gaiden1

 

ほんの少しだが、雪の勢いが弱まってきた。

その敷地に侵入するまではマルルトの使徒に見つかりたくないので、今こそ吹雪いて自然のカーテンで姿を隠して欲しかったのだが天候に中指を立てても生産性は一切ない。

アインとステラはマフラーで鼻まで覆いながら、太い木の陰に身を隠してマルルトの使徒のアジトを観察する。

「……ナビリアめ。ちょっとした山小屋だ、みたいに言っていたけど完全に立派なセキュリティの搭載された一軒家じゃないか」

「正確には一軒家二つ分なのです。間取りは7LDK、何とトイレが四つもあるのです」

「……うん? ステラ、どうして分かるの?」

「ええと、その、なんというか、そういう種族なのです。子ども部屋なんかを見極めるために幼い頃から訓練させられているので」

そんな事を言いながら、ステラは落ちていた木の棒を拾って雪の上に目の前の家の図面を描いていく。建築関係の人間以外はキョトンとしてしまうはずの図面のはずだが、アインは特に疑問も持たずに読み解いていく。

「ふふん。こんな風にどこから侵入すれば子どもの夢を壊さないのかがすぐに分かってしまう、それがサンタクロースなのです!」

「……そりゃ空き巣には便利だね」

普段ならクリスマス以外には役に立って欲しくない能力だが、今回は例外だ。

追い風はアインに向いている。

幸いセキュリティの搭載されていそうな大きな一軒家ではあるが、門番などがいる様子はない。しかし家の中に何人いるのかは不明である。

「何か作戦はありまして?」

「残念ながら特には。むしろ作戦で固定した動きが通用するような状況だと思えないよ。中の間取りが分かったって中に何人いるのかまでは分からないんだろう?」

「ええ」

「だったら行き当たりばったり上等のアドリブでいこう」

「そもそも人がいないというのがベストなのです」

サンタクロースのステラがそんな風に言う。

マフラーや手袋をつけてもまだ寒いからか、赤白コートの少女は木の陰に隠れるアインの胸元にすり寄ってくる。

「欲しいのは戦闘経験ではなく、わたくしの妹のレベッカがどこにいるのか、その情報なのです」

「優先順位の問題だね」

アインは暖を取るためにすり寄ってくるステラの赤髪の頭が良い所にあったので、何となくナデナデ。

「ふざけたマルルトの使徒は全て潰しておきたいけど、レベッカの無事が第一目標だ。ここを見誤る訳にはいかない」

「では」

「ああ。衝突がない事を祈りつつ、使徒のアジトとやらに乗り込もうじゃないか」

家の壁や窓は雪で真っ白に染まってしまっているため、そこからアイン達が目撃される事はない。

木の陰から飛び出して、素早く玄関の扉の前に移動する。

雪を踏み締める音がやたらと大きく聞こえる。玄関の扉に背をつけて、扉から軋む音などが立たないように細心の注意を払いながら、そっと壁に耳を押し付ける。

「(……どうなのです?)」

「(物音はなし。会話も聞こえない。ただあまりに広い家だから、家そのものに音が吸収されてしまっているだけかもしれないから油断は禁物かな)」

必要最低限の小声で情報を更新すると、いよいよアジトに踏み込む。

玄関のドアノブを回す。ガヂリ、という硬い感触が掌に返ってくる。当然ながら施錠されていたのだ。

「(壊すのですか?)」

「(……そうするしかなさそうだ。開いている窓なんかを探しても良いけど、ずっと外を歩き回る方が危険だし)」

ステラが柔らかくて温かい体を押し付けてくるからか、アインの体もほぐれてきた。

できれば一撃で蹴り破りたい。

もし中に使徒がいた場合、玄関の騒ぎを聞きつけて確実にこちらに来ると考えて間違いない。

「(……ステラ、下がってて)」

「(り、了解なのです)」

すう、はあ、と。深く深呼吸して酸素を取り込む。

意図して全身を格闘技専用のギアに切り替えていく。

扉に蹴りをぶち込むための適切な距離を取る。雪で足が滑らないように、軸足を置く地面の雪をわずかに払う。

腰の回転まで使って蹴りを繰り出す。

ッドム!! と扉を蹴り飛ばす音が響く、その直前だった。

 

開錠の音が響く。

ぎぃ、と扉が開いていく。

 

「ッッッ‼⁉⁇」

心臓が止まるかと思った。

扉を吹っ飛ばそうとしていたアインの足の裏が反射的にブレーキをかける。

そして失敗したと後悔した。中から人が出てきたという事は、高確率で使徒の可能性が高い。であれば、そのまま蹴り飛ばして昏倒させた方が賢い選択だったかもしれないのだ。

だが事態は予想の斜め上を行った。

中からは場違いなほどに穏やかな笑いを浮かべるメイドさんが現れたのだ。

「ようこそお客様」

「なぜにメイドさん!?」

「なぜかと問われましても私の仕事ですので」

「そして蹴り飛ばされようとしていたのに無表情だけどもどういう精神しているのか!?」

「まあ靴底が当たっている訳でもありませんので騒ぐほどの事ではないでしょう」

玄関の扉を開けてくれたメイドさんは、どこか茫洋とした瞳でアインとステラを眺める。

「中へどうぞ。奥にあなた方と話したがっている方がいらっしゃいます」

そのままメイドさんはアイン達に背を向けて、家の中に入って行ってしまう。

玄関の扉を閉めなかったという事は、入って来ても構わないという事だろう。

ステラがアインの意志を確認する。

「どうするのです……?」

「行くさ、釈然としないけど。ここで逃げたって進展はない」

メイドさんの背中に着いて行き、真正面から堂々とアジトに侵入する。

本当ならば緊張感の高い場面かもしれないが、実際は極寒の空気から守られた家の中は小さな天国と化していた。

「は、はふう……。さっきまで死んでいたのかもしれません……」

「よろしければ温かいミルクティーでもご用意いたしましょうか?」

「ミルクティー!! よろしいのでぜひともお願いするのです!!」

「ステラ、ここはマルルトの使徒の本拠地だ。それだけは頭からすっぽ抜けてはいけない項目だと念押しさせてくれ」

喫茶店で叶わなかった夢が叶いそうになり、思い切りフィーバーしかかるサンタクロース。一緒にいれば一緒にいるほど、本当にこいつはサンタクロースなのかと疑いたくなってくる少女なのだった。

「それよりメイドさん」

「何でしょうお客様」

「やけに友好的なんだね。あなたはマルルトの使徒ではないのか」

「もちろんです。私はマルルトではなく、使徒様に雇われた家政婦でしかありません。ゆえにあなた方が何者であっても敵対心を抱く事はないとお考えくださいませ」

「……なるほどね」

確かこのアジトは定期的に報告会をするだけの場所、という話だった。

つまり、常に生活を可能とする清潔な環境を整え続けるためには、メイドが必要となってくる訳だ。

「だからと言って、俺達を家の中に入れて良いのかな?」

「それは私の口から申し上げる事はできません」

やはり大きな家だからか、目的の部屋に案内されるまでに左右の壁にいくつもの扉があった。これだけたくさんの部屋があるとどこを何の部屋にするか迷いそうだと適当な感想を抱くアイン。

しばらく廊下を歩くと、廊下の一番奥に到着する。人がいる気配がした。扉の向こうからは薄暗い光がわずかに洩れ出ていた。

ドアノブに手をかけながら、メイドさんはこう続けた。

「ですので、知りたい事は私よりも権力のある方へどうぞ」

「?」

扉が開く。

薄暗い理由は簡単で、蝋燭の光が周囲を照らしているだけだからだ。

その炎の灯りを見て心のある部分を刺激されたアインが顔をしかめるが、ステラの前で目を覆う訳にもいかない。

そして灯りに照らされる部屋の奥には、オフィスワークをするための大きなデスクがあった。社長室にあるような黒い革製品のチェアに誰かが腰かけていた。

「な……っ!」

『彼』を見て、アイン=スタンスラインの肩頬が痙攣した。

その者の名を口にする。

 

「マルルト=ストラトス……ッ!? なぜあなたがここに!?」

 

金髪に少しながら蓄えた顎鬚。高級な正装服を身に纏う男は、その顔が見たかったと言わんばかりに満足気に微笑む。

部屋の中には二人いた。

マルルト=ストラトスと、もう一人は執事か秘書だろうか。とにかく部下らしき男を社長椅子の後ろに立たせたマルルトは、アインに向けて口を開く。

「やあ、少年。寒い中ご苦労な事だった」

「……マルルト。あなたらしいと言えばあなたらしいな。厳しい寒さから守られた世界の中で自分は椅子にもたれて、部下を手足のように使い目標を達成していく」

「ほほう、これはこれは」

部屋が薄暗いから、というだけではない。

その男の笑みは本性を滲ませるように不気味に映る。

「えらくひどい言い草ではないか。なあおい、私は君の通う学校の卒業生だぞ。つまり先輩だというのに。まったく、優秀過ぎる学校というのも難儀なものだ。エル・クリスタニアアカデミーはもう口の利き方というものは教育していないのかね」

ああ、いいや、と。

金髪を流すように払いながら、マルルトは己が発言をこう訂正した。

 

「もう違うんだったか少年。君はすでに退学が決まっているんだったよなあ?」

 

そして普段は熱を持たないマシンのように冷却されているはずのアイン=スタンスラインの頭の温度が急上昇した。

「マルルトッッッ!!」

「ククク、そう頭に血を上らせるものではない。私は君に謝罪するために来たのだから」

執事か、あるいは秘書か。

マルルトは自らの背後に立つ部下の男から分厚い封筒をもらい受けながら、

「昨日、私の使徒が君のお仲間に口を割ったらしいではないか」

「……ナビリア=コペンハーゲンの事か」

「ああ、まったく恐ろしい女性だ。それぞれの使徒のアフターケアは完璧だったはずだ。完全に私の従順な使徒だったはずが、一夜で寝取られるとは。それも同じ女性だというのにね」

使徒が裏切ったというのに、マルルトの声に悔しさはない。

むしろ人生のスパイス程度にしか感じていないような声色だ。

「部下が裏切るなどままある事だ。だが使徒は違う」

「俺はそんな話をしに来たんじゃない」

アジトを漁って使徒の情報、もしくは直接ステラの妹・レベッカの居場所を摑もうとしていたアインだったが、ここまで来れば認識を改める。

「全ての黒幕であるあなたから話を聞き出せば手っ取り早く順序を省略できる。答えろマルルト、ステラの妹はどこにいる? レベッカの居所を教えろ!!」

「ああ、サンタクロースの少女の事かね」

クック、と背筋に何かを走らせる不気味な笑みが政治家の男から響く。

「あれは良いものだぞ少年。うんうん唸ってアイディアを出す必要もない。何かを『復元』する際の集中力など不要だ。まるでスリーカウントでいくらでもジョーカーを出せるカードゲームのチートプレイヤーのように大胆なものだ」

「ふざけるな、この世界はカードゲームじゃない」

「だろうとも。だがインスピレーションによる『復元』の話を聞いていれば、君はもっと留意すべきだった」

「……? 何を」

「分からないのかね、君ほどの頭脳をもってしても。天才にミスはままある事だが、答えに詰まってしまえばそれはただの馬鹿と言い換えられるのではないのかねえ」

粘着質なほどに人を見下すその男に、しかしアイン=スタンスラインは違和感を覚える。

何か引っかかる。

どうもおかしい。

そんな言葉でしか言い表せない程度だが、頭の隅に極小の棘が刺さっている。

その原因を探るために部屋の中を見渡すアインに、マルルトはまるで可愛い小動物でも可愛がるかのように分厚い封筒の表面を撫でつけていた。

そう、やたらと分厚いそれ。小さくない何かが入っている封筒を。

「教えてやろう、我が母校の後輩よ」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………まさ、か」

答えに辿り着く。

解答を言語化するその直前、マルルト=ストラトスは種明かしを楽しんだ。

 

「私達が使徒ではない。いつからそんな風に定義を覆したのかね?」

 

訳の分からない言葉。

唐突に文脈の途切れたような会話内容に、少年の背中に隠れていたステラ=サンクチュアが眉をひそめる。

だが違う。

これで合っている。

ヒントは転がっていた。

そう、思い出してみれば良い。

この部屋の中にいるのは何名だ?

 

「くっそ、『劇団員』の三名か!!」

 

「今さら遅いさ、少年」

マルルト=ストラトスの仮面を被った何者かは告げる。

ゴトリ、と。

先ほど背後の部下から……いいや、『マルルトの部下に扮していた男』から受け取った分厚い封筒の中から、ヘッドホンを包むケースほどの大きさの箱を取り出す。

いいや、それはただのケースではない。

 

「破壊力抜群のプラスチック爆弾。さあどうするね天才少年クン?」

 

ステラ=サンクチュアが目を剥いて、マルルトの姿をした誰かがそのケースの真ん中のボタンを押した直後だった。

ドゴァッッッ‼‼‼ と、大きな家が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


朝  騒がしい茶会(1)
朝  騒がしい茶会(2)
朝  騒がしい茶会(3)

昼  摑みどころのない本質(1)
昼  摑みどころのない本質(2)
昼  摑みどころのない本質(3)
昼  摑みどころのない本質(4)

夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(1)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(2)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(3)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(4)
From_Another_World.
? No_Recording.
あとがき(東雲良さま)

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