「セフィロスを、呼んでくれないかい」
ディーオーエムオーが息も絶え絶えに言う。
パンサーは側にいた神衛隊に声をかけ、セフィロスを呼ぶように伝えた。神衛隊は頷くと、飛ぶように部屋を出ていった。
「なあディーオーエムオー、神衛隊のひとたち、親身になって聞いてくれたぞ。全く、いい奴らだな」
ディーオーエムオーは黒ずんできていたが、どこか笑顔に見えた。セフィロスが到着したのは5分後だ。ディーオーエムオーは目を見開く。
「来てくれたかい。同じ神としてお前に問いたい。私の頭のヒマワリは、太陽の花。私の養分を吸い取り、美しい花を咲かせている。この花は奇跡を起こすことの出来る花だい。この花が枯れるまで待ち、その種をローディアに食べさせれば、彼女は目を覚ますかもしれない」
ディーオーエムオーの言葉にパンサーは目を見開いた。ディーオーエムオーは彼の姿を視界に捉えていたが、何も言わず続けた。
「だが一方、この花が枯れるということは、私の命が失われることも意味する。私は自分の命を守るために、このヒマワリの茎を切り落とすこともできる。セフィロスよ、お前ならばどちらを選ぶかい」
セフィロスは慎重に言葉を選んだ。
「私は、生物が自分の命を守るのは自然の理だと考える」
「そうだな。神は自分のことだけ考えていればいい。ならばこの茎を切り落とすのが私にとって自然な選択だろう」
ディーオーエムオーは頭の上のヒマワリを触った。
「しかし私はこの茎を切り落とさない。それが私の存在をゼロに帰す選択であっても」
ディーオーエムオーはパンサーの方を向き、ニヤリと笑った。
「私はかつて、たった1人紫の部屋に閉じ込められていた。1人でスケートをして寂しく時間を潰すことしかできなかった。それを連れ出してくれた少年がいたんだい。私はその彼のためなら、自分の命を使ってもいい」
パンサーはディーオーエムオーの手のひらをギュッと握った。
こんな気持ちは初めてかもしれない。
パンサーはディーオーエムオーを、家族だと感じ始めていた。
——およそ1ヶ月が経った。
「ヒマワリの種は、何年でも保存が効くぞ。なんなら7年間待ってから彼女に食べさせれば、君たちの歪んだ時間をゼロに戻すことだってできるだろう。私のことを忘れて、再び歩き出すのも悪くない」
太陽の光を浴びてエネルギーを蓄えたヒマワリの花も、この頃にはすっかり元気を失っていた。ディーオーエムオーは枯れかけたヒマワリの花をボンヤリと見つめている。自分に残された命の短さを確かめているようだ。そのヒマワリの花越しに、セフィロスが見えた。
「セフィロスかい。お前もいつかは無に還る時が来るだろう。その時、怒りに心を蝕まれていては、何も残すことは出来やしない。神は冷静であるべきだい」
ディーオーエムオーの言葉に、セフィロスは礼をして踵を返した。究極の利己主義者が最後に自分の命を捧げて他人を救おうとしている。その事実はセフィロスの視野を広げていた。
「セフィロスは行っちまったかい」
ディーオーエムオーは目を閉じた。ついに最後の時が訪れようとしていた。
「結局私は、神ではなかった」
ディーオーエムオーの言葉は、いつまでもパンサーの耳に残った。ディーオーエムオーの頭のヒマワリの花が乾燥し、ボロボロと種が落ち始める。
「ディーオーエムオー!」
「おまえとあそべて、たのしかった、ぞい」
パンサーの目の前で、ディーオーエムオーはその生涯を閉じた。
パンサーは柄にもなく、ディーオーエムオーに抱きつき、涙を流していた。
パンサーがヒマワリの種をローディアに食べさせたのは、ディーオーエムオーが亡くなってすぐのことだった。彼は妹とディーオーエムオーについて話したかった。
『忘れることは人間に許された特権』だが、彼は思い出を失いたくなかった。
「これでローディアが戻らなかったら、死に損だぞ」
パンサーは誰かにツッコミを入れるように呟く。それは笑えない冗談だったが、最悪のケースとして想定される事象でもあった。それでも。
「う、ん」
パンサーの懸念は杞憂に終わった。ディーオーエムオーの言ったとおり、ローディアはヒマワリの種を食べて目を覚ました。
「あれ? 私、どうして? あのジャガイモは?」
「ディーオーエムオーは、神になったよ」
彼の言葉にローディアは困惑していた。この兄はそんなことを言わないはずだ。
「嘘でしょう?」
「いいや、嘘じゃない。俺達にとっての神様なんだよ。あいつは」
2人の間に、新たな亀裂が生まれたような気がした——。
第1項 2体目の神
第2項 フラクタル
第3項 不完全性定理
第4項 バタフライ効果
第5項 対数螺旋
第6項 パラドックス
第7項 神の方程式
第8項 対称性
第9項 なぜ何もないではなく、何かがあるのか
第10項 フィボナッチ数
最終項 ゼロ
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