gaiden1

 

「何とか落ち着いたのです……」

「それは何よりだ」

五キロほど踏破しただろうか。

一時間以上は歩きっ放しの計算になるが、不思議と疲れはなかった。おそらく休憩を挟みつつ進んでいるからだろう。

どちらかと言えば、やはりつらいのは寒さの方だ。

おそらく今日、全てが終わってベッドに横になった時に初めて疲労感が襲ってくると考えて良い。

アインがそんな風に体力の使い方を計算していると、毛糸の手袋で頬っぺたや太腿をさすりながら、真っ白な肌のステラがこんな事を言い出した。

「うう、指先や首元は温かいですが体の芯が冷えていく感じなのです……」

「そうだね」

足は雪を踏み締めているので、もう爪先などが冷えるのは仕方がない。

しかし、ずっと冷たい空気を取り込み即席の防寒具で寒さを凌いでいる状況が続いている。今まで騙し騙し取ってきた休憩だって、雪の積もっていない屋根の下などに身を潜めて息を整える程度のものだ。

残り五キロを切った今、まともな休憩を取る必要があるのかもしれない。

「そろそろ昼ご飯の時間だし、ぼちぼち早いトコなら食事を出す時間だ。何か温かいものでも食べようか」

「大大大賛成なのです。わたくしシチューが良いのです! 当然クリームシチューですが!」

「……あの、ビーフシチューに何か恨みでも?」

「何言っているのですカロリーが全然違うのです!!」

まあ王道のメニューではあるので、出店でも探せばあるだろう。

五分も探せば、『スープ専門店! ご所望のものがなければお申し付けください。すぐに作ります!!』という思い切った看板を抱えた店を見つけた。

メニューを見てアインは呟く。

「……カレーがあるのは嬉しいけどスープってカテゴリーに入れて良いのかな」

「そんな事を迷う暇があったら体を温めた方が建設的なのです」

サンタクロースの仰る通りだったので、クリームシチューとカレーを注文して紙の大皿にスプーンを突き刺しながら先を急ぐ事に。

「手袋やマフラーに続き、お昼ご飯まで奢ってもらってしまったのです…… ッ!?」

「……その、何か問題でも?」

「わたくしがプレゼントする側のはずなのです! これはとんでもない勢いでわたくしのアイデンティティが瓦解してしまっているのでは……ッ!?」

「別に良いんじゃないかな。俺はバイトもしているし年下にお金を出すなんて普通だと思うけど」

「さらに大人な意見でサラッと完全論破されたのです!? わたくしを社会的に殺す気なのですか!?」

「もう面倒臭いよ分かんないよサンタクロース」

ちなみにどちらもルーを変えているだけらしく、大きめにカットされた野菜と肉がゴロゴロ入っていて、値段の割に満足できる品だった。

「はあ……。何だか今まで死んでいたような気がするのです……」

「ああ分かる……。本当に生きている実感を得られる近道って、温かくて美味しい物を食べた時だよね」

そんな事を話し合っていると、どこからともなくクラシック音楽が聞こえてきた。

ぴくん、と長い赤髪が揺れて、ステラが音源の方を向いた。その拍子に耳につけたトナカイのピアスが揺れる。

「……オーケストラがライブでもやっているようなのです」

「そうなの? 何なら聞いて行く?」

「い、いいえ。わたくしは妹を助けるのに忙しいのです。こんなトコで道草食っている場合ではないのは自明の理であって……」

「そんなにうずうずされながら言われたら俺が反応に困るよ。食事を終えるまでくらい良いんじゃないかな。休憩するのも立派な戦略だ」

「……むう。そこまで言うのならしょうがなくなのです」

一応頬を膨らませて体裁は保っているつもりのようだが、口の端が上がってしまっている。

サンタクロースといえど、やはり中身は一四歳の女の子らしい。

通りの角を曲がると広場があった。そこに舞台が用意されており、その上でクラシックのオーケストラが楽器を奏でていた。

ただ、この演奏は本番ではないようで、夜のコンサートに向けてのリハーサルらしい。

アインとステラは食器を持ったまま、近くの屋根付きベンチに座ってクラシックのその音楽に耳を傾けていた。

五分くらい経った頃、ポツポツと少女がこう切り出した。

「……クラシック、聞くのです?」

「いいや、正直言ってあまり。打楽器なんかを打つ簡単な音楽だけならよく聞いていたような気がするけど」

「クラシック、わたくしはよく聞いたのです」

ステラ=サンクチュアはどこか遠くを見つめていた。

それは目の前のオーケストラの楽団ではない。過去を見つめる者の目だ。

「妹が歌手になりたがっていたのです。すでにサンタクロースという職にはめ込まれ、どこにも動く事は許されないというのに。それでもあの子はずっと舞台で高い歌声を響かせる歌姫に憧れていました」

「……そう、なんだ」

何と言ったら良いのか、アイン=スタンスラインには分かりかねた。

少年の脳をもってしても、その言葉に対する回答は難解が過ぎた。

「わたくし達は子どもに夢を与え、プレゼントを贈り、人生まで捧げるのです。なのに妹の夢は永遠に叶わない。……こんな皮肉が通用する世の中なのです」

絶対的に安定した職業と、本当に人生を捧げてでも摑み取りたい夢。

二つを天秤にかけた時、多くの人はどちらに手を伸ばすのだろうか。何となくアインはこんな世の中でも後者を選ぶ者の方が多いんじゃないかと思っていた。

アンケートを取った訳でも、その優秀な脳でもって統計を計算した訳でもないけれど、それでもそう思えた。

そして、正確な答えを知るのも怖いとも思った。

もし前者の方が多ければ、本当にサンタクロースは生きる価値を失う。そんな気がしたのだ。

「彼女の名はレベッカ=サンクチュア。夢を追う事すら許されなかったわたくしの自慢の妹なのです」

クリームシチューに手もつけず、ステラはそう告げた。

「……本当にすごいのです、わたくしの妹の歌声は。美しくて、儚くて、そして透き通るような。サンタクロースじゃなければあの子こそがこの世界の歌姫なのだと断言できるのです。わたくしのアイデンティティを賭けても良いと思えるほどに」

歌姫のいないオーケストラを眺めながら、独り言のようにそう語るステラ。

アインはその横顔を何も言えずに見つめていた。

何分経ったのかは忘れてしまった。オーケストラの淡い演奏が終わる前に、やがて少年は小さくこう告げた。

「行こうか。少し聞き入り過ぎた」

「ええ。妹が待っているのです」

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


朝  騒がしい茶会(1)
朝  騒がしい茶会(2)
朝  騒がしい茶会(3)

昼  摑みどころのない本質(1)
昼  摑みどころのない本質(2)
昼  摑みどころのない本質(3)
昼  摑みどころのない本質(4)

夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(1)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(2)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(3)
夜  音色で溢れるクリスマスイヴ(4)
From_Another_World.
? No_Recording.
あとがき(東雲良さま)

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