「扉が開いていたので入らせてもらったよ」
 カリアス・トリーヴァ。この男はガストン・レオパルドの研究所に侵入し、ユンケルとジェダの2人の兄弟を驚かせた。ガストンが眉間にしわを寄せてカリアスを見る。
「誰だ貴様は。人の家に勝手に上がり込んで」
「私はカリアス・トリーヴァ。本当は礼儀をわきまえた出会いにしたかったが、人間の尊厳を否定する言葉が聞こえたもので、ついね」
 カリアスはガストンの腕を握ると、ジェダから引き剥がした。
「目の見えない少女よ。養われている身だからといって、自分の好奇心や夢を諦め、絶望し、萎縮する必要はない。ただ、この男に感謝さえしていればそれだけで十分だ」
「初めて聞く声。あなたは、障害を持っている私でも認めてくれるの?」
「そうだ。私は科学者として、小さい世界に対して好奇心を抱く君に魅力を感じている。視力を失ったことが、かつて見た世界を深く掘り下げる欲求に繋がったのだろう。だとすれば障害によって、人と違う感性を育むことができた、ということになる。それは君の才能だ。今の人類は、そういった才能を欲している」
 カリアスの言葉に、ガストン・レオパルドが食い下がる。
「人類の代弁者のつもりか? 何様だ貴様は」
「私はエレメンシア大陸で神の降臨を見た。神は自らの傀儡として復元者たちを従え、人間を滅ぼすための活動を始めた。復元者は一見人間と見分けがつかない。科学者ならば、その事実がエレメンシア大陸、マタリカ大陸にどのような影響を及ぼすか想像できるだろう。人間の髪色は黒、栗色、ブロンド、プラチナブロンドの4種類しかない。それ以外の髪色の人型の生き物は、復元者だ。私たちは復元者から人間の世界を取り返さなければならない」
「信用できるものか。科学者ならば証拠を出せ」
 ガストンは勝ち誇った顔でカリアスを見る。カリアスはその挑戦を受けた。
「いいだろう。例えばアイン・スタンスラインのことを思い出してみればいい」
 もし、この場にロキやロゼッタがいれば、これからカリアスの話す言葉を真っ向から否定しただろう。アイン・スタンスラインの物語は、それほどにこの時代の人々にとって特別だった。だがカリアスはその物語に楔を打つ。
「アイン・スタンスラインは、復元者だった。この男がデロメア・テクニカに立ち寄った時、デロメア・テクニカの企業に対し、ある公害裁判を行ったことが歴史に記されている。アルテリア、ロマリア、デロメア・テクニカへ跨る川に、有害物質が流れ込んだという理由からだ。アインは有能な弁護士を雇い、この裁判に勝利した。裁判にかけられた企業は、多額の賠償金を支払い、衰弱してミツビシという企業に買収された。このミツビシの技術部を担い、後にミツビシの子会社の社長となったのがミストナード・バルディッシュ。緑色の髪をモヒカンにカットしたこの男も、復元者だ。そしてこの出来事で、犠牲となったのは、人間によって経営されていた企業だった。人類の発展のため、妥協なき挑戦を行っていた企業だ。その企業の名はレオパルド・コーポレーション。そうだ、ガストン・レオパルド、君の息子の企業だ」
「もうやめろ!」
 ガストンは叫び、カリアスに背を向けた。
「何の証拠にもならない話をしよって。妥協なき挑戦など、綺麗事を」
 ガストンは涙をこぼしていた。
 ユンケルも、そんな祖父の姿を見て、涙をこぼした。カリアスは続ける。
「ガストン。あなたは息子を憎んでいるわけではない。愛しているがゆえに、息子を自殺に追い込んだ化け学が憎かった。物質が何から、どのような構造で出来ていて、どのような特徴や性質を持っているか。相互作用や反応によってどのように別なものに変化するかを研究する、小さな科学が憎かった、だけなのだ。ユンケルとジェダが志している微生物学も、小さな科学の1つだ。だからあなたは彼らを批判した。だがあなたは、何故ユンケルとジェダが微生物学を志したかも、理解してやるべきだ」
 カリアスはユンケルの方を見た。ユンケルはカリアスに促されるようにして言う。
「お祖父さん。僕達はその人の言う小さな科学で、世の中を変えたかったんです。お父さんが間違っていなかったことを、世の中に伝えたかった。だって、自慢のお父さんだったから」
「エセ科学者に焚き付けられて、お前まで何を言う」
 ガストンの声色は、しかし優しかった。
「わしとて、そんなことは言われなくてもわかっている。わしの自慢の息子だ。当たり前だろう。お前たちとは付き合いの年季が違うのだ」
 ガストンの言葉に、ユンケルは勢い良くジェダの方を見た。
 ジェダも口元に笑みを浮かべていた。ガストンはカリアスの方を向き、目を細めた。
「カリアス・トリーヴァと言ったな。お前が言いたいことはこうか。復元者が人間を滅ぼそうとしている。様々な形で、人間の作り出した知見を奪おうとしている。それを止める手伝いをしろ、と」
「おっしゃる通り。アイン・スタンスライン時代すら、復元者が人間を支配するために描いた神のシナリオだとしたら、それを止められるのはあの時代に哀しみを背負った、あなた達しかいない」
「人間の底力を見せる時が来た、ということか」
「そうだ。全生物の中で唯一、人間だけに与えられた、想像力という武器。この武器によって、復元者から地上の主権を取り返す。それが私の望みだ」
 カリアスの言葉は、レオパルドの血筋に火をつけた。

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