第3項 後悔と絶望と

エスカリョーネとミストルティンは、剣術に長けた部族の集落で怪物の群れと出くわした。彼女たちは、一旦は怪物のひしめく集落から抜け出し、外の森に姿を隠して、怪物を各個撃破することに成功した。怪物たちも集落に集結して守りを固める様子を見せており、エスカリョーネたちはこのまま逃げ切ることができるかに思えた。

しかしエスカリョーネの父親が集落にたどり着き、怪物の群れによって惨殺されたことをきっかけに、エスカリョーネは怪物の群れへ決戦を挑むことを決意する。

エスカリョーネを止めようとするフレスヴェルグの声も虚しく、エスカリョーネはバルムンクを携え、怪物の視界に足を踏み入れた。

 

「「何だ?何だ?」」

「「どうした?どうした?」」

怪物たちが物珍しそうにエスカリョーネを囲む。

エスカリョーネは剣を構え、鬼気迫る表情で怪物たちを睨んでいた。

羽を生やした怪物の一体が、エスカリョーネに近づく。

「お嬢ちゃん、ここがどういう場所か理解してるか?お前はこれから我々に殺されることになる。しかし」

怪物はエスカリョーネをなめるように見、下卑た笑いを浮かべた。

「俺の恋人になるのなら、助けてやってもいいぞ。ガハハ・・・ハ」

エスカリョーネは笑う怪物の口に、バルムンクを突きつけた。

「下品に笑うな。私はお前たちを、許さない」

エスカリョーネは怪物の口に向けて、バルムンクを突き立てた。怪物は口から血を吐き、その場に倒れた。

「「ほう。強いな」」

怪物たちの目つきが変わった。怪物の中でもひときわ巨大な、3つ頭の狼がエスカリョーネの前に立ちふさがる。

「ワシはプルスラス隊の番犬、ケルベロス。ゆくぞ」

ケルベロスは大きく口を開けて飛び上がった。エスカリョーネはケルベロスの噛みつきをバルムンクで受けると、フィンブルヴィンテルをケルベロスの腹に叩き込んだ。

「ニーベルンゲンの歌!」

エスカリョーネはケルベロスを切り刻んだ。

「次!」

「エスカ・・・」

ミストルティンは不安そうな目でエスカリョーネを見つめている。その目の前で、エスカリョーネは鬼神の如き動きで、怪物たちをなぎ倒していった。

右肩、左足、胸元。エスカリョーネの全身が切りつけられ、血が吹き出す。しかしそれは同時に、怪物の躯も増やしていた。

 

10体…20体…。

 

怪物の死体が山を築く。エスカリョーネは怪物の体液と、自分の出血でどろどろになっていた。

「はぁ、はぁ」

エスカリョーネの意識は既に遠い。しかし彼女の視界に映る怪物の群れは、一向に減る気配を見せない。

(無謀だったのかな)

エスカリョーネはぼんやりと怪物を見る。彼女は集中力を失っていた。それはわずかな隙だったが、その隙に怪物の一体がエスカリョーネの背後をとり、彼女を羽交い締めにした。

「しまった!」

エスカリョーネはバタバタと暴れるが、背後の怪物はピクリともしない。

「一度動きが止まっちまえばこっちのもんだ」

怪物たちがエスカリョーネに迫る。

「仲間をよくもやってくれたなぁ」

ひとこぶしが腹に食い込む鈍い音が、あたりに響いた。

「かはっ」

エスカリョーネは息を詰まらせ、涙をにじませていた。

そのとき。

雷の魔法が、エスカリョーネの背後の怪物を貫いた。見ればミストルティンが膝を震わせながら、怪物の前に姿を表していた。彼女は、エスカリョーネが傷ついていくのを見ていることなど出来なかった。

「ミスト」

エスカリョーネはこの時気づいた。自分の行動は、結果としてミストルティンを危険にさらしたのだと。

「ミスト、ごめん」

『反省している暇はないぞ。ここから脱出することが先決だ。膝を震わせながらも、お前を助けるために魔法を放ったミストルティンを、救ってやれ』

フレスヴェルグの言葉に、エスカリョーネはこくりと頷く。

「フィンブルヴィンテル!」

エスカリョーネは、怪物たちの視界を奪うため、あたりに風を巻き起こした。怪物たちが体制を整えきる前に、エスカリョーネはミストルティンのところへ行き、彼女を抱えてその場を後にした。エスカリョーネはミストを愛おしそうに見ながら言う。

「ミスト、ありがとう」

「ううん、エスカを置いてなんていけないよ。2人で逃げよう」

「うん・・・」

ミストルティンはエスカリョーネの頬を伝うものを、指先で拭いた。

『怪物たちは北東から西へ歩を進めている。南へ向かうぞ』

フレスヴェルグが近況を分析し、逃げる方向を指示する。エスカリョーネは、森の賢者の判断通りに歩を進めた。森の木々に姿を隠し、少しでも遠くまで逃げなければならない。

 

フィンブルヴィンテルが止み、エスカリョーネが姿を消した集落では、怪物たちがざわめいていた。それを沈めたのは、怪物の群れの一番奥で、腕組みをして戦況を伺っていた巨人だ。この群れのリーダーだろう。

「プルスラス様に報告しておけ。我々の障害となる可能性がある。全力をもってあの女を探し、仕留めるのだ」

リーダーの一言で、怪物たちは森のなかへと歩を進めていく。

 

エスカリョーネとミストルティンが森に隠れてから1日目の夜。2人はできるだけ物音を立てず、夜通しで南へと歩き続けた。エスカリョーネはすでに丸4日間、食べ物を口にしていない。足元に転がる木々につまずきそうになりながらも、ミストルティンに支えられながら何とか森を駆けていく。

2日目の昼間は狩りを行った。エスカリョーネが森に生息するイノシシを仕留めると、火打ち石でイノシシの肉を炙り、それを食べた。エスカリョーネにとっては4日ぶりの食事だ。身体に体温が戻ってくる。

2人はイノシシの肉を出来るだけ小さく切って、火で炙ると、山菜の葉に包んでバッグに入れた。夜はできるだけ火を使いたくなかったから、昼のうちに保存食を作って持っておこうと考えたのだった。彼女らは手際よくイノシシの肉を処理すると、早足でその場を離れた。この日の夜は交代で眠りにつき、わずかながら体力を回復させることが出来た。

 

3日目。2人は南に向かう道の途中で、怪物たちを発見する。エスカリョーネとミストルティンは、怪物を倒して進むことは考えず、迂回して南に向かうことを考えた。

ただひたすら南へ向かう2人。向かった先に安全な土地があるのかもわからない。2人きりで怪物に追われる日々が続く。彼女たちの心は少しずつ弱気になっていった。

 

5日目。2人は小さな鹿を狩って、食事をとった。ここまで怪物と遭遇することのなかったエスカリョーネとミストルティンに、少し気の緩みが見られる。例えば食事跡の片付けがおざなりになっている。フレスヴェルグは、油断は禁物だとエスカリョーネを叱りつけた。

 

そして6日目。

「エスカ、起きて」

ミストルティンがエスカリョーネに声をかけた。エスカリョーネはこくりこくりと頭を揺らしていたが、ミストルティンの声掛けによって目覚めた。

「あ、ミスト。おはよう。どうしたの?」

「何だかおかしいの。昨日までと、森の雰囲気が違う」

ミストルティンは緊張しているようだった。

エスカリョーネもすぐに、森の異変に気づいた。

「本当だ。何だか、寒気がする。360度から、見られているような」

ガサッ。

草を踏む音がする。2人はビクリとして、そちらの方を向いた。小さなリスが歩いている。

「何だー。君は可愛らしいね」

エスカリョーネが手のひらをリスに差し伸べた。その指先を、リスは噛んだ。

「痛っ」

「エスカ、このリスおかしい!」

エスカリョーネが指を引っ込める。リスは前歯についたエスカリョーネの血液をぺろりと舐めると、血走った目で2人を見た。

「「見つけたぞ」」

「ミスト、逃げよう!このリスは怪物たちの尖兵だ」

リスは小さな身体からは想像もできない、大きな金切り声を上げた。それは怪物たちへの合図だった。ミストルティンは、リスに対して雷を放った。リスは声を失ったが、ガサガサと、多数の足音がこの場に向かってくる。

「ミスト、こっち!」

エスカリョーネは周辺に響く足音から、怪物のいない方向へと歩を進めることを決めた。彼女は集中して耳を澄ます。すると東側には足音がない事に気づいた。

(東が安全だ)

エスカリョーネの思考はフレスヴェルグにも漏れていた。だが、フレスヴェルグは何か引っかかっていた。違和感の原因に気づいたフレスヴェルグが叫ぶ。

『いかん、これは罠だ!怪物たちは我々を何処かへ誘導しようとしている』

「ええ!?」

『やはり退路は南だ!いくらかの敵がいたとしても、南へ向かうことが得策だ』

エスカリョーネはフレスヴェルグの言葉に頷く。彼女は、森の賢者を信頼していた。

「ミスト、南へ行こう!」

ミストルティンはエスカリョーネの判断を疑うことなく受け入れる。死地を越えていく中で、2人の間に信頼関係が築かれていた。

 

 

「ほう。よく見ぬいた」

怪物のリーダーは、50ベルトはある大木の上から、森一帯の様子を計っていた。この怪物の特殊能力は『千里耳』。尖兵のリスの居場所や、そこからエスカリョーネたちがどう動いたかを正確に把握していた。

怪物たちは2人が森に隠れてから、極めて論理的に彼女らの居場所を絞り込んでいた。2日目の食事跡と、そこからの足あとで、2人が南に向かうことを予測した怪物たちは、南に人員を集中させた。怪物たちは、2人ができるだけ戦闘を避けていることも理解していた。怪物たちはエスカリョーネとミストルティンを、逃げ場のない土地へ誘導するよう、人員を配置し、2人を罠にかけようとしていた。彼女らが東に向かえば、そこは3方を崖に囲まれた丘陵地が存在する。そこで勝負をかける算段だった。

「やはり油断ならぬ相手だ。聡明かつ論理的に物事を判断できる能力がある。進路を南にとったことからも、そのことはわかる。我々は北から南へと侵略を広げているのだから。論理的に考えれば、南側の戦力が手薄だという考えが導き出されるだろう。しかし」

怪物はにやりと笑う。

「我々のほうが一枚上手だった」

 

 

南に向かったエスカリョーネとミストルティンが対峙したのは、10体程度の怪物の小隊だった。100体の怪物に囲まれたことを思い返せば、数は大したことがない。

しかしながら、その場で感じた絶望感は、100体の怪物に囲まれたときよりも、遥かに大きなものだった。そこには、巨大な羽を持つ、1体の悪魔が存在していた。森に差し込む太陽の日差しの中に、黒い身体がくっきりと浮かび上がる。研ぎ澄まされた鎌を右手に持ち、感情のない目で2人を見ている。

「我が名はプルスラス。シュッツガルド様に仕えるゼクスシュナイデが一員である」

プルスラスと名乗る悪魔は、ギラギラと輝く鎌を天に向けた。

「ミスト!下がっていて」

エスカリョーネは魔装具を装着し、バルムンクを携えた。

彼女が戦闘態勢を整える前に、プルスラスは鎌の一撃を放った。エスカリョーネはバルムンクで鎌の柄を受け止める。プルスラスはしかしバルムンクなどお構いなしに、力を加え続ける。

エスカリョーネは素早くしゃがんで鎌をさばくと、そのままプルスラスへ突きを放った。

プルスラスはその突きを交わし、逆にエスカリョーネの胸元へ左手の爪をめり込ませた。

「痛あっ」

「エスカ!」

ミストルティンが雷の魔法を唱える。プルスラスはミストルティンに向けて鎌を投げた。鎌は雷を弾き飛ばしただけでなく、ミストルティンの肩に大きな傷を付け、そのままプルスラスの元へ戻っていった。ミストはその場にしゃがみこんだ。

「君たちの敗因を教えてやろう。君たちは我々を怪物、化け物と考え、単純で愚かな生物だと推察した。しかしながら我々には知性があった。君たちの考えを先読み出来るだけの知性がね」

プルスラスは左手をさらにエスカリョーネの柔肌にめり込ませる。

「あ・・・あ・・・」

エスカリョーネの身体から血が吹き出す。彼女の意識は遠のいていた。

「死ね」

プルスラスがエスカリョーネの身体を貫こうと考えたその時、何かがプルスラスの背中を切り裂いた。

「グワッ!何だ!?」

周りを見れば、怪物の小隊が全滅している。

「何が起きている!?」

「よくないな。女の子を寄ってたかっていじめるなんて」

艶のある男の声があたりに響く。

「誰だ!?どこにいる!?」

プルスラスは正面の木を見上げた。太い木から分かれた枝の上に、着物を着た男が1人佇んでいた。

「私はサイトウ・エルザルト・ドースティン。国際連合歩兵隊に所属するSAMURAIだ」

サイトウは持っていた剣を鞘に収めると、プルスラスに向かって飛び降りながら抜刀した。プルスラスの左腕が宙を舞う。

「絶好調の剣の冴え。本日の刃こぼれなし」

サイトウは愛刀の刃を確認すると、満足そうに再度鞘に収めた。サイトウが凛としてプルスラスを見た時、すでに人間の軍勢が、一帯を取り囲んでいた。

「オノレ」

プルスラスはサイトウに向けて鎌を振り下ろした。サイトウは最小限の動きでそれをかわすと、神速の踏み込みと同時に抜刀し、プルスラスを吹き飛ばした。プルスラスは正面の大木に衝突し、その場に倒れた。

「ガハッ」

ガクガクと震えながら起き上がるプルスラス。そのプルスラスに、いくつかの鉄杭が打ち込まれた。

「エルザルト、やり過ぎてはいけませんよ。彼には聞きたいことがたんまりとありますから」

「わかってますとも。ビスマルク元帥」

エルザルトの視線の先には、馬にまたがった男がいた。ビスマルクと呼ばれた、顔を布で覆い隠した男は、右手で鉄杭をクルクルと回しながら、左手で手綱を操り、プルスラスに近づいた。

「さて、さっそくですが、あなたたちは何者であり、どこから来たのか、教えていただけませんか」

「フン、答えると思うか!」

プルスラスは自らの傷口を広げながら鉄杭を抜くと、右手の爪をビスマルクに向けて突き出した。が、その腕もサイトウの抜刀によって、宙を舞うことになる。

「早く話したほうが身のためだ。このままではダルマになるぞ」

「このプルスラス、首一つになろうともお前たちの軍門に下ることはない」

プルスラスは翼を広げると、その翼でサイトウを包み込んだ。

「これでスピードに乗ることはできまい。噛み殺してくれる!」

「残念。足一歩動くスペースさえあれば、関係ない」

サイトウは右手で柄を持ち、左手を刃に添えて、天に向けて刃を押し上げた

「天・竜・斬!」

サイトウの一撃はプルスラスの頭を捉えていた。プルスラスは絶命する。

「はっ!やり過ぎました」

「お馬鹿さんが」

ビスマルクは頭を抱えた。

 

戦場が落ち着いた頃。

「大丈夫かい?」

サイトウ・エルザルト・ドースティンは傷ついたエスカリョーネに手を差し伸べた。

「ありがとう、ございます」

サイトウの手を取るエスカリョーネ。ようやく安心をすることが出来たからか、安堵の涙が自然と溢れた。膝を折るエスカリョーネ。ミストルティンはエスカリョーネを抱きしめた。サイトウはにこやかに笑う。

「女の子2人で、よく頑張ったね」

「皆さんが来てくださらなければ、どうなっていたかわかりません。本当にありがとうございました」

ミストルティンが頭を下げた。そして問う。

「あの、あなた達は一体?」

サイトウとビスマルクは顔を合わせた。どう説明すればよいか迷っている。サイトウが説明を始めた。

「私達はリンカアースの国際連合軍。といってもピンと来ないだろうか。世界をズフィルシアから守るために戦っている組織だよ」

「エルザルトの言うとおりです。あなたたちにも、協力していただきたい。この場所がどういったところなのか、私たちには土地勘がありませんからな」

ビスマルクは2人に選択を迫った。

サイトウは驚いた顔をしている。本件はビスマルクの独断だ。

「迷う気持ちはわかります。この土地に起きた災難、失ったものはあまりに大きい。しかしながら、それでも故郷を取り返すために戦うという気概があるならば、我々の手をとっていただきたい」

 

エスカリョーネとミストルティンは顔を合わせた。そして2人頷く。

「「私達で良ければ、喜んで」」

ビスマルクは満足そうに頷いた。

「国際連合軍へようこそ」

 

エスカリョーネとミストルティンは、こうして国際連合軍へ合流した。

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