国民栄誉賞の投票会場。そこには緊張した空気が流れていた。9割の人間が信じて疑わないことに、疑問を呈した男がいたのだ。チョパルキン・バルディッシュ。彼は葉巻に火をつけて大きく吸うと、ふうと息を吐きながら、表情のない顔で言った。
「できすぎじゃねえかい?」
 チョパルキンの声には抑揚がない。
「こんな大発見が、たった3人の、しかも1つの家系によってなされるなんてよ。何か裏があると思うのが、普通じゃねえか?」
 チョパルキンの言葉は真理をついていた。しかし証拠は無い。今手元にあるのは、レオパルドの家系が人類史上類を見ない発明をしたという事実だけだ。チョパルキンはそれ以上何も言わなかったが、この出来事の後、デロメア・テクニカの議会でチョパルキンの立ち位置が変化した。
 人間は一般的に、自分たちと異なる価値観・主張を持つものを、異質な他者としてラベリングする。マイノリティが『外集団に所属する多数派とは無関係な人』と認識されてしまうと、マジョリティはマイノリティの主張や意見を無視するようになる。
 議会のように多数決が力を持つ世界では、例えそれが一貫性を持った先見的な主張であっても、マジョリティの心に響かない主張はしないほうが良いのだ。
 チョパルキンはそういった意味で、議会での振舞いを誤った。そして彼にとって不幸だったのは、レオパルドの家系が人間の家系であり、バルディッシュの家系が復元者の家系であったことだ。

***
 ガストン・レオパルドは孫の国民栄誉賞受賞パーティに出席した後、デロメア・テクニカの議会に顔を出していた。ガストンもかつて選民選挙を勝ち上がり、デロメア・テクニカの議員になったことがある。その時はガストン自身が富むための法案を通すことに躍起となっていたが、彼の興味は今違うところにあった。
「で、議会の人種模様はどうなっている」
 ガストンは古い友人に、そう声をかけた。彼が気にしているのはデロメア・テクニカの議会に占める人間の割合だ。このときガストンは、友人から望む答えを得られた。『人間の議員の割合は7割を超えている』と。復元者の議員に有力な人物も見当たらず、国民に人気のあるチョパルキン・バルディッシュも、国民栄誉賞の投票で小言をいったことが影響し、議会での評価は芳しくないという。
「まるで復元者が、人間の躍進を面白くないと感じて、ぶつくさ言っているようだな」
 ガストンはチョパルキンとアイン・スタンスラインがレオパルド・コーポレーションを訴えた過去を思い出しながら言う。
「デロメア・テクニカとサイナピアスの間で、人狩りが行われていることは知っているだろう。わしはそれをデロメア・テクニカでも行う必要がある、と考えている。復元者を人間の社会から締め出さねばならん。そのためには議会を押さえておく必要がある」
 ガストンは根回しの達人だった。
 息子を失った後、彼は人と接触することを避けていたが、ジェダやユンケルと復縁してから、その才能を再び発揮し始めた。古くからの付き合いがある議員はもちろん、若い議員に対しても手紙や食事、煙草休憩の合間を使って根回しをする。ただでさえ、デロメア・テクニカでは人々は素晴らしい発明家に傾倒する傾向がある。国民栄誉賞の受賞者、候補者となったレオパルド一家には、議会の内部でも熱烈なファンを生みつつあった。羨望の眼差しで自分たちを見る群衆に、ガストンはこう語る。
「わしに協力してくれるなら、とっておきを見せてやる」
 彼はこの殺し文句で、多くの議員を自宅に呼びつけ、カリアスを紹介した。
 大理石の床、汚れひとつない真っ白な壁、5ベルトもの高さの天井、綺麗に整えられた本革のソファー。カリアスとロキはこの荘厳な空間にどっしりと構えていた。カリアスはロキを使い、人々に人類の危機を語った。オルヴェンスワンの西に神が降臨したこと、神の軍勢が人間を滅ぼすために復元者を遣わせ東を目指していること、カリアスが時を止めて15年間の時間をつくったこと、その間に革新できなければ人類が滅ぶこと。デロメア・テクニカの議員たちは、カリアスの纏っている神秘的な雰囲気に惹かれると同時に、人間へ迫っている危機を理解した。彼らはガストンの提案で秘密結社ヴェルセルクを結成し、人類のあらゆる学問の合同研究の場を設けるとともに、デロメア・テクニカの、ひいては人間の未来の為に戦うことを誓った。
 ヴェルセルクの活動は、デロメア・テクニカの有識者の間で次第に噂となり、ついにはレオパルドの仇敵からも賛同者を得た。レオパルド・コーポレーションを買収したミツビシ・コーポレーション、その電気工学者であるイシュタル・エルドリッジだ。彼女はあまりの聡明さに悪魔の天才と呼ばれている女性科学者だった。彼女は睡眠欲を克服し、1日20時間を研究にあてていた。さながらその姿は1800年代後半に活躍した偉人ニコラ・テスラを彷彿とさせる。カリアスとイシュタルは2人で食事をすることも増え、科学について語り合うことが増えていった。
「あなたとなら、私は世界の深淵をどこまでも追っていくことができそうです」
 イシュタルは嬉々とした表情で話した。彼女は、自らを対等に扱ってくれるカリアスに惹かれていた。一方のカリアスも、彼女のことを愛していた。といっても、彼が愛していたのは、女性としてのイシュタルではなく、彼女の聡明さのみである。
 カリアスはイシュタルが電気工学者だと聞き、彼女に強い興味を持った。そしてイシュタルと話をしていくうちに、興味は愛情に変わった。彼女は人類が神と戦うために、絶対に欠かせない力である電磁気学の基礎を理解していたからだ。

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