ロゼッタ・ビルセアは船の隅でメソメソと泣いていた。
「帰りたいよう」
「正義の警察官の姿とは思えないな」
 ロキがロゼッタに声をかけた。ロゼッタは眉間にしわを寄せて彼を睨んだ。
「あなたにはわからないでしょうね!男の人しかいない、詐欺師の集団の中に、女の子が1人なんだよ。何されるかわからない。それに、きっとお父さんもお母さんも心配してる」
「お父さんお母さんねえ。そんな心配なんてしてくれるもんかね」
「してくれるよ!あなたみたいな人だってご両親はいるんでしょう」
「いるけど、あの人達は俺の心配なんかしないね。レイプされて生まれた、邪魔な子どもだったからさ。3歳のときには、煩いと喉を潰されかけたよ」
 ロキはあっけらかんと話した。ロゼッタは軽率な発現を悔いる。
「ごめんなさい」
「気にすんなよ。クソみてえなやつらだ。血がつながってると思いたくねえ」
 ロゼッタはロキの横顔を見て伸ばしかけた手を、引っ込めた。ロキはその気配を察したのか、ロゼッタの方を向き、目を丸くした。
「なんてね。これも詐欺師の嘘かもしれないぜ。飯は食っとけよ」
 ロキはロゼッタに、砂糖溶液(サトウキビ、サトウダイコンを押しつぶして水を垂らしたもの)と、魚の干物、牛乳の入った瓶を手渡した。
 ロゼッタはうつむきながら、魚の干物を少しずつかじり始めた。
「そんなの、帰れる場所がないってことじゃん」

***
「復元者を還すべき場所に還す。そして大地を、人間のもとに取り返すのだ」
 カリアス・トリーヴァは船上で、エレメンシア大陸の人々に演説を振るっていた。
「マタリカ大陸に到着したら、農業を行うための土壌を確保する。サイナピアスとデロメア・テクニカの間に、復元者の治めている土地がいくつかあるはずだ。まずはそこを還してもらおう」
 あたりからは武器がないことを嘆く声が聞こえた。サイドランドの刑務所出身の荒くれ者たちは、復元者を滅ぼすための剣を欲していた。カリアスの持っていた爆弾を使おうという声も聞こえる。カリアスは彼らをたしなめた。
「暴力に訴えてはいけない。エレメンシア大陸の惨状を訴え、難民として受け入れを求めるのだ。復元者は良い顔をしないだろうが、人間たちが我々の後押しをしてくれる。マタリカ大陸にはデロメア・テクニカ、ストライト、アルテリアなど、異なる人種が存在しており、互いにいがみ合っているが、それは細事にすぎない。皆気づいていないのだ。生物学上、人間には、たった1つの人種しかない。ホモ・サピエンスという1つの種族だ。人間における人種とは社会的な概念であって、主に歴史的な事実に由来し、生物学的な根拠は全くない」
 カリアス・トリーヴァの言葉に証拠はなかった。しかし淀みなく語る彼の声色を聞いて人々は、彼の言うことは絶対に正しいという崇拝・礼賛に至りつつあった。
 カリアス・トリーヴァが実践していたのは、人間を1つにまとめるための策だ。
 彼は大陸には憎悪と恐怖が足りない、と考えていた。人間をまとめるための方法は、マキャヴェリの『君主論』に既に書かれている。君主は、残酷に振る舞うことをためらってはならない。この人物は支持し、あの人物は敵視するということを、なんのためらいもなく打ち出すこと、それでこそ尊敬されるのである、と。

***
 デロメア・テクニカとサイナピアスの間に到着した彼らは、エレメンシア大陸の惨状を訴えた。語り部として選ばれたのはロキだ。彼はエレメンシア大陸の人々から聞いたエピソードを編選し、1つの物語を創り上げた。
『この世のものとは思えないおぞましい悪魔に、両親の内臓を引きずり出された。隣には腎臓を奪い取られた友人が転がっており、悪魔はその腎臓をうまそうに喰っていた。悪魔を創り出したのは、オルヴェンスワンに降臨した神だ。神は復元者と呼ばれる傀儡を操り、人間を滅ぼそうとしている。復元者を殺さなければならない。復元者から人間の社会を取り戻さなければならない』
 この衝撃的な言葉に、人々は恐怖を感じ、口々に復元者排斥を訴え始めた。ロキはさらにこうも伝える。
『復元者は、人間に化けて世の中に潜んでいる。彼らは、人間の価値観や希望には何の価値もないと感じている。意志疎通も理解もできない、絶対的他者だ。神の降臨した今。いつ、人間の寝首をかこうか、それだけを考えて奴らは生きている』
 この設定には、カリアス・トリーヴァが1枚噛んでいる。彼は2300年前、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによって創作されたクトゥルー神話を模倣して、人々の恐怖を煽る物語を創り出した。
 恐怖によって感情のバランスを崩した人々は、復元者を簡単に見分ける方法を求めた。カリアス・トリーヴァは、それに答えを教えるだけでよかった。
「復元者の簡単な見分け方を教えよう。人間の髪色は黒、栗色、ブロンド、プラチナブロンドの4種類しかない。それ以外の髪色の人型の生き物は、復元者だ」
 実際には人間の0.01%が赤毛だったが、彼はその0.01%の例外を切り捨てた。人間たちはすぐに、カリアスの提示した見分け方で、復元者探しをし始めた。
 犠牲者となったのは、青い髪、緑の髪、赤い髪、紫の髪の人々。思想的偏見にもとづいて行われる糾弾・排除行為、それはつまり現代の魔女狩りだった。

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