「ローディア!」
パンサーが慌てふためき、叫んだ。
「セフィロス、あんた!」
セフィロスはこめかみを押さえ、信じられないという風に首を振っていた。
そこに降り注いだのはディーオーエムオーだ。このジャガイモは、混乱しているセフィロスの後頭部にエルボードロップをかました。セフィロスはよろめき、膝をつく。膝をつきながらもセフィロスは、ディーオーエムオーに怒りを込めて、尋ねた。
「なぜ、君は彼女を守らなかった」
「あたりまえだろう。神は自分のことだけ考える。それが私のポリシーだい」
「信じられない・・・。私は、なぜ彼女の精神を、喰った・・・」
セフィロスは背中を丸めて何をか呟いていた。
パンサーは床に倒れ込んだローディアを懸命に揺すっていた。それでもローディアは眉1つ動かさない。パンサーは彼女を抱きしめて、嗚咽した。
「セフィロス、ローディアの精神を元に戻すことはできないのかよ。あんた、精神の神なんだろう? どうにかしてくれよ、どうにか」
「私には、消えた精神を元に戻す力はない」
セフィロスの言葉はパンサーの心を砕いた。
「じゃあ、ローディアはもう、戻ってこないのかよ」
「神はテーブルをひっくり返したりしない。ひっくり返すことは、できないのだ」
セフィロスはパンサーへ手を伸ばした。
だがパンサーは、セフィロスの手を振り払った。
「せめて、彼女を神衛隊の医務室へ。君にも特別な部屋を用意しよう」
それはセフィロスなりの償いだったのかもしれない。神の哀しげな表情は、パンサーの心を吸い込んだ。彼はその提案を拒絶することができなかった。
セフィロスの命により、数名の神衛隊隊員が呼び寄せられた。白人もいれば黒人もいる、様々な人種から構成された集団だ。彼らはローディアを担架に乗せると、教会の奥にある医務室へとまっすぐに向かった。その医務室は白い大理石に包まれた清潔感のある場所で、天井には大きなガラス窓がはめ込まれており、そこから暖かい日差しが差し込んでいた。
ローディアは医務室のベッドに寝かせられると、白髪の老婆医によって身体を調べられた。パンサーはローディアの胸の膨らみを見て、彼女が自分の知っている妹ではなく、女性なのだと認識し、医務室を出て老婆医の診断結果を待った。
老婆医の診断結果は、芳しくないものだった。呼吸こそ続いているが、痛みを与えても意識を取り戻す気配は無い。パンサーはローディアの手を握り、また泣いた。
「やっと、昔みたいに話せるようになってきたじゃねえか。なあ、ローディア。俺を置いて行かないでくれ」
涙をこぼすパンサーに、スタッフの誰も声をかけられなかった。
パンサーが赤い目をして、ベッドから顔を上げたとき、目の前にいたのはディーオーエムオーだ。ディーオーエムオーは無表情でローディアを見下ろしている。
「ディーオーエムオー。お前も来てくれたのか」
「ブハッッハッ」
ディーオーエムオーは突然吐血した。パンサーは目を丸くする。
「おい、ディーオーエムオー、大丈夫かよ」
「何だか私も調子が悪いんだい」
ディーオーエムオーはその場に座り込む。いつもの元気はすっかり無くなっていた。
その小さくなった姿に、パンサーは大好きだったおばあちゃんを見たときのような気持ちを抱いた。
「ディーオーディーオー」
ディーオーエムオーが小刻みに揺れる。まるで何かに取り憑かれたようだ。
「ディーオーエムオー! おい、しっかりしろ」
パンサーはディーオーエムオーの両頬をバシバシ叩いて、彼の意識を保とうとした。
「のわー!」
だが、ディーオーエムオーは大きな悲鳴を上げ、そして。
頭に巨大なヒマワリが、咲いた。
「・・・え?」
ディーオーエムオーから飛び出したヒマワリは、僅かな茎と、直径30センチベルトもある花で構成されている。パンサーはその花を掴んで、ぐいと曲げてみせる。
「おい、ディーオーエムオー見てみろよ。頭にヒマワリの花が咲いてるぞ」
「ディッ、黄金角137.5度で種が詰まっているな。螺旋の数は右回りに89本、左回りに144本。うむ、しっかりフィボナッチ数になっている。さすが私の頭に咲いた花ぞ」
ディーオーエムオーはどこか誇らしそうだった。
「なんだよ、そのフィボナッチ数ってのは」
「そんなことも知らないのかい? 0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144のように最初の2項、つまり0,1以後、どの項もその直前の2つの項の和となる数のことだい。多くの植物は、フィボナッチ数の花びらや、葉を持っている。神が数字に基づいて世界を作っている証拠ぞ」
ディーオーエムオーは自分の頭に咲いたヒマワリを愛おしそうに見ていた。
第1項 2体目の神
第2項 フラクタル
第3項 不完全性定理
第4項 バタフライ効果
第5項 対数螺旋
第6項 パラドックス
第7項 神の方程式
第8項 対称性
第9項 なぜ何もないではなく、何かがあるのか
第10項 フィボナッチ数
最終項 ゼロ
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