5Sを掲げる出版社に女騎士がいるんだが

<登場人物>

edo tina
エドガー・ラルティーン エティナ・グレース

デモリューションのなんでも屋、エドガー・ラルティーンとエティナ・グレースはこの日、ロマリアとデロメア・テクニカの国境の地アヅチへ来ていた。

アヅチの街の風景は、マタリカ大陸の中でも異質だ。わらじ屋、きもの屋、豆腐屋など、他の土地では見られない店が立ち並んでいる。エドガーとエティナはこの街ですれ違う人々がまとう、カラフルなキモノに目を奪われていた。

「なあなあティナ、ロマリアで流行ってるキモノって、どこが発祥か知ってる?」

「知ってるわよ。ヤーパンでしょう? ロマリアはヤーパンを好きな人たちが集まって興した国だって、子どもの時に習ったわ」

「ピンポーン、大正解。じゃあさ、ヤーパンで1000年以上流行してた髪型、ちょんまげが流行ってないのって何でだと思う?」

「うーん」

エティナはエドガーの方を見て首を傾げ、迷いなく言う。

「ダサいから?」

「お相撲さんに謝れよー」

「だって、エドガーがちょんまげしてたらダサいじゃない。髪の毛緑でちょんまげとかブロッコリーにしか見えないし、そのうえ丸メガネよ?」

「俺でシミュレーションするなよー。そりゃ俺は似合わないかもしれないけど、ヤーパン愛があれば似合うかもしれないだろ?」

「じゃあ知らない」

「拗ねるなよー」

エドガーはエティナの肩を揉む。

「実はちょんまげ自体が兜を被る時に蒸れるからって理由で考案されたんだよな。だから日常的に兜を被ることもない今は、ちょんまげしなくても済むようになったんだよ」

「へぇー、じゃあエドガーは今からちょんまげにした方がいいかもしれないわね」

エティナはエドガーへ工事用のヘルメットを渡した。

「今日からのお仕事はこれをかぶってお掃除だから」

エティナはニッコリと笑った。

アヅチの一角に大きな日本家屋がある。ここが2人の職場だった。建物のまわりは堀で囲まれており、澄んだ水が流れ、水面に反射する光が眩しい。外周の一角に大きな門があり、中に入るためのえんじ色の橋がかかっている。

「おー、ここが今日の仕事場かあ」

ヘルメットをかぶったエドガーは左右を見ながら橋を渡った。

橋を渡ったところには竹林があり、しっとりと水気を含む空気が心地よい。

「竹の伐採でもするのかな?」

しばらくすると住宅が見えた。住宅の入り口には引き戸。カラカラと音を立てて戸を開けると、中には土間が広がる。土間から1つあがったところに畳の敷かれた部屋が見えた。

「畳だ―!」

エドガーは目を輝かせて、靴を飛び散らかすと畳の部屋に転がり込んだ。

「ちょっとエドガー、お客さんのお家だってわかってる?! で、でも初めて見るわね。綺麗に整理されているけれど、掃除するところなんてあるのかしら」

エティナも周りをキョロキョロしながら畳に手を伸ばそうとした。その時。

「ようこそ。デモリューションのなんでも屋さん」

エティナはピクリとして手を引っ込めた。後ろには黒髪の女性が立っていた。

「すみません。エドガー、依頼主の方が見えたわよ!」

「ティナー畳が冷たくて気持ちいいぜー」

大の字で寝ているエドガーを見て、エティナは頭を抱えた。

「す、すみません・・・」

「いいんですよ。ここはお客さん用の和室ですので。仕事場は奥にあります」

「すぐ伺わせていただきます」

エティナは畳の部屋に膝立ちすると、エドガーの首根っこを掴んで部屋から引きずり出した。依頼主はそれを見てくすくすと笑っていた。

「私はホウジョウ・タカネ・ラティスと申します。さあ、こちらです」

ホウジョウの案内で障子を3つくぐると、100畳はあるだだっぴろい部屋が現れた。あたりには畳とキモノのこすれる音が絶え間なく聞こえ、30人ほどの従業員がせわしなく働いていた。

1人に1つ、膝の高さほどの文机が与えられており、その周辺が仕事スペースになっているようだ。

100畳の部屋の両端には巨大な本棚が並んでおり、色とりどりの本が飾られている。

ひときわ目立つのは、奥の壁に設置された巨大なコンピューターだ。横幅は4ベルト、高さ2ベルトもある。あたりにはコンピューターから四方八方へ伸びたケーブルと、内蔵されたプリンタから排出された書類で足の踏み場もない。

「仕事の内容は奥の休憩スペースでお話しますね」

ホウジョウが文机の間をスタスタと歩いていると、何名かの社員がお疲れ様ですと挨拶をした。エドガーはにんまりして手を振り、エティナは小さく会釈を続けた。あたりには写真やデザインの本、小説などが山積している。

休憩スペースに到着した2人は、陶器のコップに入った温かいお茶を振る舞われた。ホウジョウは黒い髪をサイドポニーにくくり、話しはじめた。

「先ほど御覧頂いた通り、私たちは出版会社を営んでいます。小規模ではありますが、ロマリアの出版業界に新風を吹かせるよう社員一堂頑張っています」

「ホウジョウさん、奥にでっかいコンピューターがあったけど、あれは?」

「ええ、あれが私達の切り札です。私たちは、ロマリアでまだ導入されていない、デスクトップ・パブリッシングを初めて取り入れた企業です」

ホウジョウはずいと前のめりになった。

「デスクトップ・パブリッシングというのは、これまで人の手で行われていた出版の仕事を、コンピューターを使っておこなうことを言います。原稿の作成はもちろん、レイアウトの変更や色味の変更もコンピューター上で行うことができます。写真を複製することも簡単にできますし、原稿は何度でも書き直しをすることができます。例えば」

ホウジョウは唇の手を当て、エドガーのヘルメットを見た。

「エドガーさんの写真をコンピューターに取り込んで、被っているヘルメットを、コンピューターの中で別の色に変更して、いろんなおしゃれを楽しむこともできます。それを幾つか並べたら、まだこの世に存在しないヘルメットのパンフレットにもなりますよね。凄いとおもいませんか? 今まで地上になかったものを創りあげることができて、人に価値を伝えることができるんです」

ホウジョウが目を輝かせて言った時、エドガーも目を輝かせていた。

「いいね、いいね! カラフルなヘルメットがズラッと並んだパンフレットがあったら、俺買いたくなっちゃうよ」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、素敵な話をしてくれてありがとう。ホウジョウさん、俺たちホウジョウさんの役に立ちたいよ。どんな仕事をやらせてもらえるの?」

エドガーは無邪気に笑った。ホウジョウもつられて顔がほころぶ。

「エドガーさんは素敵な人ですね。なんでも話せてしまいます。私がご依頼したいのは、一週間分の家屋の掃除です。掃除といってもあなた達には、我が社のスローガンである5Sを徹底した掃除をしていただくことを期待しています」

「5S、ですか」

エティナは頭の中の辞書から5Sの意味を思い出しそうとしている。

「おい、ティナー、5Sってなんだっけ。カードゲームのレアリティか??」

「黙っててくれる?」

エティナの辛辣なツッコミにホウジョウは笑っていた。

「エドガーさん、5Sというのは整理、整頓、清掃、清潔、躾の5つの行動規範の頭文字を取ったものですよ。少し長くなりますがご説明しましょう」

ホウジョウはポケットから手帳を取り出すと、5つのSについてスラスラと書き出していく。

  • 整理

要るものと要らないものにわけ、不要なものを捨てること

  • 整頓

決められたものを決められた場所に保管すること

  • 清掃

物や場所を綺麗にしながら点検をすること

  • 清潔

整理・整頓・清掃を維持すること

ルールを正しく守る習慣をつけること

「なるほどね~、ただの掃除とはわけが違ってそうだ」

「ええ。お二人にはこのスローガンを胸に、1週間掃除をしていただきます。食事と宿泊施設については私の方で用意させていただきます。食事はこの休憩スペースの隣の食堂を利用ください。夜は2階の宿泊スペースでお休みになっていただければ。ふかふかのお布団も用意していますのでゆっくり休めるとおもいますよ」

「やったー! 俺リョカンってのに泊まってみたかったんだ! 夢が叶いそう」

エドガーは両手を上げて喜びを表現する。

こうして2人の掃除生活が始まった。

***

2人が掃除生活を初めてすぐにわかったのは、5Sに協力的でない社員が少なからずいることだ。その中でもホウジョウが最も手を焼いているのが、タツハラ・リュウタ・ボガードだった。タツハラはデザインとコンピューターに秀で、この会社のデスクトップ・パブリッシングを担う中核社員だ。

「この会社の売上の半分はわてが稼いどる。わてのやり方に文句があるっちゅうなら、わてよりも稼げるやつを連れてきてみいや」

タツハラの文机のまわりは本や書類が無造作に置かれ、何かをメモした紙が丸められた状態で山積していた。ホウジョウはタツハラの文机に置かれた紙を2,3枚手にとって目を通しながら言う。

「タツハラ、これは会社のルールなのよ」

「ルールで社員は飯が食えるんか?天才をルールで縛ってええ仕事ができるわけ無いやろが。そんなことを考える暇があったら、1人1人の才能を伸ばせる仕事を取ってこいや」

ホウジョウは少し涙目になって自分の文机へ引き下がった。

「なるほどー」

エドガーは唇を舐めた。

「ティナ、俺タツハラさんと話してくる。ちょっと掃除よろしくね!」

エドガーはエティナに箒を渡すとタツハラの方へ走り出した。

「あ、ちょっとエドガー?!まったく長続きしないんだから」

エティナはエドガーの箒を休憩スペースの掃除道具入れにきちんと戻した。

「ねえねえタツハラさん。どうして片付けをしないの?」

エドガーは文机で熱心に何かを書いているタツハラの横へしゃがみこんだ。

「ん?お前さん新入りか?見慣れへん髪の色しとるな」

「緑が好きだから自分で染めたんだよね。俺はエドガー・ラルティーン。デモリューションという組織でなんでも屋をしていて、ホウジョウさんから掃除を頼まれたんだ」

「ああ、そうかい。つまらないことに金を使っとるな」

タツハラは肩をすくめた。

「タツハラさんの机、本だらけだね」

「わてに片付けろ言うても無駄やぞ」

「でも、片付いている方がスムーズに仕事ができるんじゃない?」

「凡人はそうやろな」

タツハラは本の山から迷いなく一冊の本を取り出すと、パラパラとページをめくった。

「エドガーくん。天才はな、散らかっている机のほうが気分良く仕事ができる時があるんや。散らかった机の上をあれやこれやと探しているうちに、探しているものとは別の価値のある物を見つける。そういう体験がクリエイターには必要なんや」

タツハラは先ほどの本を近くの開いたスペースに平積みすると、別の本を探しはじめた。

「例えばこうやって本を探しとる時、別のことを考える余裕が生まれるやろ? あのタスクはどうなっとるか、あのお得意さんにどうやってアプローチしていこかと余計なことを考える時間が生まれる。それが大事なんや」

「そういうものなのかな」

エドガーはタツハラが文机を散らかしていくのを眺めていた。

「エドガーくんも仕事をしとったらわかるときがくるやろ。君はどっちかというとわてに近そうやからな。まあ、掃除頑張ってやってみてくれや」

タツハラはわては協力せんけど、と付け加えた。

エドガーは取り急ぎ最初の3日間で整理、整頓、清掃をできるように心がけた。物が散らかっている場所では、周りの人に『要るものと要らないもの』を聞きながら不要なものを処分していった。

『要るもの』については『決められた場所』を聞いて、そこへ保管した。

保管の際には、『要るもの』がどのような状態であることが望ましいかを聞いて、汚れを拭き取りながら望ましい状態であるか点検をした。

それぞれは整理、整頓、清掃の基本動作であった。

しかし3日間が経ち、エドガーが音を上げる。

「だめだー、細かい作業が多くて続かないぜ―」

彼は2階の宿泊スペースで布団に顔を埋めた。

「そうかしら。私は楽しいけど」

「ティナは几帳面だからさ。俺はどちらかというとタツハラさんに近いんだよ」

「散らかってる方が落ち着くの?」

「そうそう!ぐっちゃぐちゃの机とか賑やかで楽し、いてて」

エティナはエドガーのほっぺたを引っ張った。

「やるべきことを見失わないよーに」

「わひゃってるってー」

エティナはエドガーの頬を離すと2回だけ撫でてあげた。

「はい、箒。今日も一緒に頑張りましょう」

「あ!俺ちょっとトイレ―」

エドガーは走って1階へ降りていった。エティナはジト目でエドガーを見送ると、腰に手をあてて大きなため息をついた。

しばらくすると、顔面が蒼白になったエドガーが帰ってきた。

エティナはエドガーが仮病で今日の仕事を放り出すつもりなのではないかと想像した。彼女は腕を組んで、強い口調で言う。

「どうしたの?」

「やべえよティナ・・・」

エドガーは一階を指差す。

「この家やべえ・・・」

「おばけでも見たの?」

「女騎士だ」

「は?」

「だから女騎士がいたんだって。休憩スペースに」

エティナは一瞬言葉の意味が理解できなかった。

「ここは出版社でしょう?何でこんなところに女剣士がいるのよ!」

「知らねえよー!しかも休憩スペースでお茶飲んでたから、勇者が来るのを待ってるのかも!?あ!ここで冒険の書が書き上がるのを待ってるのか!?」

「訳がわからない」

エティナは首を振った。

「とにかく行ってみましょう」

「えーまじかよ〜。アマゾネスみたいに筋肉ムキムキだったんだぜ。絡まれたら勝てないぜ〜」

「そんなのわからないでしょう?まったく、仮病でも使うのかと思ったら。女騎士なんて、いるわけないじゃない」

エティナはエドガーを引っ張って休憩スペースの前まで来た。

彼女はゴクリとつばを飲んで、休憩スペースの戸を開けた。するとそこには、エドガーの言うとおり女騎士がいた。

「おや、さっき来た坊やじゃないかい」

「ほら!やっぱりいただろ?」

エドガーはエティナの後ろに隠れた。

「はっは。そんな怖がりなさんな。あたいはアカギ・セリカ・アドバンス。ホウジョウ・タカネ・ラティスのボディガードをさせてもらっている女騎士さ」

「ボディガード?」

「ああ、そうさ。今の御時世、物騒だろう?何の後ろ盾もない女社長じゃあ会社を運営することもままならないのさ。デスクトップ・パブリッシングの機械を狙っている盗賊団もいるって話だからねえ」

アカギは艶やかな赤い髪をかきあげた。鍛えられた筋肉が首筋を覆っている。

「アカギさん、すごい腕」

エティナはこの女騎士に胸をときめかせていた。

「少し触らせていただいてもいいですか??」

彼女はふんすと息を荒げた。

「おい、ティナー。筋肉に目がないんだから」

「はっは。あたいもこの道長いからねえ」

アカギは両腕に力を込めて力こぶをつくってみせた。エティナはアカギの腕をしばらく撫でると、鎧の隙間に挟んであった小さな手紙に気づく。

「アカギさん、この手紙は?」

「あ、それはほら、タカネから貰った手紙だよ」

アカギは必死でそれを隠そうとする。

「それより、あんたたちはどうしてこの家に?」

「この家の掃除をするよう頼まれたんです」

「ああ、5Sの徹底かい。タカネも手を焼いているようだね」

アカギは隣においていた大剣を手に取る。

「必ずしもルールを守ることが最適ではないけど、大事なことだからねえ」

「アカギさんは5Sについてどう思う?」

エドガーは無邪気に聞いた。

「そうだねえ。あたいとタカネじゃあやっていることは違うかもしれないけど、5Sは大事だと思うよ。5Sの徹底っていうのは、いうなれば『いつでも戦える態勢を整えておく』ってことだからね。整理、整頓、清掃はいうまでもないけれど、続けることが大事だから、なにより清潔と躾が大事だね」

「アカギさんの場合は、本当にいつ出番が来るかわからないもんね」

エドガーは大きく頷いてみせる。

「そうさ。でもどんな仕事だってそうだろ?それにチームで動いているならなおさらさ。誰もがいつでも戦える体制を整えるためには、ルールが必要なんだ。武器は決められた場所に置いておく。それもいつでも使える状態にして置いておく。そうすれば一人が欠けても誰かが代わりに戦ってくれるだろう?タカネのやろうとしていることは間違っていないと思うよ」

アカギの言葉はエドガーの胸にコトンと落ちた。

「ありがとう、アカギさん。俺もう一度タツハラさんと話してみるよ」

アマゾネスのような女騎士はにこやかに笑って手を振った。

***

「ねえタツハラさん、また来たよ」

「おお、エドガーくん。どや、5Sなんてやるだけ無駄っちゅうことがわかったやろ? 人が仕事しとったら仕事場は汚れるんや。それを受け入れる器量が必要やろ? 汚れとっても、天才は汚れの中から新しいものを生み出すことができる。スティーブ・ジョブズ、アルベルト・アインシュタイン、マーク・ザッカーバーグ。歴史所の偉人はみんな机が汚かった。カオスの中で創造性は発揮されるんや。それを受け入れんと、掃除のコストで赤字になってまうで」

タツハラは舌を出して両手を上げた。降参のポーズらしい。

「うん、俺もいまのタツハラさんだったら、5Sなんてしなくていいと思った」

「せやろ?」

「でも、タツハラさん。タツハラさんは才能もあって、今後この会社を大きくしていく人だと思うんだ。ずっと1人で仕事をしていてもいいのかな」

エドガーの質問はタツハラに未来のことを考えさせた。

「ゆくゆくはわてのやり方を後輩に引き継いでいかなあかんやろな。そうすればこの会社はもっとでかなる。そしたらホウジョウも楽できるやろ」

タツハラはホウジョウへの信頼を述べた。

「タツハラさんはホウジョウさんと仲が悪いわけじゃないんだね」

「あほかいな。真剣に仕事をしとったら、考えがぶつかることもあるやろ。せやけどだからって、相手が嫌いになるんはガキのすることや。わてはホウジョウを買っとるで。デスクトップ・パブリッシングっちゅう、新しいこともはじめさしてもろたしな」

「きっとホウジョウさんも、ゼロからイチを生み出せるタツハラさんの才能を信頼してるよ」

「わては天才やからな」

タツハラは胸を張った。

「会社の売上を伸ばして会社をでかくする。それがわてをデスクトップ・パブリッシングの担当に抜擢してくれたホウジョウへの恩返しや」

タツハラは竹を割ったように爽やかに笑った。

「それならタツハラさん! チームで仕事をすることを考えてみようよ。いまタツハラさんの机に散らかっている本は、他の誰かにとっても必要な本なんじゃないかな。その本があれば、タツハラさんと同じように戦えたかもしれない人が、本がないから失敗して、能力を認められずに消えていったとしたら」

「わてが後輩のチャンスを奪ったっちゅうことになるんか」

エドガーは大きく頷いた。タツハラは目を細める。

「エドガーくん。整理整頓清掃が、チーム全員が戦える態勢をつくること。それを維持するのが清潔で、清潔であることを習慣づけるのが躾やっちゅうんなら、5Sは経営者の守るべき鉄則やで」

タツハラはすっくと立ち上がると、文机の周りを一心不乱に片付けはじめた。

***

そしてエドガーとエティナが来てから1週間が経った。

あれ以来タツハラは5Sの重要性を理解したようで、ホウジョウ・タカネ・ラティスの右腕として5Sを率先し、5Sリーダーと呼ばれるようになった。経営者の目線で5Sを語るタツハラは、ホウジョウが最も信頼する部下であり、多くの社員から注目を集める存在となっている。

エドガーとエティナは、最終日の掃除をすませ、休憩スペースでアカギ・セリカ・アドバンスとお茶を飲んでいた。

「凄い変貌ぶりだよね、タツハラさん」

「そうねエドガー。考えかたひとつで人って変わるのね」

「あたいのアドバイスも役に立ったかい?」

アカギの言葉に、エドガーとエティナはしみじみと頷く。

「そりゃあよかった。あれ以来タカネも機嫌がいいよ」

「そういえばアカギさん、その手紙ってホウジョウさんが書いたものですよね? 私昨日宿泊スペースでホウジョウさんが手紙を書いているの見ちゃいました」

「げっ、エティナちゃん。見たのかい?」

「いえ、中身までは。ただ、可愛い便箋だなーって」

エティナはてへっと首を傾げた。

「エティナちゃんも・・・可愛いじゃないかーい」

アカギはたくましい腕でエティナを抱きしめた。

「ちょ、ちょっとアカギさん、苦しいですよ」

「ああ、ごめんごめん。あたい、可愛いものには目がなくてねえ。自分には似合わないからさ」

「そんなことないですよ。あ、そうだ!アカギさんにプレゼントがあるんです。自分用に買った髪留めなんですけど」

「ちょっとやめとくれよ。あたいはそんな可愛いもの似合わないって」

「いいからいいから。考えかた1つですよ」

エティナは無理やり、アカギの艶やかな髪を髪留めでとめた。

「どうだい?やっぱり恥ずかしいねえ」

そこに通りかかったのはホウジョウ・タカネ・ラティス。

「あら、いいじゃない」

「なんだい、あんたまで」

アカギは顔を真赤にした。

「あたいにはこんな可愛いもの似合わないって」

アカギは髪飾りに手を当て、それを力づくで取り外そうとする。だがそのアカギの手を両手で覆ってとめたのはホウジョウだ。

「何言ってるの。すっごく似合ってる」

ホウジョウの言葉は、アカギに勇気を与えた。

「あんたも、こうして勇気をもらったのかねえ」

「そうよ。エドガーくんとエティナちゃんが来てくれて、タツハラが変わってくれて。それなら私もセリカも変わらなきゃ、ね」

アカギはいよいよ観念して、髪留めをつかってサイドポニーをつくってみせた。

「まったく。会社全体が変わっちゃったみたいだよ。5Sの徹底というスローガンに込められた社長の思いが、『チームでいつでも戦える態勢を整えておく』ことだとわかってから、誰もが他の人が働きやすいように配慮するようになったじゃないか。その結果社員はお互いを尊重するようになって、社員の自己肯定感が増して、こうして新しいことにチャレンジさせる雰囲気が生まれた。タカネ、あんたはいずれ一流の経営者になるよ。そのときはあたいをボディガードに雇ってくれよな」

アカギ・セリカ・アドバンスはそういうと、大剣を担いでそそくさと庭へと出ていった。

エドガーはアカギが見えなくなってから、小声でいった。

「ねえ、ホウジョウさん。あの人コンサルタントとして雇ったほうがいいよ」

「ええ、あんな逸材、絶対に離さないわよ」

ホウジョウはあははと高らかに笑った。


5Sのアイデアは桜介様から、
タツハラ・リュウタ・ボガードのアイデアは市川雄一郎様から、
DTPデザイナーを登場させるアイデアはHiro_star様から、
アカギ・セリカ・アドバンスのアイデアは白の黒の様からいただきました。

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