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「っ、きゃあ⁉」

そう叫んだのは黒髪三つ編み少女・マスマティカ=アスロットだ。

黄色の掘削機能付きのパワーショベルカーを見て立ち上がったマスマティカが隣の少年に転ばされたのだ。

「済まないマスマティカ。でもそこで大人しくしているんだ」

訳が分からずに、しかしナビリアの言った通りに椅子から腰を浮かせていたアイン=スタンスラインはそう言った。

マスマティカが立ち上がったのを見て、アインは彼女の座っていた椅子を後ろに引いてから足払いをかけたのだ。

理由は単純だった。

(……運転席に誰も座っていない。つまりは無人機)

恐ろしいほど冷静にアインは分析する。

(もう大昔の話だけど、建物や人には激突しないようにプログラムが設定されていたはず。となると何かのバグで暴走している)

と思考を進めて、しかし自身の導き出した結論を否定する。

目線をスッとナビリアの方に戻して、やがてアインはこう思い直す。

(……いいや、これは楽観論でしかないか。ナビリアの口からマルルトって単語が飛び出した以上、人為的仕業の可能性が高いのか!?)

そしてその視線を受けた赤いドレスの少女は、お淑やかに座っていた。特に慌てる様子もなく、彼女はいつものように紅茶を味わっていた。

「さあねえ。それはあなたの手で突き止めなさいなアイン」

壁が破壊されて、謎の赤髪の少女と馬鹿みたいに大きな重機が突っ込んできてから、この間まで三秒。

とにかくアイン=スタンスラインはこう叫んだ。

「ロックバンド!! あの赤髪の女の子はあなたの妹か何かじゃないんですか!?」

「知らねえわ髪の色で勝手に家族にするではない!! そしてそんな事言っている場合かッッッ!!」

仰る通りなのだった。

無人機は確実に人を狙っている。手近なマスマティカが感知されないようにテーブルの影に隠したが、他の三名はおそらく暴走パワーショベルカーにロックオンされている。

ついでに裏切りが起きた。

「そんな訳で後は任せたアイン!! ぶっちゃけこの閉鎖されている図書館もお前の名前で一時的に借りているから壁がぶっ壊された件については後で呼び出しがかかると思うがお前なら切り抜けられると俺は本気で信じている!!」

「窓から身を乗り出して単身さっさと逃げ出そうとしていますけど今一体何を口走りましたかロックバンド‼⁉⁇」

返事はなかった。

今までアインのバイト先のバーに飲みに来たり、一緒にテニスまでやったりする仲だったくせに、ここに来てのまさかの単独の逃避行。アインの三つも年上の人生の先輩とはいえこれは一発くらいならグーで殴ってやっても良いんじゃないのかと真剣に思うアイン=スタンスライン。つーかさっきの『お前はどこであろうとお前らしくあれは良いのさ。ふっ(キランッ)』的な無駄に格好良い慰めは一体何だったのだ。もしやあれで裏切りの帳尻を合わせられるとか思っているんじゃあるまいな!? とロックバンドの場違いにイケた笑みが脳裏に浮かぶ。

そして信じていた友情の薄っぺらさを嘆いている暇もなかった。

グィィ!! と。奇怪な駆動音を立てて、黄色の重機のパワーショベルが竜の首のように持ち上げられたのだ。

そう、まるで。

腕を振り下ろす、その前動作のように。

「ああくそっ!!」

決断は早かった。

思考を切り替え、目的を把握する。

「ナビリア、君も来い!!」

「えっ、うそっ、きゃあ!?」

食べかけのスコーンが宙に舞う。

重機を気にせずに紅茶のカップを口に運んでいた赤いドレスの少女の腕を摑む。そのまま出口に向かう。

「ちょっとアイン」

「何かなナビリア」

「どうしてそっちに走り出すのかしら!? そっち窓よ!! ドアは反対の方向!!」

「そのドアの方に行けば頭の上にパワーショベルが降ってくるんだよ! 別にここは一階なんだから死ぬ事はない!!」

つまり窓から身を投げたロックバンドは正しかった訳だ。

……やはりあの冷静な判断というか、その対応の早さを考えるに、たぶん重機が現れた瞬間にどう逃げるかを真っ先に考えていたに違いない。救出とか一ミリも考えてはいなかったのだろう。

やっぱり後で絶対に文句の一つでも言ってやろうと心に決めるアインだったが、今あの先輩に苛立っても仕方がない。他のテーブルや本の詰まった棚をすり抜けて、彼はナビリアを引きずって窓を目指す。

と、別の本棚の列をすり抜けてきたのだろう。ロックバンドよりもさらに深い赤色に髪を染めた、一四歳くらいの少女が合流してきた。この大雪の中を走って来たのか、頭の上や赤と白のコートに雪の結晶の塊を乗せていた。

彼女は言う。

「お互い不幸ですよねー」

「言いたい事はそれだけかな!? 今はこの現状についての詳細な説明が何よりも必要なんだけれども!!」

ややあって窓を突き破る。

そのまま外に飛び出す。

空調の効いた空間から飛び出した事により、肌を突き刺すような寒さが身を包む。アインは着ていたパーカーの前のチャックを首の一番上まで閉めながら、

「急ぐんだナビリア。あと君も!」

「ん。あなたに指図される謂れはありませんが、非常事態的にあなたに従いましょう」

「非常事態的というかもう緊急事態だけどね!!」

そしてここに来てもヒールを履いていたナビリアが雪に踏み出す事を躊躇ったため、アインが一旦図書館の中に戻ってドレスの少女をゴミの袋というか粗大ゴミというか、とにかくお荷物を投げるみたいに外に放り出す事に。

一仕事終えたアインが再び外に飛び出し、ナビリアの腕を摑んで掃除機みたいにズルズル引きずる。積もった雪にお嬢様の美しき体(断言)の跡が残っていくが、流石のアインも命のかかった状況では冷え性の女性に毛布を与えるような、紳士的な気遣いの余裕を失くすらしい。

主に寒さのせいで死にそうな顔になるナビリアお嬢様であったが、背後の図書館の壁がベゴリ!! とめくり上げられた事でようやく足に力を入れ直したようだった。数冊の本がこちらまで吹っ飛んできたのも恐怖を煽ったのだろう。

がんばって走り出すナビリア嬢を見てアインが複雑な表情になる。

ぶっちゃけ『ご趣味は何ですか?』『セッ〇スです』『』という会話ができてしまう悲劇みたいな少女なので、体力がない訳ではないらしい。

「……それによってつけた体力で生きるために動けるっていうんだから、やっぱり世の中は不思議でいっぱいだなあ」

「ちょっとアイン? 今あなた失礼な事を考えたわね?」

「何の事だろう。寒さで頭が回らなくてよく分からないや」

すっとぼけながらも逃亡継続。

袖口やボタンなど所々に白色を取り込んだ、赤い生地の分厚いコートに身を包む一四歳の少女が無表情で告げる。

「どこに逃げるのです。何かアテはありまして?」

「一応ね。スピード勝負になるから急ぐけど」

「良いでしょう。よろしければ、どこに向かっているのか教えていただければ」

「目の前の校舎。できれば一番上の階まで登りたい。猶予は三分間」

「あのパワーショベルの重機は一度身を隠した程度で何とかなるものじゃないのです。一度顔認証でロックされてしまえば、そこから熱源をサーチして追ってきます」

「……マスマティカを机の下に押しやったのは正解だったな。だけど大丈夫、むしろそれで良い。だからこそ勝負の三分間なんだ」

デジタルに答えを弾き出したアイン=スタンスラインに、コートの少女は怪訝な顔になったが、とにかく着いて来てくれるようだった。

そしてこの会話内容に看過できなかったのはナビリア嬢だ。

「待って、目の前の校舎って言ったら五階はあるわよね? あれを三分で上り切るの!?」

「別に走れば不可能じゃないよ」

「できるか否かを聞いているんじゃない! 私は肉体労働だけはしないのよ!!」

「あはは肉体で融資金として七〇〇万エレン以上を稼ぐ社交部のトップが何を言っているのかなあははははは」

「乾いた笑みを浮かべてディスったって私は絶対に上らないわよ!!」

と、社交部一の稼ぎ頭が駄々をこねている間に校舎に到着する。

冬休みなのでどの校舎も閉鎖されている状態だ。生きるために雪に埋もれていた大きめの石を拾い上げて窓を割る。窓ガラスにできた小さな穴に手を突っ込み、鍵を開けてから校舎の中に入る。

「こっちに階段があるようですが」

「そっちじゃ意味がない! 向こうにある階段だ!」

「ええ、どっちでも同じじゃないの……?」

とことん動くのを嫌がるナビリアをこれでもかと引っ張って目的の階段を目指す一行。

ナビリアを先頭にアイン、そして突き破られた図書館の壁から現れた赤髪の少女の三人で階段を走る。

ちなみにヒールを奪って後ろから背中を押してやると、ナビリアは嫌々ながらも何とか階段を上り出してくれた。

そんな社交部の二人を見て、赤と白のコートを羽織っただけの少女は小さく呟く。

「……何だかピラミッドを作る奴隷の姿を描いたイラストにこんな姿があった気がするのです」

「今その例えを持ち出す必要性はあったかな!?」

「でしたら上り坂でエンストの多い車を大勢で押すビジョンが浮かびますと言い直します」

「誰がエンストの多い車だ表に出たいのかしら!?」

ガガァ!! と雷みたいに名誉棄損に異を唱えるナビリア。

おそらくこの状況に例えを持ち出す事自体が多いに間違っているのだろう。

「ふう、はあ」

「ナビリアがんばって。あと一階だ、この階段を上り切ればあの重機は無力化できるから」

アインのこの発言に、赤白のコートに茶色のブーツを履いた少女がさらに訝しむが少年から答えは出ない。

「五階なのです」

「言われなくても分かってる。そしてストップだ、窓際には近づかないで」

赤白のコートの少女の肩を摑み、窓と反対の壁際に寄せる。が、そう言ったアインは一人で窓の外を眺めに乗り出してしまう。

「パワーショベルの長さは一〇から一一メートル……おそらくこれで……」

下にはパワーショベルを搭載した黄色の重機があった。

そしてアイン達を追い駆けてきたからだろう。ギュイ、ギュイー、と音を立てて重機は校舎の近くでグルグルと回っていた。

「足を取られて動けなくなるのを期待しているのなら無駄なのです。戦車のようなキャタピラで動いているためスリップはほとんど起こりません」

「かもしれない」

だけど、と告げた。

逆を意味する接続詞の後に、彼は階段の付近で息を切らしている赤のドレスの少女にこう続けた。

あるいは、皮肉を返すように。

「来るよナビリア。構えた方が良い」

直後にアイン=スタンスラインは身を伏せた。

突拍子もない出来事が起きた。

 

ドゴガァ!! という轟音がして、横薙ぎにパワーショベルが振るわれたのだ。

 

校舎が一刀両断される。

アイン達のいた階の窓という窓が次々に引き裂かれていく。

「ひゃあ!?」

赤髪の少女の目の前、その鼻先とアインの頭上、ナビリアのドレスの端っこを引っかけてパワーショベルが横一閃を描いていく。だがその威力と勢いに反比例するように、凶器は人間の肉を喰い破る事なく通り過ぎて行く。

泣きそうな顔になったのは、悲鳴を上げたナビリア=コペンハーゲンだ。

「にっ、逃げた方が良いわよ!! まだパワーショベルは届くじゃない!?」

「いいや」

だがアインは再びパワーショベルが振るわれる危険性も無視して、もう一度窓の外を眺める。

その奇行にナビリアの心臓が縮むが彼は薄っすらと笑みを浮かべていた。

雪で染められた銀世界を見下ろす。

「狙ったのはスリップじゃない。もちろん雪によって動きにくい事も手伝ったけど大切なのは座標なのさ」

パワーショベルが壊した校舎の瓦礫。それが次々と落下していく。

地面に向かって落ちる小さな隕石が地に激突する。

だがおかしな音が響き渡る。地面に激突する硬い音だけではなく、その音の洪水の中に何かを壊すような音まで混じっていたのだ。

件の黄色の重機ではない。もっと別のものだ。

「車輪だろうがキャタピラだろうが関係ない。足を取る方法は別にある」

そして決定的な変化があった。衝撃的な激突音も破壊音も何もない。

ただ、その破滅は明確に訪れた。

とある一人の少年の死刑宣告と共に。

 

「そこは池だ。どんな重機でも水の中は泳げない」

 

それが全ての結論だった。

階段を選んだ理由もそこにある。オートドライブの特徴を割り出し、池までの座標へ誘導するため。

冷たい世界の中で、アイン=スタンスラインは人の技術が詰め込まれた殺人兵器を見下ろしていた。

「もうあなたがそこを陣取った時点で終わってた。いくら分厚い氷とはいえ校舎の瓦礫が降り注げば強度は落ちる。完全に氷が割れなかったとしても、t単位の重機が乗った状態じゃその亀裂は致命的だ」

もはやリカバリーは不可能だった。

どぼっ!! と。少年の勝利を祝福するどうしようもない音が響く。重機が凍てつく棺へと放り込まれていく。

 

「落ちろよ前時代の遺物。人を殺そうとしたんだ、文句はないだろう?」

 

直後、計算通りに勝利を手にした。

しかしこれで終わりではない。

こんなものは、ただの序章。

アイン=スタンスライン、その少年の戦いはまだ始まったばかりだ。

 


こちらの作品は東雲良様からいただきました!
本編第1章オースティア、エル・クリスタニアアカデミー時代の一幕を、
軽快なタッチで描いていただきました。

ウィットに富んだ会話劇にも注目です。

■東雲良様
小説家になろう:http://mypage.syosetu.com/551118/
Twitter:https://twitter.com/NVL_camvas812


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