カリアス・トリーヴァの起こした奇跡は、エレメンシア大陸に棲む人間たちを安堵させた。『救世主』があらわれたと、人々は口々に言った。カリアスは彼らの言葉に、手を振って答えた。そして言う。
「マタリカ大陸に渡ろう。この時代で最も科学の進んだ国、デロメア・テクニカこそが、我々人間の最後の砦となる」
 刑務所の広場に集まった人々が、カリアスの呼びかけに呼応し、サイドランドの港へと歩を進める。その人数は10000人を超えていた。大きな船が必要だった。しかしカリアス・トリーヴァも万能ではない。船は造れないし、買うための資金も持ち合わせていない。かつてノーベルはダイナマイトを売る死の商人として、巨万の富を築いた。カリアスはその知識を持ってはいるが、富を得るには時間がかかる。
「ロキ、君ならどう、マタリカ大陸に渡る?」
「白紙の小切手で船を10隻買う。振出人はアルネスト・リークラクで」
「素晴らしいイマジネーションだ」
 カリアスは笑った。
***
 サイドランドからマタリカ大陸北部、サイナピアスとデロメア・テクニカの境界を目指して、船が出立する。旅は順調に進むかと思われた。
「はいはーい!あんた達とまって!」
 カリアスとロキの搭乗する船に乗り込んだのは、サイドランドの警察官らしき少女だった。ミニスカートのシスター服に身を包み、警棒を携えている。
「私はロゼッタ・ビルセア。あなた達を詐欺罪で逮捕します」
「カリアス、ここは俺に任せてくれ」
 ロキがカリアスに耳打ちし、ロゼットの前で大げさに驚いてみせた。
「詐欺師なんてひどいじゃないか。俺たちはアルネスト・リークラクの名を受けて、サイドランドからハーネスラインに豆を届ける最中なんだぜ?」
「私、アルネスト・リークラクさんを見たことがあります。ブロンドの髪の素敵な男性です。この中にはいないです。当たり前ですが、他人の小切手を切るのは詐欺になります」
「大統領は忙しいから、仕方ないだろ? サインは本物なんだ、確認してくれよ」
「私、アルネストさんのサインは見たことありません」
「だったら、嘘かどうかも判断できない。あんたは勘で人を犯罪者にするのか?」
「勘じゃありません。統計的に、あなたのような見た目・言動の人は詐欺をしやすいというデータが出ています」
 ロゼッタの言葉を聞いて、カリアスが口を挟む。
「データを観測することは、科学の発展の礎だ。科学とは、世の中で発生する事象の数々が、神々の気まぐれではないことを理解することだ。君もそのことを理解しているのだろう?ならば君には、人間の未来をつくる素質がある」
「え?え?」
 ロゼッタは困惑の表情を浮かべる。この隙を見てロキは船長へ出航を命じた。カリアスは熱弁を続ける。
「人は世の中の事象を正確に測るために計測器具を開発し、長さや重さを表す単位を発明した。例えばメートルやグラムがそうだ。この世界でもベルトという単位で長さを測るだろう。それは科学に大きな発展をもたらしている。しかし君が、人間も同様にデータの塊だと理解しているなら、想像力に乏しい。
 人間の心理は常に揺れ動く。モチベーションが高い日もあれば低い日もある。気まぐれで詐欺を働きたくなる日もあれば、誠実に人のために働きたい日もある。君もそうだろう? 警察官として正義を100%まっとうできているか? ゴミを道端に捨てたことは? 年老いた老人がヨタヨタと歩いているのを、見て見ぬふりをしたことは? 羽目をはずして酒に溺れたことは? 無いというのなら、記憶から締め出しているに過ぎない。人は一貫性を持って生きることは出来ない生き物だ。人間の行動を観察しても、人間の本質はわからない。だから大きなビジョンが必要になる」
「大きなビジョン?」
「そうだ。ビジョン、つまり目的やこうなりたいという役割があるとき、人は一貫性を保とうとする。脳の中のバランサーが、自分の歩く道を矯正してくれるのさ。君は警察官として、世の中の悪を取り締まり、人々に平和をもたらしたい、というビジョンがあるように見える。同様に我々は、オルヴェンスワンに降臨した神から、人間の未来を守りたいと考えている。デロメア・テクニカの科学技術をさらに進歩させることで、神の軍勢に立ち向かう術を、人間に与えたい。そのために海を渡る必要がある。
 私たちの目指す方向は究極的には同じだと思わないか?」
「ま、まあなんとなく」
 ロゼッタは頭から煙を出して、うんと頷いた。
「よかった。理解してくれたようだね。じゃあここで1つ、君にネタバラシをしよう」
 カリアスは指を鳴らし、ロゼッタにまわりを見るよう勧めた。
 船はもう、港から10ベルトも離れていた。
「私たちは、10隻の船をだまし取った、詐欺師集団だ。君はもうサイドランドへ戻ることは出来ないよ」
「ちょっと!ええー!?」
「君に1つ忠告だ。データはいつも正しい。人間が言うことよりも、ずっとね」
 カリアスは胸ポケットからタバコを取り出して火をつけると、大きく吸った。

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