第2項 ダイナマイトと時の歯車

 オルヴェンスワンに神が降臨した。
 神の軍勢はオルヴェンスワンを制圧し、勢いそのままにルクシオン、ヴィヴァリンへと歩を進め、サイドランドに到達した。ここまでわずか6日。
 かつて人間は、神が6日間で世界を創造する物語を信じた。しかし今神は、6日間でエレメンシア大陸の人間を滅ぼそうとしている。

「何が起こったんだ」
 ロキは、耳鳴りのする頭を抑えながら、周りの様子を伺っていた。
 広場に巻き起こった粉塵が晴れる。彼の視線を捉えたのは、広場の中心に君臨する黒いフードの男だ。
「あの時のオッサン?」
 男はロキの方を見ると黒いフードをエレガントにまくった。その下からは黒い長髪が現れた。男の名は、カリアス・トリーヴァ。
「かつてこの国の人間は、核戦争が起きても仕事に向かった。その魂を継承しているな、君たちは」
 言うとカリアスはライターを使い、手元の導線に火をつけた。
「ニトログリセリンを珪藻土にしみ込ませたものを薬包紙で包み、溶融パラフィンに浸漬して外側に耐水、耐湿の皮膜をつくり保護する。それに雷管を仕込んだもの」
 カリアス・トリーヴァは、その筒を白い悪魔に投げつけた。それはこの時代にはまだ存在していないはずの、人類がかつて偶然に掴んだ、幸運と技術の結晶。
「ダイナマイト」
 爆風があたりを包んだ。爆風が晴れる頃、白い悪魔は姿を消していた。刑務所の看守も受刑者も、目の前で行われた一連の出来事を理解するのに時間がかかった。だが彼らはしばらくして、カリアス・トリーヴァの起こした奇跡に狂乱した。
 ロキも狂乱に混ざり、カリアスに抱きついた。
「やるじゃん!オッサン!」
「カリアス・トリーヴァだ。君は?」
「ロキ・ラグナラダ。人のために何かしたいと思って一心不乱に働いたら、詐欺師をしていた」
 カリアスは目を見開くと、慈愛に満ちた目でロキを見た。
「その言葉は真実だな、ロキ」
 ロキはカリアスの言葉に胸を熱くする。ロキはこれまで、多くの人から疑われてきた。前頭部だけを金髪に染めた見た目がチャラい、人を褒めまくる言動が怪しいと。
「俺は詐欺師だぜ?」
「純粋な思いを信じられるほど、人は強くない。だから純粋な思いを話す人間を、大衆は詐欺師だと決めつける」
 黒髪の男はライターで持っていたタバコに火をつけた。
「同様に君も、純粋な思いを信じられるほど、強くはなかったのだろう。詐欺師だ、詐欺師だと批判され、君も自分を信じられなくなった。人に影響されてしまった」
 この黒髪の男は、ロキの精神を揺さぶる言葉を投げかけてくる。
「気に病むことはない。それは君が他人の考えをすんなりと吸収できる柔軟さを備えている証でもある。他人の声に耳を傾けられない人間は、人類の歴史から離れた場所にいる、猿にすぎない。それでも自分の軸ができあがったならば、独立しなければならない」
 カリアスはロキをまっすぐに見た。ロキは自分が生まれてから今までの人生全てを見透かされているような感覚に見舞われた。
「ロキ、相互依存の関係に至ろう。人にべったり頼るわけでもなく、自分さえよければいいわけでもなく。互いに同じ方向を向いて進もう」
 彼は黒のローブを投げ捨てた。下には金色の装飾が施された黒いシルクのコート。
「まさしくゴー、ジャスだろう。古の王の格好だ」
 カリアスは砕けた様子で笑う。ロキはカリアスの言葉を聞き入っていた。
「これから私は、人類の存亡をかけた戦いを始める。ロキ、君の力を貸してくれ」
 ロキは頭を掻いて、その場にあぐらをかいて座った。
「俺は何をすればいい?」
 カリアスはニヤリと笑う。
「私は3日後に奇跡を起こす。それまでに、神の軍勢によって恐怖に陥っている人間たちを、できるだけ多くここへ集めてくれ」
「信じてもいいんだな? 俺はもう詐欺師になるのはゴメンだぜ」
「私を信じるか信じないかは、君の思い次第だ」
 カリアスはダイナマイトの導線に火をつけ、刑務所の壁に向けて投げた。大きな壁に穴が空く。ロキは目の前にあらわれた自由に目をくらませていた。
「あんたは俺を信じることができるのかよ。詐欺師の俺を」
「私はいつだって自分の選択を信じている。君は私とともに、人間を救う男だ」
 それだけを言うと、カリアス・トリーヴァは刑務所の片隅の石ころに腰掛けた。ロキはこの男の自信に溢れた眼差しを信じてみようと思った。
***
 3日後、刑務所に足音が轟く。カリアスはロキの働きに敬意を示し、宣言する。
「刑務所から始めよう。人間の存亡をかけた戦いを」
 この日、カリアスは世界の時を止めた。そして人間の時計の針を、進めたのだ。

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