第12項 マイノリティカルストラテジー

イシュタルは電気と磁気に不可分の関係があることを、つまり、ある線に電流を流すと、その周りに同心線を描くように磁界ができることを理解していた。逆に、電流の流れを同心円状に並べることで、磁界の方向を統一して、一方向の磁力を発生させられることも理解していた。そう、彼女は『コイル』を使いこなしていた。
それだけでなく彼女は、電気を扱う上で最低限必要な知識である電圧、電流、抵抗と、オームの法則(電圧=抵抗×電流)を理解していた。さらに実用的な知識として、電気の流れる電線の断面積や、長さが2倍になると抵抗が2倍になることも理解していた。またクーロンの法則の概念を理解しており、磁石のS極とN極に働く引力と斥力(反発する力)が距離の2乗に反比例することをつきとめていた。
カリアスは彼女に、少し意地悪な質問をしたことがある。
「イシュタル。君はどうして電磁気に興味を持ったのだ。熱エネルギーに比べれば、一見、遥かに小さく見える電気と磁気。それらに可能性を見出したのはなぜだ?」
「私は、自然界のさまざまな現象や作用の間には密接な関連があり,それらは相互に変換されて統一されるべきだと考えています。電気といえば静電気だった時代、静電気と磁気は違う力として扱われていました。冬場に頻発する静電気。ドアノブに触った時、バチッと来たら、痛いですよね。そんな痛いものと磁力は違うものだと説明した人がいました。定性的な判断に基づく分け方です。けれど今は、電気と磁気、異なる歴史を歩んできた2つの力が、1つに統一されようとしています。それがとても美しいなと感じました」
カリアスはイシュタルの言葉に頷いた。
「イシュタル、私もそう思うよ。世界は美しい法則に基づいてできている。私は君に、私の知っていることを伝えよう。君ならば理解できるはずだ」
カリアスはイシュタルに、電荷の存在を伝えた。電荷にはプラスとマイナスがあり、それは磁石のS極とN極のように作用する。プラス同士マイナス同士は反発しあい、プラスとマイナスで引き付け合う。では、電荷はどこに存在しているのか。
カリアスはまず、すべての物質が原子という粒から構成されることを話した。この原子を作り出しているのが、プラスの電荷を持つ陽子と中性子(電荷を持たない粒子)からなる原子核と、マイナスの電荷を持つ電子。原子は通常、原子核内の陽子のプラス電荷と電子のマイナス電荷が同じ数だけあって全体として安定している。
「しかし電子は原子から一定の距離に存在しているわけではない。原子核の周りには電子殻と呼ばれる軌道が存在し、各殻に存在できる電子の数はクーロン力に基づいて決まっている。これは1番近い軌道に2つ、2番目に8つ、3番目に10個という風にだ。原子は電子殻上の電子を安定させようと、いくつかの原子同士でくっつこうとする。例えば水素原子は1番近い軌道上に1つの電子を持つ。このとき1番近い電子殻軌道上には1つの穴がある。そこで2つの水素原子が1つずつの電子を共有すれば、電子的に安定する。一般に全ての原子は安定を望むだろう。
だが、何らかの原因で、電子殻上の電子が不足したり、過分になったりする場合がある。その際、電子が過分になったところから、不足しているところへ流れる。これが電流という事象の正体だ。またこのとき、有限の大きさの電子が自転しながら進んでいくため、磁気モーメントが発生し、周囲に磁界を生成する」
イシュタルは目を閉じてカリアスの言葉を聞いていた。これだけの話し合いで、彼女の中に電子の動くイメージが描かれたようだった。
「ありがとうございます。長年疑問に抱いていたことが解消されていきました」
「君の飲み込みの速さには驚かされるよ。だが、本質的な知識を身に着けておくことは重要だ。表層の現象は、本質的な現象の結果現れたものにすぎない」
「理解しています。それで、カリアス様は私に何をさせたいのでしょう」
イシュタルの問は、カリアスの真意をついていた。カリアスに愛はなく、あるのは人類を救うための手段として、イシュタルの知恵を利用したいという欲だけだ。
「イシュタル。私は人類を進化させるため、デロメア・テクニカに送電線を引く必要があると考えている。そのために必要なものが、交流電流、誘導モーターと変圧器だ。誘導モーターにおいては、籠型誘導モーターから作ってみよう。S極とN極の磁石を一定距離で保って磁界を作り出し、その中に胴体でできた籠を設置する。この籠は桶胴太鼓の紐部分に、電気を通す導体バーを設置している。籠は鉄の棒で貫通されており、磁界の中にこの籠を設置して、鉄の棒の前後を壁に固定するとしよう。この状態で鉄の棒の前後を持って籠を回転させれば、誘導電流が発生する。半周回ったところでS極とN極が切り替わり、これまで前後に移動していた電子が、次は後ろから前に動き始める。この時鉄の棒の回転に伴う電流の流れの波形を、私の時代には正弦波交流波形と呼んでいた。数学が得意ならサインカーブと言った方が伝わるだろうか」
「ちょっと絵に描いてみないと、流石に着いていけません」
イシュタルは紙に簡単な絵を描くと、籠柄誘導モーターの原理をすぐさま理解した。カリアスは彼女の聡明さに興奮し、ついで複素数、半導体、ダイオード、トランジスタの仕組みと有効性を説いた。これはこの国の時計を50年進めることになる。
『マイノリティカルストラテジー』
超越者であるカリアスは、最初人間のマイノリティだったが、『人間を滅亡から救うために科学技術を用いて革新を起こす』という価値観によってマジョリティから受け入れられ、マジョリティの中でも優秀な人々に支持されることにより、強力な発言力を得た。実業家にして国民栄誉賞の受賞者・候補者。国の中枢を担う政治家。仇敵であった天才科学者。そして彼らと肩を並べて重要なのは、稀代のプレゼンター、ロキ。カリアス・トリーヴァの求める人材は揃った。そうなればあとは、超えるだけだ。

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第1項 刑務所から始めよう

第2項 ダイナマイトと時の歯車

第3項 科学発展の基礎

第4項 魔女狩り

第5項 自由意志と豆の木

第6項 プラチナブロンドの兄妹

第7項 心の相互作用

第8項 科学者の協働

第9項 アトム

第10項 熱力学と鋼の世紀

第11項 電磁気の姫

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第13項 電気椅子とキャズムの溝

第14項 プロジェクトレボリューション

最終項 ギブ・アンド・テイク

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