ガストン、ユンケル、ジェダを味方につけたカリアス・トリーヴァは、彼らの持つ工場を使い、人類史上重要な発見の再現を試みた。
そのためにはカリアス1人が時代を先駆けしては意味がない。ガストン、ユンケル、ジェダの技術レベルも同時に向上させる必要がある。科学は理解され再現されることが重要なのだ。
この日、カリアスはジェダ、ユンケルと、細菌についてディスカッションした。
「ジェダ、この世界には、人類に病気をもたらす細菌が多数存在する。破傷風菌、結核菌、肺炎球菌といった菌がそうだ。そしてこれらの細菌には、細胞壁という細胞を取り囲む壁が存在する。この壁によって細菌はその形を維持することができているのだ。もっとも重要なことは、この壁が人間の細胞には存在しないことだ。つまり細胞壁に干渉する薬品は、細菌にのみ効果を及ぼし、人体には何ら影響を及ぼさないことになる」
「もしかして、その細胞壁を壊すことができれば、人は病気に勝つことができる?」
「ジェダ、君のセンスは素晴らしい。君の言うとおり、細胞壁を破壊できれば。少なくとも細胞壁の生成を邪魔できれば、細菌の生育を防ぐことができる。その視点で、このシャーレの中身を観察してみよう。ユンケル、何が起きている?」
カリアスの手元には、小さなシャーレが1つ。ユンケルはそれを覗き込む。
「シャーレの中心に塗られた細菌と、周りを囲う・・・カビだろうか。その間に空白のスペースが存在している。まるでカビの分泌液が、細菌を消し去っているようにみえる。合っていますか?」
「その通りだ。正確にはアオカビと黄色ブドウ球菌だが。アオカビの分泌液に細菌の生育を妨げる物質が含まれている。これこそが人類史上初の抗生物質、ペニシリンだ。フレミングという科学者によって偶然発見され、人類が細菌に対抗するきっかけとなった、薬学のターニングポイント」
「もう、発見されていた物質なの?」
ジェダは眉をハの字にした。
「少なくとも、一度は。しかし歴史の中でこの知識は失われた」
「歴史の中で? カリアス・トリーヴァ。あなたは、一体?」
「ジェダ。今ならば信じてもらえるだろうか。私は過去から来たのだ。過去の科学者が導き出した答えを、君たちへ橋渡しするために」
カリアスの言葉に、ジェダは首を振って戸惑いを露わにする。
「私はあなたの言葉を、黙示録だと感じています。あれほど欲しかった、物事に対する答え。それをすぐ啓示してもらえる環境ができてしまって。幸せと恐怖が入り混じっています。心の準備が出来ていないところまで、たどり着いてしまうのが、怖い。どこまで到達するのかを、理解できないことが怖いのです」
「ジェダ。それこそが、歴史から学ぶということだ。自分がどこまでを理解していて、どこから理解できていないか。それを知り、知らない部分を取り込んでいくことで知識は広がる。重要なのは本質をつかむことだ。ペニシリンの例で言えば、人間と細菌の差異に注目すること。そして何よりも重要なのは、工業化、つまり大量生産ができることだ。アオカビの分泌液が細菌の生育を妨げることがわかっても、それだけでは人の役には立たない。ペニシリンを人間に投与するためには、大量生産し、動物実験を行い、安全性と効果を確認する必要がある。そうしてようやく、科学者は多くの人を救うことができる。過去の人類は10年の月日をかけて、ペニシリンの工業化に成功した。アオカビの入ったガラス瓶を氷点下の状態にし、回転させる。こうすることで、安定してペニシリンを精製することができると気づいたのだ」
カリアスの言葉に、ジェダはツバを飲んだ。カリアスはおどけた様子で続ける。
「ジェダ、私が話せるのはここまでだ。私も微生物学については専門ではないのでね。これ以上は君の手で切り開くのだ。そして工業化を行い、多くの人々を救わなければならない。そのためには、協働が必要だ。微生物学の研究者が、物理学者や化け学者と手を組む必要がある。専門馬鹿になり、視野を狭めてはいけない。人間のために君の才能を役立てるのだという、目的を常に意識してほしい」
「カリアス、私は、見えない自分の目が憎い。あなたに教えてもらったことを沢山試したいのに。自由にならない目が憎い」
ジェダは両まぶたを押さえて肩を震わせる。カリアスはユンケルに問うた。
「ユンケル、彼女に義眼を与えるという選択肢は?」
「考慮しました。けれど眼球が破裂していて手の施しようがありませんでした」
「眼球萎縮ではないということだな」
カリアスは苦しげな表情を浮かべる。眼球萎縮であればかぶせ義眼で対応できる可能性もあった。
「眼球が破裂しているならば摘出手術が必要だ。もしもジェダに、光を取り戻したいという願望があるならば協力しよう。この世界の麻酔は?」
「麻酔ですか? 初めて聞く言葉です」
「ありがとう、理解した。それではチームを集めよう。全身麻酔を行うために、少なくともジエチルエーテルについて理解のある化学者が1人。一流の外科医とそのスタッフ。それから一流のガラス細工師ともコンタクトを取る必要がある。ジェダ」
ジェダは首を縦に振った。カリアスは彼女の勇気ある選択に頷いて敬意を示した。
カリアス・トリーヴァはユンケルに指示し、ジェダの治療に必要な人員を集めさせた。人間の中から選ばれ、ジェダを救うために集まったチームは彼女に処置を施し、ジェダが光を取り戻すと共に、科学者の協働が人間を救うという気持ちを強くした。

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第1項 刑務所から始めよう

第2項 ダイナマイトと時の歯車

第3項 科学発展の基礎

第4項 魔女狩り

第5項 自由意志と豆の木

第6項 プラチナブロンドの兄妹

第7項 心の相互作用

第8項 科学者の協働←いまここ

第9項 アトム

第10項 熱力学と鋼の世紀

第11項 電磁気の姫

第12項 マイノリティカルストラテジー

第13項 電気椅子とキャズムの溝

第14項 プロジェクトレボリューション

最終項 ギブ・アンド・テイク

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