第6項 ヴィヴァリンの悪魔

ヴィヴァリン。

そこは『癒しの力を身につけた聖者』によって治められる国家だった。

ルクシオンにかつて世界の果てが存在していたように、ヴィヴァリンにも世界の果てが存在していた。それは天まで届く巨大な崖だった。誰ひとりとしてその崖を登ろうとするものはいなかった。世界は巨大な崖に囲まれた箱庭で、宇宙の中心に静止しており、全ての天体が動いているという天動説が唱えられていた。

 

大地は自然に溢れ、青々とした木々が辺りを覆っている。人々は山の側に居を構え、緑とともに暮らしていた。そこには高濃度のエーテルを好む精霊も多く生息していた。ヴィヴァリンの特色は、人と精霊の共生にある。精霊と人間は互いに歩み寄り、人は精霊に料理や道具といった知恵を与え、精霊は山の幸や肉や果物を人間に与えながら生きていた。

人と精霊が結婚することもままあった。人と交わったのは、エルフやホビット、ドワーフと呼ばれる精霊達だ。

特殊な髪の色をした女性や、耳の尖った女性、極端に背の低い男性など、ヴィヴァリンの人々は個性豊かな風貌をしていた。

 

その国を治める、『癒しの力を身につけた聖者』は人だった。精霊達は人の理性に政を託したのだ。『聖者』の世話をするのは、付き人の精霊だ。着物に身を包む、翼の生えた精霊シュワン。艶やかな女性の風貌をした彼女が、代々『癒しの力を身につけた聖者』を見守ってきた。

 

代々、と言ったのは『癒しの力』は継承可能な能力であり、長い年月をかけて脈々と引き継がれてきたからだ。聖者がある年齢になると、精霊の仕切りの元、次代の聖者を選ぶ『採択式』という行事が開催される。精霊の代表はシュワンであり、採択者として式を取り仕切る役割を担っていた。

『採択式』では、ヴィヴァリンの赤ん坊たちが籠に入れて並べられ、聖者と12匹の精霊達の目利きによって『採択』が行われる。

この仕組みは長い年月、何の問題もなく機能していた。

 

フレスヴェルグも、この『採択式』に12匹の精霊の一員として参加したことがある。——それはもう120年以上前の話だが。

 

『採択式』に異変が生じたのは、ほんの24年前。現聖者ルミナス・カラフルを選んだ時だ。この時精霊シュワンは、当時の聖者の意見に反して、ルミナスを推薦した。聖者が三日三晩説得してもシュワンは意見を曲げず、他の精霊達が仲介に入る始末だった。

フレスヴェルグもこの仲介に参加しており、シュワンが鋭い目つきで当時の聖者を批判していたことを覚えている。当時の聖者は、『癒しの力』を自分の力の誇示のためだけに使っていた。だから皆が聖者を嫌っていた。聖者の目付役であるシュワンは、特に嫌悪感を抱いていただろう。結局、『採択式』は当時の聖者が折れることとなり、ルミナス・カラフルが次代の聖者に選ばれた。

数百年続く『採択式』の歴史の中で、人と精霊の意見がこれほどまでにぶつかる事は始めてだった。

 

この『採択式』の後、シュワンはルミナスに傾倒し始めた。長年、傍若無人な聖者のもとで苦労し、やっとその苦労から解放されたのだから、シュワンの気持ちもわからなくはない。しかしシュワンのルミナスへの入れ込み方は尋常ではなかった。

ルミナスの欲しがるものは全て与えたし、ルミナスの行きたいところへはどんな手を使っても連れて行った。例えばフレスヴェルグの肩にルミナスを括りつけて、天上から大地を見下ろす、ことをしたこともある。

何人かの精霊は、『こんな好き勝手をやらせては、ルミナスも先代と同じように傲慢な聖者となってしまう』と懸念し、シュワンに直談判したこともある。しかしながらルミナス・カラフルはこれだけ甘やかされて育ったにも関わらず謙虚で、贅沢はしない少年へと育っていった。

 

ルミナス・カラフルが15歳になった頃だろうか。彼はヴィヴァリンに伝わる秘宝の1つである『受像玉』が欲しいと言い始めた。『受像玉』は世界中の様子を映し出すことが出来るという道具で、ヴィヴァリン北部のガンカー・プンスムの頂上に備えられている宝物だった。ガンガー・プンスムは人の入山が認められていない、ヴィヴァリン一の標高を持つ山だ。反り立った崖の連続する峻険な山だ。

『受像玉』を取るため、何匹かの精霊で登山隊が結成され、ガンガー・プンスムへの挑戦が始まった。フレスヴェルグも、登山隊の一員としてこの山に挑戦した。この登山は、精霊達の生命力の強さを示すものとなった。吹雪の吹き荒れる登山だったが、精霊達に必要だったものは、わずかな食事とわずかな水だけだ。吹雪や雷も、精霊達には影響がない。精霊達は7000ベルトの山を3日で制覇し、『受像玉』を携えてルミナスのもとに戻った。

 

『受像玉』を手に入れたルミナスは、登山を終えた精霊達に抱きつき、喜びを爆発させた。登山隊の面々には、感謝の言葉と、いくつかの褒美の品が与えられた。それ以降、およそ9年間、ルミナスは何かを欲しいといったことはない。ルミナス・カラフルは『受像玉』をずっと見て、遠い国に想いを馳せていた。

 

『受像玉』が映し出すのは、ヴィヴァリンの様子だけではない。ヴィヴァリンの外に存在するエレメンシア大陸、その先のユーグリッド大陸、マタリカ大陸全土を映している。自分の見たいところをタップすると、その部分が拡大されリアルタイムで状況が表示される。

ルミナスは当初、『受像玉』が写している映像を幻想だと考えていた。しかしいつの頃からか、『受像玉』の映像を現実の出来事と認識し始めた。

その頃世界にはアイン・スタンスラインという英雄が生まれ、ブラエサル・グリードリッヒという王者がいた。

ルミナスは彼らの冒険を、『受像玉』を通して見守っていた。

そしてアイン・スタンスラインとブラエサル・グリードリッヒの決戦の後、世界の期待を一身に背負ったアイン・スタンスラインがサイナピアスの奴隷制度を変え、X-tunedという音楽バンドが人間賛歌の音楽を奏ではじめた頃、ルミナスはシュワンにある要望をした。この要望が世界を混乱に陥れることになる。

 

***

 

舞台は翻って、現実。

フレスヴェルグはルミナスがシュワンに提案をした時の事をよく覚えていた。

森の賢者はエスカリョーネの意識に向けて、強い感情を込めて呟いた。

『ルミナス・カラフルは、笑顔の裏に闇を秘めた、とんでもない悪魔だ。

この男は、精霊の心すら弄んだ。

それは人間の所業ではない』

(そうなのかな)

エスカリョーネは前日に見た、もの優しげな青年が、そんな悪魔にはとても感じられなかった。

『ならば見せよう。これがヴィヴァリンの真実だ』

フレスヴェルグの意思は、彼女をさらなる深淵へと導いていく。

 

***

 

ヴィヴァリン王宮。

タクツァン僧院に似た建物の中で、ルミナス・カラフルは『受像玉』をタップしながら、マタリカ大陸の出来事に思いを馳せていた。彼の視線の先には、アイン・スタンスラインがいる。

ルミナス・カラフルは、アイン・スタンスラインの右脇をタップする。

そこにはアインと腕を組んでいるリングリット・ラインカーネーションが映しだされた。

ルミナスはアイン・スタンスラインの左脇をタップする。

そこには、アインに頭をなでられるエンドラル・パルスという少年が映しだされていた。

 

(壊したくなるね)

ルミナスは、穏やかな表情の裏に、嫉妬という感情を抱いていた。

(アインは僕のアイドルであって欲しい)

ルミナスは、今手の届かない存在に対して、憧れの気持ちを抱いていた。

(アインに会いたい。会って話をしたい)

ルミナスはその気持を抑えきれなくなっていた。

そして彼は、どうすればアインに会うことができるかを、既に理解していた。ルミナスはアインの活躍を見るためだけに『受像玉』を使っていたわけではない。彼はマタリカ大陸やユークリッド大陸の各所から、天空を見上げて、星の動きを確認していた。星座の形や星の動きは、ヴィヴァリンから見る光景とほとんど一致している。

それはつまり、マタリカ大陸やユークリッド大陸、ヴィヴァリンが、同じ地平線上に存在していることを示していた。

ヴィヴァリンを囲む崖——それは何らかの幻術を使って、ヴィヴァリンの人々に見せられている幻だ。崖の外側にも世界は広がっている。『受像玉』はその世界を映し出しているのだと、ルミナスは理解していた。

 

(シュワンは一度も教えてくれなかった。精霊達は崖の真実を隠している。ヴィヴァリンという箱庭に、人々を閉じ込めておくためだろうか)

ルミナスはそう推察していた。

(それでも今のシュワンは、僕のお願いを聞いてくれるはずだよね)

ルミナスはにたりと口角を上げた。

 

ルミナスがお願いを切り出したのは、それからすぐの事だった。

ヴィヴァリン王宮前の石造りの階段を、ルミナスとシュワンが歩いていた時。

「ねえシュワン、僕は思うんだ。アイン・スタンスラインと一緒に、世界を変革していけたら、どんなに素晴らしいか。僕の癒しの力も、そのためにあるのかなあ、なんてね」

ルミナスはシュワンに向けて、諦めたような笑いを浮かべた。

シュワンはわずかながら困った表情を浮かべる。ルミナスはそんなシュワンに畳み掛けた。

「僕はこの国を良くしていくために頑張ってきたけれど。ヴィヴァリンの中で、できることは限られていると思うんだ。アインはサイナピアスやシンクトンクという、閉塞された国々を訪れて、人々を開放していった。多種多様な人たちと交流をして、世界がより良い方向に向かうよう尽力していた。僕はヴィヴァリンの素晴らしさを、彼にアピールしてみたい。シュワンにもそれを手伝ってもらいたいんだ」

ルミナスは階段から、地上を見下ろして言う。

「僕も彼と話をしてみたいなあ」

「では、してみますか?」

ルミナスは笑みを抑えて、シュワンと向き合った。

「そんなことが、できるの?」

ルミナスは素知らぬ顔をして、問うた。

 

***

 

ヴィヴァリン王宮に精霊達が集まったのは、シュワンが障壁の解放を宣言してから1日も経たない間だった。

目付役であるシュワンの決定に、精霊達は息を荒げた。

「シュワン!障壁を解放することが、何を意味するかわかっているのか!」

口火を切ったのはフレスヴェルグだ。

「あの障壁は北の脅威を世界に解き放たないための防壁だ。一時の感情で、世界を危険にさらすつもりか」

「もう決まったことです」

シュワンは聞く耳を持たなかった。彼女はヴィヴァリンの中心にある神殿へ向かうつもりだ。世界を包む障壁の解放キーは、そこに眠っている。

「シュワン。せめて理由を説明しろ。そうしなければ我々は納得出来ない」

「理由ですか」

シュワンは恍惚とした表情で話した。

「ルミナスが望んだからです。私はルミナスの願いを叶えてあげたいのです。これ以上邪魔をするようなら、フレスヴェルグといえども容赦はしません」

シュワンの両手に、禍々しい念がこもる。それを見たフレスヴェルグはたじろぎながらも、反論する姿勢を緩めなかった。

「シュワン。人間に恋をしたか」

フレスヴェルグの言葉は、核心をついていた。

シュワンはフレスヴェルグに向けて、指先で文字を描く。『陰』と描かれた文字は、黒い影となり、フレスヴェルグにまとわりついた。対象に『呪い』をかける呪文だ。

「シュワン、貴様!」

「フレスヴェルグ。私に近づけば、あなたは陰に喰い殺されます。助かりたければ、少しでも遠くへ」

フレスヴェルグは、シュワンの言葉に歯向かおうとした。しかしながら陰は次々とフレスヴェルグの身体に突き刺さってくる。彼はたまらず、大きな羽を羽ばたかせてヴィヴァリンの北部へと飛び去った。

 

ヴィヴァリンに異変が生じたのは、それからすぐの事だった。世界を囲う崖が消えていく。そして崖のあった場所に、新たな世界が姿を現した。それはルミナスにとって待ち望んだ、アイン・スタンスラインとの出会いを意味していたと同時に、フレスヴェルグが懸念していた北の脅威との戦いの始まりを告げる合図であった。

 

***

 

再び現実。

『そして私は、あの森に倒れた。ヴィヴァリンの北側の障壁は、ゆっくりと時間をかけて消えていった。私がお前と出会うまでに2週間はたったろう。その間私が抱いていたのは、シュワンを狂わせたルミナスへの憎悪だ』

フレスヴェルグは低い声色で言った。

『北の脅威、ズフィルシア。人はその扉を開いてはいけなかった』

エスカリョーネは言いようのない心苦しさをフレスヴェルグと共有していた。

『そこは2000年前の最終戦争で、最もエーテルの汚染を受けた地域だ。当時そこに棲んだのは、高濃度のエーテルを苦にしない超人と、貪欲な精霊だけだ。貪欲、といった理由を話そう。マナを喰う精霊にとってエーテルは主食の1つだ。しかし精霊達は多くを望まない種族だった。わざわざエーテルを求めて、住処を変えるような精霊は少ない。だが、その数少ない貪欲な精霊達が大挙してズフィルシアに居を構えたのだ。

ヴィヴァリンに棲む我々は、ズフィルシアのことをこう呼んだ。『欲望と暴力の渦巻く呪われた地』と。障壁が解放された今、そこに住み着いていた魔物たちが世界へ押し寄せている』

フレスヴェルグはズフィルシアの脅威をエスカリョーネに説く。

しかしエスカリョーネの琴線に触れたのは、別のことだった。

 

(フレスヴェルグ。私も、ルミナスを許せない)

エスカリョーネは、絞りだすように言った。

(だって、お父さんとお母さんを奪ったのは、ルミナスだってことでしょう)

エスカリョーネは両手で顔を覆った。フレスヴェルグは同情を向ける。

『すまない。私が止め切れていれば』

(フレスヴェルグは忠告をしてくれた。ルミナスと、シュワンだ)

エスカリョーネは心に1つ決めたことがある。

 

——ルミナスとシュワンへの復讐。

彼女は今、憎しみに身を焦がされていた。

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