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「……が、あう……ッ!?」

「アイン!! 大丈夫なのです!?」

背後のサンタクロース少女・ステラが心配そうに声を荒げる。

アインの脳を襲うのは猛烈な吐き気。

そして頭痛があった。三半規管がろくに機能しない。立ち上がろうとしてもズルズルと足を引きずるだけの無駄な動きを繰り返してしまう。

答えを導き出すのは難しい事ではなかった。

「『ピアニスト』か……ッ!?」

「本当に天才なのね。謎を紐解くのにはもう少し時間がかかると思っていたんだけど」

おそらくどこかで弾いている『ピアニスト』のピアノが『復元』されたものなのだろう。しかもそれは人の三半規管を狂わせる、音響兵器に似た機能を搭載しているはずだ。

そうでもなければアインが唐突に膝をつくなどあり得ない。

「ぐっ、あぐう……ッッッ!?」

ぐるぐると目が回る。

永遠に響くピアノの音が、彼の意識に無理矢理ノイズを挟んで来る。

それでも何とか抗って、『チアリーダー』のクイーンビーを視界の中心に捉える。圧倒的に優勢な状況に立ったというのに、剣を握り直すセフィア=スチュアートは淡く淡く、今にも泣きそうに笑っていた。

「結局、私はこの程度の女なのよ」

「……や、めろ……」

「間違いを自覚するのが怖くて、ただ突き進む事で人生の汚れを誤魔化していくのよ。そんな生き方しかしてこなかったし、きっとこれから先も、そんなくすんだ人生しか歩めない。だから」

「やめ……ッッッ‼‼‼」

「ごめんなさいね。私の夢と願いと……妹の幸せのためなのよ」

やめろと叫びたかった。

剣でアインを刺すなという意味ではない。

自らのためではなく家族のために憤り、手を汚せる。その家族への愛に溢れた少女に、自分を貶めるような事を抜かすなと言ってやりたかった。

だって、スタートは同じだったはずだ。

妹を救いたいと願ったセフィアと、世界を変えたいと誓ったアイン。

そこに一ミクロほども違いなどあってたまるか。

逃げ出さずに人生の難題に立ち向かったその相棒に、アイン=スタンスラインは伝えなければならない事があるのだ。

かつて、あの火事の日にアインは弟を失くした。

自分よりも何百倍も聡明だった、比べ物にならない英雄に少年は誓ったのだ。

世界を変えると。

人生の全てを懸けてでも、君の役割を代わりにこなすと。

誰よりも賢かったはずなのに、目も当てられない大火傷を負いながら、こんな救いようのない大馬鹿野郎を救った本物の馬鹿に生きる意味をもらったのだ。

……それが本当に褒められた動機なのか、正しい行いをしているのかなんて分からない。もしかしたら天国にいるあの英雄は嬉しそうに笑っているのかもしれないし、一度きりの人生をそんな事に使うつもりかと哀しむように呆れているのかもしれない。

自分よりも遥かに天才だったあの弟が今のアインの姿を見て、どう言うのかなんて予想すらできない。

いつもそうだ。

いつだってそうだった。きっとこれからも何も変わらない。

本当に正しいのかを考え、そうして選んだその道の先に価値あるものは待っているのか。そんな風に悩んで、自問自答を繰り返し、迷いに迷って後悔しないように手探りで進んでいくような、決して楽ではない人生なのは分かり切っている。

これが有意義かどうかなんて分からない。そこに何が宿るのか、どんな輝きがもたらされるのかさえ定かではないけれど。

だけど、それでもこう思うのだ。

ぐらぐらと煮えるように揺れる頭の中で、アイン=スタンスラインは確かにこう思う。

 

一人の女の子も救えないで、一体世界の何を変えられると?

 

……思い出せ。本当に人に手を差し伸べた、その一番最初の最初、純粋な動機は何だった? 弟の死よりも、まずはその人の笑顔を見たいと思ったのではなかったのか。

頭脳に蓄積された小難しい理論など知った事か。

確立された方法論など今は捨て置けば良い。

計算し尽くされた数値なんかよりも、その脳でさらに正確な演算を。

高尚な綺麗事よりも、低俗でも聞いていて心地の良い本音を。

時にはそんな個人の意見でしかないものが、高さも厚さも読めない巨大な壁をぶち壊す事もある。

……だから、ほら、さあ分かったら。

直後だった。

どこにもいないはずの血の繋がった家族の声が聞こえた気がした。

 

さっさと立ち上がれよ、兄さん。

誓いは守るために立てたんだろう?

 

……分かっている。こんなものは絶対に幻聴だ。

脳と耳をガタガタに揺らされて、そんな状態であの小さな英雄の事を思い出したから、彼の覚えている肉声を都合良く編集して脳内で再生しただけの話だ。

分かっている。

分かっているというのに。

今まで経験した事がないほどに、これ以上ないくらいに。

その体に力が集約されていくのを感じてしまう。

「セフィ、ア=すちゅあーと……ッ!!」

「もう、立ち上がら、ないでよ」

「俺にも、弟がいるんだ……」

告げたところで、音響兵器のように三半規管を揺さぶるピアノの音は消えてくれない。

それでも、頼りない細い剣よりも届くと信じて、アインは言葉を紡いでいった。

「いいや、『いた』って言うべきなんだけどさ……」

「……っ」

「だか、らさ」

じゃりっ、という音が聞こえた。

そして、ぐらぐらと揺れていた何かに、再び芯が戻る。

「君は随分と恵まれている方なのさ」

「なっ、立ち上が……っ!!」

そう、軽く首を振りながら、アイン=スタンスラインが足に力を込めて立ち上がったのだ。

驚く『チアリーダー』に、まだ足元のおぼつかない少年はこんな風に告げた。

「聞こえないのか」

「え……?」

「オーケストラの奏でるクラシックの生演奏がここまで響いているのが聞こえないのかって言っているんだよ」

そう、昼ご飯を食べながらステラと聞いたあのクラシックのオーケストラ。いつの間にか生演奏の時間になっていたのだ。

そして、どれだけの音響兵器であろうと。

空気を丸ごと震わせるような、あの無数の楽器の生演奏が凶器の音を乱して消し去ってしまえば、彼の全身もコントロールを取り戻す。

今宵はクリスマスイヴ。

願う者には奇跡が溢れる銀世界で、再起動した少年はこう告げた。

「もう『ピアニスト』の小細工は通用しないぞ、セフィア=スチュアート」

「っ、この……」

「君の妹を救ったのは優秀な『医師』だ。こればっかりはいくら足掻いたって変わらない」

「もうやめなさいよ……。そなたには関係のない事でしょう……ッ!!」

「それに」

人生の失敗に気付かせるため、アイン=スタンスラインは躊躇なく言い放った。

「ステラの妹を人質に取り、目標を撃破しようとする。……教えてくれよ、『チアリーダー』、セフィア=スチュアート。それはかつて君が忌み嫌ったクズ野郎の政治家と、一体どこが違うんだ?」

「……ッッッッッ‼‼‼」

それで、本当にセフィアの表情がどうしようもなく壊れていった。

もはや行動理由などグチャグチャに瓦解していた。小さな子どもが目の前の理不尽に癇癪を起こして暴れ回るように、ただ少女は剣を握り締めて少年に突き付ける。

その間違えた勇姿を見て、今度こそアインは鋭く目を細めた。

「それでもなお、君は剣を捨てられないのか」

「私にはっ、私には!! これしかないのよ!!」

「弟を失くした俺の前でそれを言うのか。『ピアニスト』は生きていて、夢を追うチャンスまである。いくらでも君は妹とやり直せるっていうのに」

「……ああ……っ」

「来いよ、マルルト=ストラトスの犬。再出発する機会をやるよ。その首に繋がれた見えない鎖を切ってやる」

「あああああああ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼⁉⁇」

ビキバキメキ!! と。奇妙な音を立ててセフィアの握る剣が崩れていく。

言ってしまえば、サンタクロースはその人が求めるものにインスピレーションを与えていくだけの存在だ。

となれば、『チアリーダー』の少女の求めるものに変化でも生じたのか。

……虚空を切るように両刃の剣を振るうその少女の想うものは何だったか。現在に想う事ではない。もっと最初、胸中に抱えていたものは何だった。

出発は些細な願いだった。

世界をより良くする政治家になりたかった。

最初はそれだけをがむしゃらに目指して、泥だらけになって走っていた時期があった気がする。派手に転んだって、大怪我をしたって、ひどい挫折があったって、それでも妹が励ますようにピアノを弾いてくれるだけで翌日からまたがんばる事ができた。

妹が夢を摑んだのはそんな矢先だった。

ピアニストとしての腕が認められて、デビューが決まった。先に夢を叶えた妹に負い目や嫉妬などなかった。ただ嬉しさだけが込み上げたその感覚を、セフィアは何年経っても忘れない自信があった。

にも拘らず、最悪のタイミングで妹は病魔に冒された。誰かも知らない爺さんに毒を盛れば助かるのなら安いものだ。セフィア=スチュアートは殺人の命令を受けてそう思った。唯一の心残りは刑務所にぶち込まれれば、妹の初めてのリサイタルを見逃してしまう、その一点だけだったくらいだ。

その悲劇を、マルルト=ストラトスが救ってくれた。

世の中は捨てたもんじゃないと、率直にそう思った。

そしてセフィアはそんな男の願う『理想』とやらがどうしても見てみたくなって、彼に着いて行く事を決めた。

そんな折だった。

病気によってデビューを逃した妹のピアノにサンタクロースのインスピレーションを与えれば、誰もが感動する演奏ができるようになると話を持ち掛けられたのは。

妹を幸せにするチャンスだと思った。

特にその手を汚す事に躊躇いなどなかった。むしろ毒殺するよりも軽い仕事をこなすだけで妹を幸せにできるのであれば、安い買い物だとすら考えたほどだ。

だけど。

(……ああ、今にして思えば……)

そこまでを走馬燈のように回想して。

首につけられた鎖が破壊される幻聴を耳にしながら、『チアリーダー』のクイーンビー、たった一人の家族の幸せを願った少女は。

世界で一番小さく、こう呟いていた。

 

「……ほんと馬鹿ね、私ったら。あの子ならそんなズルをしなくたって、聞く人全ての心を摑むに決まっているのに」

 

どれだけの後悔があったって、犯した罪の重さが変わる事はない。

片や、たった一組の姉妹の笑顔を守るために剣を振るう少年。

片や、かつて憎んだはずの腐った政治家と同じ行いをしてまで剣を捨てられなかった少女。

「やり直せ、『チアリーダー』」

どちらが倒れるかなど明白だった。

勝敗なんて、始まる前から決まっていた。

 

「人を奮い立たせるその服に恥じない生き方をできるよう、世界一の『ピアニスト』と共に全てをゼロからやり直してこい!!」

 

サンタクロースのインスピレーションなど何の役にも立たなかった。

アイン=スタンスラインが魔法の剣を振り払い、最後の使徒が倒れる音が響き渡った。

 

 

そして、治療と暗殺において、人類最高峰の腕を持つ白衣の『医師』は雪の降る夜空を見上げてこれだけ呟いた。

 

「……ふむ。これでようやく救われた、かな」

 

それだけ言って。

金を積まれれば誰にでも技術を提供するその生ける伝説は、再び闇の中へと消えて行った。

 

 

ぷしゅー!! とまるで真空の空間に空気が入り込むような、そんな快音が銀世界に響く。

横に倒した自動販売機ほどの大きさの箱、その蓋が開かれた音であった。

「ん……」

ようやく呼吸を思い出したかのように、レベッカ=サンクチュアの胸が上下を始める。まるでコールドスリープの状態から覚めるのにも似た一連の動きだったが、一〇歳くらいの少女の表情にこれといった変化はない。

レベッカはガラスケースの棺に収まっている現状がすぐには理解できないようだったが、それでも体を起こす事はできた。

そして、蓋の開いた棺の横に誰かがいた。

その青い瞳をした少年は、優しくこちらを見つめていた。

「お兄ちゃん、だあれ?」

ちょうど日付が変わる。

無邪気に問いかけてくるサンタクロースの少女・レベッカに、にっこりと笑ってアイン=スタンスラインはこう祝福した。

「メリークリスマス、レベッカ」

そして輝く銀世界の中で、どこからともなく響き渡る美しい音色に惚れ込みながら、彼はこう問いかけた。

「なあ、良ければ聞かせてくれないかな」

小さい頃、ドキドキしながら眠れなかったあの素敵な夜の事を思い出して。

少年は己が年齢を忘れて、子どもみたいに赤と白のサンタクロースにこんな風にプレゼントをおねだりしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この最高の音色を完成させる、その不朽の歌声を」

 

 

 

 

 

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


朝  騒がしい茶会(1)
朝  騒がしい茶会(2)
朝  騒がしい茶会(3)

昼  摑みどころのない本質(1)
昼  摑みどころのない本質(2)
昼  摑みどころのない本質(3)
昼  摑みどころのない本質(4)

夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(1)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(2)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(3)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(4)
From_Another_World.
? No_Recording.
あとがき(東雲良さま)

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