「な、なんだお前。ディーオーエムオー?」

「そうだい。私は神ぞ。オルヴェンスワンに神が降り立ったと聞いているだろう? それは私の事だい」

たった今14年ぶりに目覚めたパンサーでも、この茶色の物体の言っていることは『嘘だ』と理解できる。

「いや、神様ってもう少し威厳があるだろ・・・。それにお前どこかで・・・」

パンサーは幼い頃、よく食卓に並んでいたものを思い出した。

「そうだ! ジャガイモだ! お前ジャガイモにしか見えねえ」

「ちょっと待ちなさいよ。なんと失礼なことを言うんだい。私の姿を見てみなさい」

ディーオーエムオーはその場に立ち上がると、ふぉーと言いながら手を大の字に広げてみせた。

「どうだい?」

「いや、見れば見るほどジャガイモだが」

「なんでだい!? 君は盲ているのかい? 私は神のフラクタル図形だろう」

ディーオーエムオーはもう1度その場で、ふぉーと言いながら手を大の字に広げてみせた。

「いや、全然神じゃねえだろ。そのフラクタル図形ってのはなんだよ」

「それも知らずにディーオーエムオーを批判していたとは、片腹痛いぞ」

ディーオーエムオーは足を揃えて起立すると、腰に手を当てた。

「オルヴェンスワンの海岸線を思い浮かべてみなさい。海岸線は遠目に見ても、拡大してみても複雑な形状が見られるだろう。海岸線の形だけでなく、山の形や、枝分かれした樹木の形も同様だい。このように、図形の部分と全体が自己相似になっているものをフラクタル図形というのだい。君の血管や腸の内部もフラクタル図形になっているぞ。有限の体積の中に無限の表面積を包含できるフラクタル構造は非常に合理的かつ効率的だからな。設計図も小さくて済むぞ」

ディーオーエムオーは棺の中から三角定規を2つ取り出した。1つは1辺の長さが1ベルトの正三角形、もう1つはこの1辺の長さが0.5ベルトの正三角形をしている。ディーオーエムオーは大きな三角定規の中に、小さな三角定規を加えてみせた。

「これが君にはわかりやすいかい。

シェルピンスキーのギャスケットと呼ばれる図形ぞ」

パンサーにも、フラクタル図形がどういったものかが

わかってきた。それだけにディーオーエムオーの言って

いたことに違和感を禁じ得ない。

「じゃあちょっと待てよ。神のフラクタル図形ってのは、神様の一部分を切り取ったらお前みたいな顔をしてるってことかよ」

「そういうことだい。よくわかっているじゃないか」

ディーオーエムオーは胸を張る。パンサーは首を振る。

「俺は神様を見たことはないけど、お前と一緒にされたら神様も怒るんじゃねえか」

「なんでだい! おかしくないのかい?!」

ディーオーエムオーは棺からほらがいを取り出し、ボォーボォーと吹いた。

それからディーオーエムオーはほらがいを棺へ丁寧にしまうと、紫色の床を一歩踏み出した。ディーオーエムオーは、まるでカーリングの球のようにツィーと音もなく真っ直ぐに滑っていく。

パンサーはディーオーエムオーの姿に驚くと、自然と靴で床を蹴っていた。キュッという音がして足は止まる。摩擦抵抗は存在している。ならば、ディーオーエムオーの足が不思議な構造をしているのだろう。

パンサーがディーオーエムオーに視線を戻すと、すでにディーオーエムオーは勢い良く紫色の床を滑りまわっていた。この床はディーオーエムオーにとってスケートリンクのようだ。

「ディッディッディッ」

ディーオーエムオーは掛け声とともに紫色の床を加速しながら滑り、わずかに左へ曲がりながら、左足のアウトサイドで前向きに踏み切ってジャンプした。ディーオーエムオーの身体が空中で、1、2、3回転する。それはまさに、氷上のアーティストたちが見せるトリプルアクセルだった。パンサーは彼を見て震えていた。

「な、なんでこのジャガイモはフィギュアスケートをしてやがるんだ」

「ディッディッディーッディッ、ディッディッディッディッ」

ディーオーエムオーはパンサーから視線を外さず、フォアクロスで円を描くように紫の床を滑っていた。ディーオーエムオーの声は、パンサーに近づくときに高い音で、パンサーから離れていく時に低い音で聞こえてくる。

「だめだ。ここにいたら頭がどうにかなっちまう」

パンサーは右手でこめかみのあたりを押さえながら、自分の落ちてきた穴へ戻ろうとした。彼の本能が、この紫の空間にとどまることを拒絶していた。

パンサーがよろめきながら穴に辿り着き、穴の両端に手をかけた瞬間。

ガタン。

パンサーが振り返ると、ディーオーエムオーが仰向きに倒れていた。先程までの元気はどこへやら、ディーオーエムオーは微動だにしない。パンサーは恐る恐るディーオーエムオーに近づき、顔を覗き込んだ。

「なんだよ。死んじまったのか?」

言ってパンサーはハッとする。ディーオーエムオーが涙を流していたのだ。

 


第1項 2体目の神
第2項 フラクタル
第3項 不完全性定理
第4項 バタフライ効果
第5項 対数螺旋
第6項 パラドックス
第7項 神の方程式
第8項 対称性
第9項 なぜ何もないではなく、何かがあるのか
第10項 フィボナッチ数
最終項 ゼロ

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

ピックアップ記事

  1. ルクシオンがまだ、ユタアース〜内側の世界〜に属していた頃の話だ。 このころルクシオンは、住人か…
  2. 59736578-19f0-4460-a22b-36c70aa80895
    プロのイラストレーターの挿絵であなたの作品を一層魅力的にします! プロのシナリオライターがあな…
  3. 59736578-19f0-4460-a22b-36c70aa80895
    こんにちは。 橋本橙佳です。 このエントリでは橋本橙佳が様々なクリエイタ…

Twitter でフォロー

ページ上部へ戻る
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。