gaiden1

 

「ふーん、大変だったのねえ」

そんな風に相槌を打ったのはナビリア=コペンハーゲンだった。

今度は喫茶店ではない。

大人の雰囲気が漂うバーであった。ナビリアから手渡された地図の裏側に書かれていた集合場所なのだった。

良い香りがする。

一瞬だけアロマでも焚いているのかとも思ったが、たぶんこれはナビリアの長い黒髪から漂うシャンプーの匂いだ。

「ナビリア、あのトンデモ爆発を見ていないから随分と簡単に済ませているけど本当に死にかけたんだからね? ああ、まだ耳がおかしい……ッ!」

「プラスチック爆弾を見た瞬間にわたくしの首根っこを摑んで廊下の途中にあるドアをバンバン開けながら最終的に乙女をベッドの下の引き出しに詰め込んだ輩が何か言っているのです……ッッッ!!」

「何だまだ怒っているのかステラ。ここに来る途中に五〇回は謝ったはずなんだけど。あそこが一番安全だったんだって主張はいつになったら理解してもらえるのかな」

三人並んでカウンター席に座り、飲み物を注文していた。

ちなみに一四歳くらいにしか見えないステラ=サンクチュアが酒の並ぶバーに座っていても何も言われないのは、夕陽が沈み始めるにつれて街中にお祭りの喧騒が流れ出しているからだろう。

聖なる日くらい自由に生きよう、といった具合である。

とんでもない色気によって高校生にも二〇歳以上にも見えるナビリアは、逆三角形のグラスに注がれた赤色のカクテルに口をつけつつ、

「それで? ステラの妹の居場所は摑めたのかしら?」

「イエスとも言えるしノーとも言えるかな」

ようやっと温かいロイヤルミルクティーにありつけて頬を赤らめご満悦のステラを横目で見ながら、湯気の立つスープをかき混ぜるアインは続けた。

「祭りの会場。そのどこかにレベッカ=サンクチュアはいる」

これがあのアジトから持ち帰った情報だった。

追記すると、爆発物所持によって『劇団員』の三名は治安維持機関に逮捕させた。あの爆発に関わった『建築士』と『デザイナー』も居場所を吐かせればすぐに捕まるだろう。……ただ、『建築士』と『デザイナー』がどのような罪に問われるのかは微妙なところではあるが。

「カルナバル建国祭、か。確かに街丸ごと一つを巻き込む仮面の仮装祭り、その中のどこかにいるなんて言われてもねえ」

「しかも街はクリスマスムード一色だ。祭りの開催されている区域の人口密度はいつもの何十倍。もちろんプラスチック爆弾なんかの多範囲攻撃が巻き起これば死傷者は数え切れなくなる」

風だの海流だのに影響を受ける天候より、雰囲気やイベントに流される人間の方が動向を読みやすい。この辺りは、雲の動きを一気に計算して天気を予測するスーパーコンピューターよりも正確な予想だろう。……まあ、この時代にスパコンの例えを持ち出すのはやはり無粋かもしれないが。

ガヂッ、と耳障りな音が響く。

ロイヤルミルクティーの入ったお洒落なカップが受け皿のソーサーと擦れ合った音であった。

「……つまりわたくし達が妹のレベッカを捜索すれば、もしくは使徒を見つけてしまえば規模不明の破壊が渦巻く可能性が高いのです。そして捜索を諦めれば街の人間の安全が保障される代わりに、当然レベッカを失う事になるのです……」

まさに悪意の塊のような状況だった。

マルルトが、あるいはマルルトの使徒がこの事態をセッティングしたのであればふざけるなの一言だが、実はこれでもマシな方だ。

何も知らずに、ただひたすらレベッカの捜索を続けていれば、偶然にも祭りの会場で使徒と遭遇した、などという状況が起こった場合、為す術もなく爆破テロが敢行される可能性すらあったのだから。

「それで、どうするのかしら」

強めの赤いカクテルに酔う赤いドレスの美女はそう問いかける。

「条件が分かって、不利を理解して、冷たい世界の終わりが見えて。アイン、その完璧な頭脳で現状を把握して、それであなたはどうするのかしら?」

「……決まってる」

最初から、アカデミーの図書館に古代の兵器が突入してきた時に、そんなものは決定されていた。

一番初めの行動理由を思い出す。

告げた。

「レベッカを助ける。俺はそのために行動してきたんだ」

「……そう。そこはブレないのね」

「ああ。そしてクリスマスイヴを楽しんでいる街のみんなも犠牲にしない。誰の犠牲も許容せずに、その上で人を助けるために動く。……こんなのは二一世紀には確立されていた考え方だ」

「そう。だったらもっと情報が必要よね」

逆三角形のグラスに入った赤いカクテルを全て飲み干して、ナビリアは言う。

彼女の胸の中からもう一枚、地図の描かれた紙が出てくる。

「はいこれ」

「……これは?」

「いやあ、ちょっとさっきまでホテル的な場所でベッド的なものの上で『キャバレーの女性』と体的なぼでーを重ねていた的なというか一緒になっていた的なお楽しみの時間を味わっていたんだけれどね」

「……もう何でも良いや。文句は言わないから必要な事だけ教えてよ」

つまりこの赤ドレスの美女から何やらシャンプーの良い香りがするなあと思ったら、人が自爆テロと格闘している間に百合色の世界で趣味を謳歌なさっていた訳だ。絶好調かと呆れてしまうが、もうツッコミを入れる元気が起きないのも当然と言えば当然である。

「アイン、残りの使徒は覚えているかしら?」

「『医師』、『チアリーダー』、『ピアニスト』の三人」

流れるようにそう答えた。

「まあ、まだ捕まっていない『建築士』と『デザイナー』は未知数だけど、どういうアプローチをしてくるのかは分かったから、それほど脅威にはならないだろう」

「そう、残りは三名」

ナビリア=コペンハーゲンはそんな風に切り出した。

「全てはその残りの三名が始まりだったのよ」

「……何を聞いたんだ、『キャバレーの女性』から」

「少し長くなるわよ」

淡い笑みを浮かべるナビリアとバーの雰囲気がよく似合っていた。

だが、アインはそこにどうしても哀しみの色が付け加えられているような気がしてしまう。聞くのが怖い。できれば続きを知りたくない。

それでも、どうしてもステラが心の底から笑った顔を見てみたい。

そちらの気持ちの方が勝った。

だから告げた。

「教えてくれナビリア、どんな話でも聞くよ。それでレベッカを救い出せるのなら」

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


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