デロメア・テクニカの平和大使であるチョパルキン・バルディッシュのオフィスは、デロメア・テクニカで一番高いタワーにあった。彼は高級なレザーチェアにふんぞり返り、部下の報告を聞いていた。
「ああん? デロメア・テクニカとサイナピアスの間の無国籍地帯で、人狩りが行われてる? 一体いつの時代の話をしてんだ?」
「それが、現在進行形で行われている出来事のようです」
「文明レベルが低すぎるんじゃねえか? しかし無国籍地帯の出来事じゃあ、国としては手が出せねえな」
 チョパルキンはガラスの窓から外を眺めた。
「アイン殿、あんたならこの問題、どう解決すんだ?」

***
「カリアス、今日は100人の人から寄付をもらった。早く復元者を退治してくれ、だってよ。あんたはもう、英雄扱いだな」
 ロキはカリアスの目の前に札束を投げ捨てる。
 カリアスはそれを慣れた手つきで拾いあげた。
「貨幣は人類が発明した偉大なる『方便』だぞ、ロキ。この紙切れによって人は、本来交換不能な『異質』なものを『等質』なものに置き換えることができる。例えば質や感動は、そもそも量では測れないものではなかったか。だが人は、貨幣によってそれを測れるようにした。主観的なものである質や感動を、客観的な量で置き換えた。これは紛れもなく、人間の科学的好奇心が生み出したものだ」
 カリアスの言葉を聞いてロキは頭を掻いた。
「すまねえ、少し嫌味ったらしかった」
「どうした?迷いが生じたか?」
 カリアスは穏やかな表情でロキを見ていた。
「少しばかり、さ。復元者がそこまで悪者なのか、俺にはわからなくてさ」
「心が揺れ動くのは、人間として正常な証拠だ。人間には無限の可能性がある。そこからただ1つの行為を選んで、選び続けて人は人生を築いていく」
 カリアスはロキの頭を撫でた。
「極端な選択肢を選ぶのは、精神的な負担が大きい。選択が極端であればあるほど、後戻りができなくなるからだ。例えば人を殺せば、博愛を訴えることはできなくなる。誰かを愛せば、別の誰かを愛することはできなくなる。だが、人は自分の可能性を狭めたくない生き物だ。そうだろう?」
 ロキは唇を噛んだ。
「カリアスの言うとおりだ。怖がっちゃいけねえと思っているんだぜ? でも心が、言うことを聞かねえんだ。詐欺師と指を刺されて詐欺師になっちまったみたいに。今回も何かレッテルを貼られるんじゃねえかって恐れてる」
「ロキ。君はどうありたい」
 カリアスはシンプルかつ力強い問いかけをした。ロキは少し悩んで、答える。
「俺は、感謝されたい。手の届く人たちだけでもいい。人を助けて、感謝されたい」
「ならば、私は君を人間の救世主にしよう。手の届く人々を、迫りくる滅亡から守る救世主にしよう。君は弁が立つ。それだけで君は、1000人の人を救える」
 カリアスの言葉を受けて、ロキは高揚感を感じていた。
「カリアスは凄いな。あんたほどの人なら、俺について来いと言って周りを服従させることもできるのに、そうしない。なぜだ?」
「簡単なことさ。人間は自由を奪われるのがイヤな生き物だと知っているからだ。作用に対して同じだけの反作用が働くように、自由を奪われたと感じた相手は、自ら自由を取り戻すために反発的な行動を取る。これを心理的リアクタンスという。そうしたら誰もが不幸だろう? 私は君にアドバイスをしているのに、君がそのアドバイスに反発してしまうとしたら、アドバイスは宙に浮いてしまう。お互いの人生を変えるような至高のアイデアも、意味をなさなくなってしまう。ならば何事も自由意志に任せる方がいい」
 ロキはカリアスがこの土地に到着してすぐ、10000人の人々を前に話した言葉を思い出していた。——カリアスはこういった。
『人間は天候を操ることは出来ない。操ることができるのは土壌だけだ。
 農業を行えば、必ず土壌が痩せる。その原因は、土壌に含まれる窒素、リン、カリウムの減少だ。それらは植物が摂取する主要な養分であり、植物が成長するためにはそれらを取り込む必要がある。そして充分に成長した植物を人が収穫し消費する。結果として土壌の養分が人によって消費されていく。だが。
 土壌は、肥やすことができる。痩せていく土壌を漫然と眺めるのではなく、栄養分を土壌に供給しよう。肝心なことは、全ての植物が同じ動きをすると思わないことだ。例えば大半の植物が地中から窒素を吸収して成長する中、一部の植物はこの重要な栄養素を地中に注入し返すことができる。エンドウ、インゲン、大豆やピーナッツといった豆類がそうだ。だから私は提案したい。シーズンの終わりには豆を植えよう。そうすれば欠くことのできない窒素を土地に蓄えることができ、翌年の収穫を約束してくれる。窒素の供給による収穫量の調整。これこそが科学だ。科学は、土地がやせ細り人々が飢餓に苦しむ運命すら、覆すことができる』
 ロキは思う。カリアスは運命に抗う者だ。科学という力を用いて、人間の滅亡という運命に抗う者だ。しかしあくまでも彼は、運命に抗うための肥料を巻くだけで、最後の選択は、各人の自由意志によって決されるべきだと考えているのだ。

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