gaiden1

 

「……君はこんな事がしたかったのか?」

ガギィ!! とよく似た剣と剣が衝突して、オレンジ色の火花が散る。

『チアリーダー』には絶対に似合わない細長い剣を振りながら、セフィア=スチュアートはアイン=スタンスラインにこう返した。

「そんな訳がないでしょう。だけど私は恩知らずじゃないわ。あの日、私の妹を救ってくれた恩だけは何としてでも返さないといけないのよ!!」

「それがレベッカの全てを奪う理由になるとでも!?」

「うるさいわね。何も知らないくせに」

セフィアがチアリーダー服のスカートがはためくのも構わずに、全身を回転させて剣を振るう。

アインがそれを受け止めるために縦に剣を構える。

確実に受け止めた。

だがおかしな事が起こった。

 

ゴィン!! と、まるでホームランでもされたかのように少年の体の方が吹っ飛んだのだ。

 

「ッッッ‼⁉⁇」

力では勝っているはずだ。

どう考えたって体格も筋肉量もアインが勝る。よしんば負けたとしても、大の男の体を五メートルも吹き飛ばすなど尋常ではない。

となれば、残る可能性は……。

「サンタクロースのインスピレーションか……ッ! 見た目の威力を何倍にも変えるインスピレーションでも受け取ったか!?」

返答らしい返答はなかった。

ただ、銀世界に闇を差すように微笑む『チアリーダー』のクイーンビーはこんな事を話し出した。

「少し昔話をしましょうか」

「……?」

「私はマルルト=ストラトスの使徒となる前、別の政治家の下についていたのよ」

極寒の夜空でピアノの音をバックに彼女は語る。

細い剣同士が再び衝突を起こし、アインの体が屋上の端まで体を弾き飛ばされる。

「そいつがまあとんでもないクズ野郎でね。セクハラやパワハラなんかは当然だったわ。だけど関わりたかった政治の世界にいられて、それなり以上に充実していた。変に逆らわなかったら私の意見もきちんと聞いてくれたから、我慢できないほどの不満というヤツもなかった」

セフィアの細長い両刃の剣には、ぶるりと伝う震えがあった。

だがおそらく、それは寒さによるものではないはずだ。

「そんな時よ、妹が病気にかかったのは。……はは、手術代よりも手術方法に頭を抱える病気だったのは最悪よね」

「……、」

「その政治家に泣きついたわ。当然よね、私よりも金と権力のあるヤツの方が妹を救える可能性は高いんだから。だけどそいつは目の敵にしていた政治家に毒を盛れば考えてやると言いやがったのよ」

「……なるほどね。どいつもこいつも腐ってる訳だ。家族の命が懸かっていれば何でもすると思ったのか」

仮面をつけて仮装を楽しむ地上に落下させられそうになりながらも、アインは悔しそうに歯を食いしばる。

その視線を受けて、重たい剣を振るうセフィアは言う。

「正真正銘のクズ野郎だった。だけど私はそいつの思惑通り、毒瓶を手に取ったわ」

少女に吹っ飛ばされた衝撃で手を痺れさせていたアインだったが、その言葉に心臓が止まりそうになった。

となると、『チアリーダー』の少女はすでに人を、殺し、て……?

「いいえ、違う結末が待っていたわ。私は殺してない。より正確には、殺す前にマルルトの部下の一人に止められたのよ」

アインの疑問を解消してくれたセフィアだったが、その続きはさらに暗黒の泥沼のような気がした。

「そう、そして次の日に妹の病室に行ったらマルルトがいたわ。……すでに優秀な『医師』の手によって救われた妹と話すマルルトがね」

つまり、それが彼らの関係の始まりだったのか。

その救済がステラとレベッカのサンクチュア姉妹の悲劇に繋がっていると考えれば、手放しで喜べないのが悲しいところではあるが。

「そしてクズ野郎だった政治家とは違って、マルルトは紳士的に私にお願いしたのよ。自分の理想を叶える手伝いをしてくれないかって」

「……だから君は」

「ええ、そりゃあ従うわよ。力になりたいって思うわよ。そう思って、こうして妹の恩を返すために剣を握るのは間違っているっていうの!?」

しばらく沈黙があった。

いいや、おそらく彼女の人生を縛り付けている『ピアニスト』が弾いているであろう、美しい音色だけが響く雪の世界の中での事だった。

もう一度剣を交える。そのために今一度足に力を込め、何の特殊な力も持たない細い得物を握り締めて。

そして、答えた。

その言葉に怒りの色を明確に乗せて。

 

「間違っているに決まっているだろうが大馬鹿野郎。人を応援する『チアリーダー』のクイーンビーのくせに、そんな事も分からないのか」

 

もし空気が見えるのならば、きっと両者の間には深い亀裂が入っていただろう。

ガッギン!! という音がした。

突進したアインの剣が茶髪ポニーテールのセフィアの剣と衝突したのだ。再び吹っ飛ばされそうになるが、しなやかな筋肉と関節の動きで衝撃を受け流す。

意志の力で、セフィアに言葉の届く距離をキープする事に成功する。

「そんなものは美談じゃない。ただの使徒を手に入れたいがためのマルルトの投資でしかないのさ。人の心を操る事に長けたあいつなら、そうやって紳士のように振る舞えば君を懐柔できると計算していたんだ」

「何を……そなたが一体彼の何を知っているっていうのよ!?」

再びの衝突があった。

ギィン!! と火花が散る強烈な音と共に、今度こそアインの手が悲鳴を上げる。彼の強靭な肉体がなければ、彼女の怒りに任せた一撃は少年の握っていた剣を弾き飛ばしていた事だろう。

『復元』された武器が交わるたびに数メートルも吹っ飛ばされるが、それでも極寒の中で頬に気持ちの悪い汗を浮かべるアインは言葉を続ける。

「だったら聞くよ。それから君がマルルトと会った回数は? 妹さんが救われた時期がいつかなんて知らないけど、それでも相当に少ないんじゃないのか」

「っ」

「いいや、ひょっとしたらその一回だけか」

「っっっ‼‼‼」

いつまでも現実逃避気味に考えないようにしていた事実を、目の前に置かれたような顔であった。

そんなセフィア=スチュアートに、剣を持つ彼は簡単な思考実験を申し出た。

「ただ利用されているだけの哀れな女の子。俺の目にはそんな風にしか映らないよ。俺の目が節穴だというのなら証明してみせろ。マルルト=ストラトスは君がこの屋上から身を投げても必死で手を差し伸べてくれるのか」

「……それ、とこれとは、話が違うわ!!」

「同じ事だよ。マルルトのヤツはきっと君が死んでも涙の一つも流さない」

「だっ、だとしたらっ!!」

思考実験をかなぐり捨てて、セフィアは癇癪でも起こしたかのようにこう叫ぶ。

「だとしたら!! 私は一体誰に恩を返して、誰に憧れれば良かったっていうのよおッッッ‼⁉⁇」

「簡単な事さ」

スーパーコンピューター並みの演算力の頭脳を使うまでもない。

少年はその青い瞳に宿す光を一ミリも揺るがす事なくこう告げたのだ。

 

「病魔から妹を救い上げた『医師』。……彼に一言感謝を伝えれば、それ以上は何も必要なかったのに」

 

ピアノの音に紛れて、何かが壊れる音がした。

ズタズタの表情になる『チアリーダー』のクイーンビーの手に握られた両刃の剣がわずかに零れ落ちそうになる。

それでも。

ちっぽけな政治家の使徒は止まらなかった。

低い声で、聖なる日にはあってはならない表情で、少女はこう言い放った。

「……黙れ天才。表面だけを見て知った気になられても迷惑なのよ」

剣が再び握られる。

アイン=スタンスラインが衝突に備える。

今度こそセフィアの意識を刈り取る。彼女だって、きっと頭の中では分かっているはずだ。だけどもうブレーキをかけられなくなっているのだ。止まる事が怖いだけだ。だったらアインがその役を代わってやれば良い。

一度派手に転んで、痛い目を見て、涙が枯れるまで泣いてから、そして再出発すれば良い。ただそれだけの話なのだ。

セフィアを止める。

その。

直前だった。

「っ!?」

ガクン! とアインの膝が不自然に折れた。

そう、一歩を踏み出した瞬間だった。

唐突に三半規管が機能しなくなり、少年の方が派手に転んだのだ。

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


朝  騒がしい茶会(1)
朝  騒がしい茶会(2)
朝  騒がしい茶会(3)

昼  摑みどころのない本質(1)
昼  摑みどころのない本質(2)
昼  摑みどころのない本質(3)
昼  摑みどころのない本質(4)

夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(1)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(2)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(3)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(4)
From_Another_World.
? No_Recording.
あとがき(東雲良さま)

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