第6項 パラドックス

ドカァッ。

対数螺旋を描いたディーオーエムオーがトラックの荷台から落ちたのは、このジャガイモが対数螺旋を描いてパンサーから遠ざかり始めてすぐだった。背中から落ちていくディーオーエムオーは、地面にぶつかると真円を描いて転がり始めた。なお、この世界において真円を見つけることは並大抵ではなく、銀河系レベルに視野を広げても真円は「太陽」と「電子」の2つだけだと言われている。

そんな奇跡が行われていることなど露知らず。ローディアはディーオーエムオーの落下に気づくと同時にトラックを止めるよう指示し、再びこのジャガイモを捕らえてトラックに乗せた。

「面倒をかけさせないで」

「私は神ぞ。やりたいときにやりたいことをする権利があるだろう。それにしても面倒なのはどっちだい。君たちは兄妹じゃないのかい? せっかく再会したのだから、少しはディーオーエムオーについて話をしたらどうなんだい!」

「訳がわからない。私には兄なんていないわ。9年前から」

パンサーはこのとき、自分自身が9年間止まっていたのだと気づいた。

9年前、パンサーはローディアよりも2歳年上だった。しかしきっと、その時からパンサーの時は止まり、ローディアの時間は動き続けたのだ。

「私はローディア。今年24歳になったわ。あなたは?」

パンサーは答えられない。17歳のままの彼は、ローディアにとって『兄』ではないのだ。

「着いたぞ」

言ったのはディーオーエムオーだ。トラックを降りると、神の棲む教会が目の前にそびえ立っている。このジャガイモは先陣を切って教会へズカズカと進んでいく。ローディアは叫ぶように言った。

「ちょっと待ちなさい! 私でもセフィロス様にはお会いしたことがないのよ。無礼な立ち振舞いはよしてちょうだい」

「硬いぞ硬いぞ。お前は真っ直ぐな線しか認めないユークリッド幾何学の回し者かい。真っ直ぐではない直線が非ユークリッド幾何学を生み出しただろう。常識を疑うことから全ては始まるんだい。お前も堂々と廊下を歩きなさいよ。私は滑るけどな」

ディーオーエムオーは廊下をツルツルと滑っていく。パンサーはローディアの肩に手を置いて、「ディーオーエムオーはああいうやつだ」と苦笑いした。

ローディアとパンサーは疲れた表情でディーオーエムオーの後を追う。

するとある1点でディーオーエムオーがピタリと止まった。このジャガイモは壁に貼ってある紙をじっと見ている。ローディアはディーオーエムオーを指差して「何をしているの?」とパンサーに問うた。その紙にはこう書いてある。

『この壁に張り紙をしてはいけません』

「ちょっと待ちなさいよ! ではこの紙は一体何者だい!」

ディーオーエムオーは激昂した。

「この紙は紙ではないのかい!?」

ディーオーエムオーはローディアを睨みつけた。

「お前はどうして兄よりも年上なんだい!先に生まれたものが兄ではないのかい!」

完全にとばっちりである。

ディーオーエムオーは腕を後ろで組み、その場でグルグルとまわり始めた。

「『全ての先に生まれたものは年上である』ならば、『全ての年上でないものは先に生まれていない』」

ディーオーエムオーは呟くと、パンサーを指差した。

「お前はいつ生まれたんだい!? お前は生まれてないのかい!? 明日0時は私の誕生日マイナスπ日目だい! 記念パーティの準備が必要じゃないのかい!?」

「それは知らないが」

パンサーはディーオーエムオーが最後にふざけてくれたことに安心していた。

パラドックス——矛盾をパンサーも感じていた。3人はしばらく廊下に沿ってまっすぐ歩いて、3ベルトほどもある紫色のドアの前までたどり着いた。

「この先にセフィロス様がいます。背筋を伸ばしなさい‘」

ローディアがドアをゆっくりと開ける。ディーオーエムオーはピンと背筋を張り、わずかながら空中に浮いているように見えた。

 

ギィィと低い音がして、扉が開く。扉の側から部屋の奥に向けて赤い絨毯が敷かれている。赤い絨毯の切れ目には厳かな椅子が置かれており、その椅子には、黒い外套を羽織った生き物が座っていた。1,2,3等身程度だろうか。この生き物は頭の部分が古びたパンで出来ており、目には生気がなく、口元にも表情がない。

「違う・・・あなたはセフィロス様じゃない!」

ローディアが声を上げた。合わせてディーオーエムオーも叫ぶ。

「お前は神ではないな!?」

「いかにも。私はプロスフォラ。神の聖体として創られたパンである。セフィロスよりこの土地を任され、治めている神の使いだ」

「なるほど、では私が神か」

「いや、お前も神ではないだろう」

無表情だったプロスフォラの眉間に皺が寄る。ディーオーエムオーは腰に手を当てて眼力でプロスフォラを挑発している。プロスフォラもゆっくりと腰を上げた。

 


第1項 2体目の神
第2項 フラクタル
第3項 不完全性定理
第4項 バタフライ効果
第5項 対数螺旋
第6項 パラドックス
第7項 神の方程式
第8項 対称性
第9項 なぜ何もないではなく、何かがあるのか
第10項 フィボナッチ数
最終項 ゼロ

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