に言い聞かせるようにしてつぶやくと、魔物に向けて木刀を振り上げ、走りだした。しかしエンドラルの木刀が振り下ろされるより前に、彼は強力な衝撃を受けて後方へ吹き飛ばされた。魔物が頭をハンマーのように振り回して、エンドラルにぶつけたのだ。

エンドラルは目元を切っていた。赤い血が垂れてくるのを感じる。傷口はじんじんと痛かった。それでも彼は再び木刀を構えた。

「負けない」

エンドラルはまた魔物へと向かっていく。今度は魔物の頭の動きに注意しながら、すぐに回避行動を取れるよう準備をしていた。

しかしそれでも、魔物の攻撃をかわし切ることは出来なかった。頭突きを避けても、魔物には両手と脚がある。エンドラルは顔面にパンチを受け、腹部に膝蹴りを食らった。

そして一度倒れこんだエンドラルに、魔物は覆いかぶさり、マウントポジションからパンチを放ちながら、エンドラルの顔面に向けて頭突きを放ってきた。石のように硬い頭突きを受けて、エンドラルの額はばっくり避けた。彼はうめき声をあげていた。

だがエンドラルは、エスカリョーネに助けを乞うことはしなかった。自分一人でこの場を切り抜けるための方法を常に考えていた。そして魔物がエンドラルの顔面を潰そうと頭突きをしてきたのに合わせて、木刀を魔物の首元へ突き上げた。木刀が首元にめり込む感触があった。だが、魔物はピンとしている。魔物は木刀を、喉仏を上手く動かして首元で固定すると、そのままエンドラルへと突き下げてきた。木刀の柄がエンドラルの腹部にめり込む。

激痛が身体を貫き、エンドラルは吐血した。

魔物はニヤニヤと笑い、首元に固定した木刀をもう1度、今度は左腕をめがけてエンドラルに叩きつけた。ぐしゃりと音がして、エンドラルの左の二の腕が4分の1ほど削ぎ落とされていた。エンドラルは苦虫を噛み潰した表情をしたが、決して弱音は吐かない。彼は左腕から出血しながらも、右手で木刀の柄をひねって、魔物のコントロール下から木刀を取り戻した。

エンドラルは右手一本で木刀を振り魔物の胴を叩くが、その腕に力はない。

魔物はエンドラルの右腕を掴むと、その腕を本来曲がるはずのない方向に曲げて見せた。エンドラルは激痛に思わず声を上げる。魔物はその様子を見てケラケラと笑っていた。虫を殺すが如く、エンドラルを殺そうとしている。

 

目の前で行われている凄惨なやり取りを、エスカリョーネはどこか違う世界の出来事のように感じていた。彼女の心は『いま、ここ』の現実には無い。

両親を奪った魔物たちへの憎しみ。それをもたらした原因であるルミナス・カラフルへの怒り。ルミナスを要人として迎え入れている国際連合軍への懐疑心。国際連合軍総司令官アイン・スタンスラインへの好意。誰かを恨まなければ狂ってしまいそうになる自分と、誰も恨みたくないという自制心との葛藤。彼女の頭のなかは多くの感情がグルグルと渦巻いていた。

(エンドラルくんを助けなきゃいけないのに)

エスカリョーネは『ねばならない』『するべきである』という思考に囚われていた。しかし彼女の身体は、思考に反して一歩も動き出そうとしない。

エスカリョーネはこのままではエンドラルを見殺しにしてしまう。そしてまた、この日のことをずっと後悔するに違いなかった。

(だめだ、私)

エスカリョーネの目の前で、魔物の頭がエンドラルの顔面に振り降ろされる。彼女はその光景から目を背けた。グシャッという音があたりに響き渡る。エスカリョーネは最悪のケースを思い浮かべた。

しかし、潰れたのはエンドラルの顔ではなく、魔物の顔だった。

大きな馬の前足が、魔物の顔面を捉えていた。馬は魔物の顔面から前足を離し、地に足をつけると、エンドラルの隣で身体を反転させ、後ろ足を使って魔物を強烈に蹴り飛ばした。エンドラルの上にまたがっていた魔物は、後方へ吹き飛んでいった。

そして地面に倒れ込んだ魔物の両手両足に、鉄杭が打ち込まれる。エスカリョーネはその鉄杭の持ち主が誰かを理解していた。

「何をしているのですか?エスカリョーネ」

元帥ビスマルク。彼は愛馬にまたがり、エスカリョーネを見下ろしていた。

「エンドラルのことが嫌いになりましたか」

「そんなことありません」

エスカリョーネは力なく答える。

「迷っているようですね」

ビスマルクはエスカリョーネの声色からそう判断した。

「国際連合軍に失望しましたか?あなたの故郷を奪う原因となった人物を、要人として迎え入れているこの軍に」

ビスマルクはエスカリョーネの心の迷いを的確についていた。

「私は、誰かを恨みながら生きていきたくないんです」

エスカリョーネは膝を抱えた。

「だから、その憎しみを飲み込むほかないと?」

ビスマルクは穏やかな口調で問うた。エスカリョーネは何も答えない。ビスマルクは天を見上げ、続けた。

「何かを恨むことは、それほど悪いことでしょうか」

エスカリョーネはその言葉に顔を上げた。ビスマルクは既にエスカリョーネの方を、穏やかに見ていた。

「エスカリョーネ。あなたに少し昔話をしましょう。私はかつて、アイン・スタンスラインと世界を二分して戦った覇王ブラエサル・グリードリッヒに仕えていました。我が王ブラエサルは、鍛え上げられた肉体に加えて、戦場で一度も弾に当たったことのない豪運の持ち主でした。戦場で見るその姿は、まさにハーネスライン最強の武人であり、私にとって理想の王でありました。この王が、アイン・スタンスラインとの一騎打ちに敗れ、命を失ったのが、1年と7ヵ月前です」

ビスマルクは当時を思い出していた。

「私は、大きな失望に飲まれました。敬愛する王ブラエサルを殺めたアイン・スタンスラインを憎み、幾度となく彼を殺すための策略を練りました。そしてその度に私は自己嫌悪に陥り、後悔しました」

エスカリョーネはビスマルクの境遇を自分と重ね合わせた。彼の気持ちが痛いほどよく分かる。

「ビスマルクさんはどうやって、その感情を乗り越えたの?」

「乗り越えてなど、いませんよ」

ビスマルクはエスカリョーネに視線を落とす。仮面の隙間から覗く視線は、とても優しい物に感じられた。

「ただ、受け入れたのです。私は今も、アイン・スタンスラインを憎んでいます。その憎しみを、野心へと転換したに過ぎません。この国際連合軍で最高の武功を挙げ、国際連合軍最高の将として全世界にその名を轟かし、世論を味方につけることができたならば。アイン・スタンスラインに鉄槌を加えてやることができるでしょう。それが私の大いなる野心です」

ビスマルクは告げた。

「そしてアイン・スタンスラインは、私の野心を受け止める器量を持った男です。私を遠ざけるわけでもなく、不当な待遇に貶めるわけでもなく、正当な対価を持って私を評価してくれる。こういった場では、憎しみは力に変わります。エスカリョーネ」

ビスマルクは手綱を握る拳に力を加えた。

「憎しみを抱くことは悪いことではありません。思う存分、国際連合軍を憎めばいいのです。武功をあげ、出世しなさい。そして力を手に入れた後、思うことをすれば良いのです」

ビスマルクの言葉はエスカリョーネの胸に落ちた。

エスカリョーネは自然と立ち上がっていた。身体が思い通りに動く。

「私、戦います」

「それで良い。私もあなたの野心を最大限支援しますよ。さあ行きなさい、エスカリョーネ。レンジャー部隊の戦場は、キャンプ中央です」

ビスマルクはキャンプ中央の激戦区を指差した。エスカリョーネはエンドラルの治療をビスマルクに依頼すると、ファンタズマ・アーキによってコスチュームを変更し、飛ぶように戦場を駆けていった。

 

***

 

キャンプ中央。マルバスの周囲には炎の柱がそびえ立ち、国際連合軍は近づくことができないでいた。そしてマルバスは、柱の後ろから炎の渦を放つ。渦は国際連合軍の歩兵たちを次々と飲み込んでいった。

 

打開策の見えない絶望的な状況の中、ライロックの指示によって、かろうじて国際連合軍の士気と隊列は保たれていた。サイトウがライロックの側に位置取り、周囲の魔物たちを紙のように切り裂いていく。

「ライロック。このままではジリ貧だ」

「サイトウ。レンジャーが辿りついたようだ」

ライロックの視線は、東から来たレンジャーの一団を捉えていた。

「レンジャー隊が動けるよう、道を切り開いてくれ」

ライロックはサイトウにSAMURAI部隊を動かすよう促した。サイトウはその言葉に頷きながらも、一言加えた。

「だが、中央のマルバスを倒さなければ、危機的状況は変わらない」

「わかっている。マジシャン部隊が到着するまでに、どれだけ被害を抑えられるかだ」

ライロックの脳内では既に勝利への道筋が描かれていた。だがそのためにはまだ、時間が必要だった。

その時。

マルバスの周囲を囲む炎の柱のうち、最も西側に位置する1つが消滅した。その先には1人の剣豪が立っていた。

「イプシロン」

ライロックの正面に映るイプシロンは、鬼の形相を浮かべている。服の間から覗く首元には黒い傷跡が浮かんでいた。ライロックはこめかみにシワを寄せて、その痛々しい傷跡を見ていた。

「聖痕を持つ(スティグマーダ)狂戦士(バーサーク)」

イプシロンの能力は、身体に黒いスティグマを刻むことで、肉体の能力を一時的に強化するものだった。彼は右手の剣を振るうと、巨大な風を起こした。その風はマルバスの作り出した柱をまた1つ、消し去った。

「手加減は出来ねえぞ。キレちまったからな」

イプシロンは充血した目つきでマルバスを睨むと、ニヤリと笑った。

 

「何だと?」

マルバスは驚きを隠し切れないまま、イプシロンと対峙した。

「我の炎をかき消すものがいる・・・だと?」

「消えるのは炎だけじゃねえぞ!」

イプシロンは言って、炎の柱という防壁を失ったマルバスに突撃した。マルバスは鉤爪でイプシロンの一閃を受け止める。鋼鉄がぶつかるような音がし、爪にピキピキと亀裂が入った。

「人間にしてはよくやる」

「このまま腕をもらっちまうぜ」

イプシロンは腕に力を込める。しかし彼は、突如訪れた左横からの衝撃で吹き飛んでしまう。

「何だ?」

イプシロンは左を見たが、そこには何も存在しない。マルバスはイプシロンを見て余裕の表情を浮かべていた。

「お前の術か」

「我の技を見ぬくことはできまい」

マルバスは鉤爪でイプシロンを抑えこもうとする。イプシロンは剣でその一撃を受けたが、また目に見えぬ攻撃を受けて弾き飛ばされてしまう。

「何が起こってやがる」

イプシロンは一転、劣勢に立たされた。狂戦士化の制限時間は刻一刻と迫っていく。

 

しかしイプシロンの健闘は、国際連合軍にチャンスを与えていた。

「よく時間を稼いでくれた」

ライロックが呟く。マジシャン部隊の体制が整った。

「マジシャン部隊、一斉射撃!」

ライロックの号令に従い、マジシャン部隊から7色の魔法が放たれる。マジシャン部隊の中心には、ミストルティンとサンスポットもいた。彼女たちの魔法は、空を埋めていた魔物たちを根こそぎ消し去った。

 

「頃合いか。この勝負は預けておくぞ」

マルバスはコウモリの羽を羽ばたかせ、上空に飛び立とうとする。

イプシロンは、マルバスに逃げさせまいと羽を掴むが、見えない攻撃によって逆に上空に弾き飛ばされた。マルバスは上空に弾け飛んだイプシロンを追い、さらに上空へ殴りあげた。

「空ではうぬも自由に戦うことは出来まい」

「クソ野郎が」

イプシロンはマルバスに向けて腕を振り下ろすが、マルバスはそれを交わし、ドロップキックでイプシロンを地上へと叩き落とした。

「イプシロンさん!」

そこにたどり着いたのがエスカリョーネ。彼女は両手でイプシロンを受け止めようと構えたが、イプシロンの巨体は、彼女が受け止めるには重すぎた。2人はバランスを崩してその場に倒れこむ。

「いったあ」

「悪りいな」

「ほんとですよ。私はか弱いんですから。相当無茶しました」

「どの口が言ってんだ?」

イプシロンはがははと笑った。

「助かったぜ、エスカリョーネ。もう大丈夫そうだな。さて、上のあいつだけは撃ち落としておきたいが」

イプシロンはマルバスを見上げた。マルバスは止めの一撃を加えようと準備をしている。

「チャンスはあと1回だぜ」

「師匠、あの魔物は、しっぽを持ってます。攻撃の瞬間だけ、形が見えました」

「尻尾?なるほど、通りで」

イプシロンはにやりと笑った。

「いくぞエスカリョーネ。お前も剣を構えろ。上段の構えだ」

エスカリョーネはバルムンクを具現化し、構えた。マルバスは2人に突撃を仕掛ける。そして衝突の瞬間、見えない尻尾をわずかに具現化した。

「ここだ!」

エスカリョーネのバルムンクが、マルバスの尻尾をとらえた。スパンという音とともに、マルバスの尻尾が上空に舞い上がる。

「何だと?!」

マルバスは驚きに身を引いた。そこへイプシロンの一撃が加わる。

「死にやがれ!」

鋼鉄のぶつかり合うような轟音が響き渡った。マルバスは僅かに身をかわし、直撃を免れたが、傷口からは血が噴き出している。

「これほどとは・・・」

マルバスは言いながら、上空へと羽ばたいていく。下僕の悪魔たちも次々と西の空へ帰っていった。国際連合軍は多くの被害を出しながらも、敵を退けた。

エスカリョーネとイプシロンはハイタッチをして喜びを分かちあった。

 

「エスカ!」

マジシャン部隊から飛び出して来たのはミストルティンだ。彼女は勢い良くエスカリョーネに抱きついた。

「何だか元気そうで、安心した。私、自分のことばっかりで、エスカが悩んでいるのに気づけなくて。本当にごめんなさい」

「ううん、ミスト、ありがとう。私はもう大丈夫。元気になったよ」

エスカリョーネは両手でガッツポーツをする。

2人は目を合わせて笑った。

 

そこへ愛馬を駆ったビスマルクが到着する。傍らには包帯を巻いたエンドラルがいた。エスカリョーネはエンドラルの顔色を見て、ほっと胸をなでおろす。

「エンドラル、よかった」

「人のことを気にしている場合ではありませんよ。元気になったのなら、もうしばらく野山獄で反省をしていただきましょうか。有事だったので避難することを認めましたが、あなたの刑期はまだ終わっていません。そもそも刑期中に鎖を外すのは国際連合のルールに反しています。あなたには相応のペナルティを受けていただく必要がありますねえ」

とはビスマルク。

それに対してはイプシロンが口を挟む。

「あー。わりい、俺がエスカリョーネの首輪を外しちまった。代わりといっちゃ何だが、俺がこいつに首輪をつけて躾けておくんで、許してやってくれねえか?」

「ちょっと師匠、飼い犬みたいに言わないでください!」

エスカリョーネは頬を膨らませた。

「なんだ、違うのか?」

「違います!」

エスカリョーネがムキになって否定したのを、イプシロンは面白がって笑っていた。エスカリョーネはイプシロンを無視してビスマルクに対峙する。

「ビスマルクさん。私、野山獄に戻ります。ルールは守っておきたいから」

エスカリョーネは真剣な眼差しをビスマルクに投げた。

「ふむ」

ビスマルクはその視線を受け止めると、顎に手を当てて、わざとらしく、さもいま思いついたかのように言った。

「とはいえ。国際連合軍も、明日には移動を開始します。そうなると野山獄もまた別の場所に作らなければなりません。その度につなぎかえていては手間がかかりますな。あなた1人のために、余計な手間を増やしたくありません。エスカリョーネ」

ビスマルクはエスカリョーネに語りかける。

「あなたは人一倍働きなさい。それで罪を帳消しにしましょう。できますか?」

「はい!」

エスカリョーネは力強く頷いた。

(これで明日からも、みんなと一緒に働ける)

エスカリョーネは気持ちを新たに頑張ろうと思った。

 

『迷いは晴れたか』

フレスヴェルグの声を久しぶりに聞いた。

(まだ迷っているけれど。自分のために頑張ろうと思う。フレスヴェルグが思うような復讐は出来ないかもしれない。でも見守っていて)

『お前の自由にすればいい』

フレスヴェルグの声色は優しかった。エスカリョーネは自然と笑顔になる。

 

 

マルバスによってもたらされた被害は大きい。それでも国際連合軍のキャンプには、日常が戻り始めていた。

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