第6項 プラチナブロンドの兄妹

 カリアス・トリーヴァはロキが自由意志で『運命を選択』したことを理解していた。しかし彼はそれを確かめるために、こう尋ねた。
「どうした、ロキ?」
「いいや。決意を固めただけさ。俺はあんたのもとで救世主になる」
 ロキはカリアスに宣言した。カリアスはロキの選択を笑顔で受け入れた。
「良いコミットメントだ。人は何かを宣言することで前に進むことができる」
「そうかもしれない。今は自分が救世主に慣れそうな気がしてきたさ。で、次は何をすればいい?」
 カリアスは、まだどこか受け身であるロキを受け入れつつ、能動的に取り組める宿題を出すことにした。
「武器を研ぐことだ。君が強みを磨き続ければ、誰にも負けない伝道師となれるだろう。まずは身近な相手で、心を動かせるか試してみたらどうだ?」
「身近な相手? 誰かいたっけか」
 カリアスは不敵に笑いながら、ロキの後ろを指差した。
「正義に溢れる警察官の少女だ」
「うへぇー、ロゼッタかよ。って、後ろにいたんかい!」
「悪かったわね! あんたたちに紅茶を持ってきてあげたんじゃない。男同士でイチャイチャしちゃって。はい、ティーカップ持って。注ぐから」
「ありがとう、ロゼッタ。私は紅茶の味には少しうるさいぞ」
 カリアスはロゼッタによって注がれた紅茶へ、口をつけた。
「・・・うむ、美味い」
「ほんと? 嬉しい」
 ロゼッタがキャッとはしゃぐ。ロキもカリアスと同様に紅茶を飲み、感想を述べる。
「美味い」
「はいはい、おべっかはいいから」
「くっそー、なんでこんなに反応が違うんだ? 見た目か? 見た目なのか?」
 ロキはその場で頭を抱えた。カリアスはこれが宿題だ、と言って笑う。
「とんでもねえ宿題だ。それで? カリアスはこれからどうするんだ?」
「そうだな。工場と研究所を手に入れる。人間が生き残るためには、産業革命を起こさなければならない。10年で人間の技術レベルを第3次産業革命レベルにまで引き上げる。そのためには工場と研究所が必要だ。これには、人間の愛と憎悪が鍵となる」
 カリアスの手元には、2枚のレポート用紙が握られていた。

***
 デロメア・テクニカの北東にある、コンクリート造りの白い殺風景な屋敷。
 その中にプラチナブロンドの兄妹が棲んでいた。兄ユンケルと妹ジェダ。発明家で国民栄誉賞を受賞したこともある祖父と、事業に失敗した父を持つ。父親は事業に失敗したことで首を吊り、母親は若い実業家と駆け落ちした。身寄りのなくなった2人を受け入れてくれたのは祖父だった。
 しかし祖父は無能な子孫のことを憎んでいた。ユンケルとジェダは何度も暴力を振るわれた。祖父は無能な血族とのつながりを隠したい思いから、2人に巨額の金を渡し、デロメア・テクニカの一地方に監禁した。2人はここで祖父の金を使って、研究施設を造り、研究に勤しんでいる。
「大丈夫かい、ジェダ」
 ユンケルは妹に声をかけ、彼女が車椅子に座るのを手伝ってやる。
「ありがとう兄さん」
「どういたしまして」
 ユンケルは、妹の目をこの数年間見たことがない。彼女は、化学薬品によって視力を失っていた。ユンケルは彼女の目となり、足となり、彼女の研究を助けていた。
「ジェダ、今日はどうしようか」
「ブドウ球菌のシャーレを」
 ユンケルは好きだね、と言うと、白衣を身に着けてラボに入り、シャーレを取り出した。彼はシャーレに培地を置き、そこにブドウ球菌を塗りつけた。
「作ったよ。ジェダ」
「ねえ、ユンケル。どうして病気になる人とならない人がいるのかしら。私よりもあなたのほうが風邪を引かない。男だから?」
「ジェダよりも涙もろいからじゃないか。泣く子は育つと言うじゃないか」
「冗談はよして。でも、もしかしたら。ねえ、細菌が人の中に侵入してくる経路って、限られているわよね。本当に唾液や涙、鼻水が、人の抵抗力を決めているのかも」
 ジェダの考察が始まった頃、勢い良くドアが開き、大柄の男が入ってきた。
「くだらない研究はやめろ!! お前たちに才能など無いんだ」
 ガストン・レオパルド。2人の祖父だ。彼は日常生活に苛立つと、ここを訪れる。
「細菌など研究して何になる。今の時代は石油や石炭を使った外燃機関だろう」
「お祖父さん。小さい世界が、大きい世界を作り出しているんです。小事が大事とも言います。それは科学の世界にも言えることだと思います」
「ジェダ。養われている身で、よくそんなことが言えるな」
 ガストンは大きな手のひらを、ジェダの頬に思い切りぶつけた。ジェダは車椅子ごとその場に倒れ込む。ガストンはジェダのシャツの襟をつかみ、大声で罵声を浴びせた。ユンケルは腕を振るわせて、ガストンに殴りかかりたい気持ちを押さえていた。
 罵声を止めたのは、その場の誰でもない。黒い長髪の男だった。

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