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昼 摑みどころのない本質(4)
- 2017/8/28
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4
「この程度、か。天才と聞いていたが大した事はなかったな」
ボロボロになったマルルト=ストラトスの肌色のフェイスマスクを顔から引き剥がし、『劇団員』の男はそう告げた。
周囲一帯は瓦礫の山で埋め尽くされていた。
冷たい銀世界が広がるが、三名の『劇団員』に一つも怪我はない。
何千万エレンする豪邸かは知らないが、それ一つで標的を撃退できたのであれば本物のマルルト=ストラトスからの文句もないだろう。
「行こうかみんな。我々は報告に向かわねばならな……」
逃すはずがなかった。
瓦礫から飛び出した青い瞳の少年の手が、真っ直ぐに高級スーツを着た男の首を摑み取る。
「ぐ、うあがっ!?」
「静かに」
軽いパニックに陥ったその瞬間を利用して、アイン=スタンスラインはマルルトに扮していた男の足の甲を踏みつける。
激痛で小さな叫び声を上げる男に足払いをかけて転ばせる。
そのまま馬乗りになって、窒息しないギリギリまで首を締め上げてやった。
「ぐ、かふ……ッ!?」
「他の二名も動くな。小指の一つでも動かせばこの男の首をへし折る」
まるで魔法の言葉だった。
それだけで使徒の三名を沈黙させた。ハッタリだとしても成長期の真っ只中にある少年に身体能力で勝てる気がしない。そしてハッタリではなかった場合、次に首を絞められるのは指を動かした者という事になる。
明確に、見下す側が交代した。
「……あの超至近距離からの爆発でもあなた達には火傷どころか裂傷の一つもない。これは一体どういう事かな」
「は、はは」
「いいや種明かしは必要ない。答えは分かってる」
ギリッ、と男の首を絞める爪に力がこもってしまう。
「どうせサンタクロースの少女・レベッカを利用した新たなインスピレーションによる特殊爆弾なんだろう。大方、『ボタンを押した者とそいつが指定した座標以外を爆破するプラスチック爆弾』ってトコか」
「そ、れじゃあ、五〇点だ」
「家に入る前、扉に耳を押し付けても何も聞こえなかったのに三秒後にはメイドが現れた。『中の音が一切聞こえない家』というインスピレーション! もはや魔法だな『劇団員』!! つまりは『建築士』まで関わっていた訳だ!!」
「まだ七〇、点だ。ぐふっ……」
「家の中に入るまでの導入、それに伴う服装なんかは『デザイナー』の仕事だ。演じているにも拘らず、この俺に一切の違和感を与えないなんてほぼ不可能。だが難易度をそこまで下げたのが『デザイナー』なんだ。そして俺達が家の奥に入れば、安易に逃げ出せない位置まで立ち入らせる事ができれば、あなた達の目的はもう達成されていた! サンタクロースは二人もいらない、俺だけではなくステラを殺せれば妹を追う者はいなくなる!!」
おそらく図書館を襲撃したパワーショベル付きの重機も『デザイナー』の案だろう。
そしてそんな風に考えるアインを肯定する声があった。
「……チッ、天才め」
「クソッたれが、否定する気もないのかよ‼‼‼」
このまま予告通り、首の骨をへし折ってやろうかと思った。
情報源はまだ二人も残っている。左手に力がこもるが、そこで男の首を絞める手の甲、そこに刻まれた弾丸の痕が目に入った。
殺す以外の道を見つけろ。
本当の幸せのためにその手を汚すな。
この秋。マスマティカ=アスロットを復讐の檻から解き放つために、アイン=スタンスラインは彼女にそう教えた。ここに来て、あの三つ編みの少女を裏切る訳にはいかない。それでは何のために少年が退学するのか分かったものではない。
「……幸運なヤツめ」
それだけ言って、わずかに力を緩めた。
マルルトの使徒のお陰でマルルトの使徒が救われるなど皮肉の極みであったが、それでもマスマティカを悲しませたくはなかった。
「はっ」
床もめくり上げられて丸裸の地面の上に押さえつけられた『劇団員』の男が呻いた。
「ところで教えて欲しいのだがな、少年」
「質問できる立場だと思うのか」
「そう堅い事を言うな」
金髪の男はもはや抵抗の色も滲ませずに、ただ疑問を浴びせてきた。
「確かに封筒から取り出した物は私達以外を爆破するプラスチック爆弾だった。だがつまり、つまりだ。君達は直接爆発を受けた事になる。……どうして五体満足なのだ? 死んでいなければおかしいはずなのに」
「そんな事か」
赤白のマフラーと手袋をつけた少年は軽く告げた。
「家の壁の厚さ、材質、そして音の響き方なんかから爆発の熱と風がギリギリ届かない所を導き出しただけだよ。アジトは『家の中の音が外に響かない』ってだけで防音素材が仕込まれていた訳ではなかったから、計算が困難って訳でもなかった」
単純な事をしていないように話しているが、実際には違う。
それは地震が起きた時に地下何メートルのマントルがズレを起こしたのか、体に伝わる振動だけで答えを弾き出すという話に近い。その雲を摑むがごとく計算を青い瞳の少年は平然とやってのけた。
それも土壇場で、確実に命の懸かった場面で、だ。
「ステラから7LDKだって教えられていなかったら不可能だったけどね。ともあれ、廊下から玄関までの部屋にある扉を全て開ければ爆熱と爆風は遮断できた」
その正確な演算力があれば前時代のスーパーコンピューターなど必要ない。欲しい結果はその頭脳の酷使によって摑み取る。
地面に伏せられた男は薄く笑っていた。
「サンタクロースのインスピレーション……。君はそんなものを必要としないのだね、天才少年め」
「それはどうも」
質問する側が交代する。
今度こそ、サンタクロースの歌姫の少女を救い出すために動く。
「さあ、レベッカの事を教えてもらおうか。ずっと寒い地面の上で寝転がっていたくはないだろう?」
こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。
ウィットに富んだ会話劇にも注目です。
■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812
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あとがき(東雲良さま)
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