第1項 刑務所から始めよう

 オルヴェンスワンに神が降臨した。
 神は、『復元者――スピリットから物質を復元する能力を持つもの』を自らが造り出した傀儡だと評し、従え、勢力を拡大していた。オルヴェンスワンを制圧した神の軍勢は、勢いそのままにルクシオン、ヴィヴァリンへと歩を進め、これらの地域に住まう人間を殺戮し、人間と復元者の関係を破壊していった。ほんの数日前まで、人間にとって、復元者は友人だった。それが今は、人種の違う敵として、人間の前に立ちはだかっている。

 ——しかしそんなことはどうでもいい。
 サイドランド最北端の刑務所で刑を務める少年ロキ・ラグラナダにとっては。
「さーて、くだらない一日の始まりだ」
 刑務所の朝は早い。チャイムによって起こされたロキは、着替え・布団たたみ・掃除・洗顔を10分で行い、所定の場所へ向かう。
 そこはコンクリートの壁に囲まれただだっぴろい広場だった。
 ロキと同様に、刑務所に服役する囚人たちが列をなし、禿げた看守の号令で自分の番号を言う。ロキの番号は108番だった。ロキはこの番号を気にいっていた。108と聞いて思い浮かぶのは人間の煩悩だ。サイドランド出身のロキは、大晦日に除夜の鐘が108回鳴ることを知っており、それが煩悩の数を示すことを知っていた。
 眼・耳・鼻・舌・身・意という人間の6感、それぞれに「好き」「普通」「嫌い」の3つの状態があり、それらをさらに「浄」「不浄」の2つの状態、「過去」「現在」「未来」の3つの状態でかけて、6×3×2×3=108ということらしい。
 はっきりいって、わけがわからない。
 しかし特に大きな煩悩は3毒にまとめることができる。
 つまり執着や必要以上に求める——貪欲、怒りや憎しみを抱く——瞋恚、迷いの中に生きており、自分がどこにいるのかもどこにいけばいいのかもわからず、進むことも引き返すこともできず貪欲や瞋恚にどっぷり浸かって妬み嫉む——愚痴、の3つだ。
 ロキもこれは理解できる。煩悩の申し子である自分を、上手く表しているからだ。
「人生は最悪だ」
 ロキはかつて詐欺師をしていた。
 5年前、サイドランドの20歳以上60歳未満のすべての人から、少しずつお金をとって、積み立てたお金を運用して資産を増やし、増えた資産を60歳以降に受給するという仕組みを考案し、サイドランド中の企業に布教して回った。
 昔から口の上手かったロキは、100近くの企業に賛同をもらい、20億エレンもの資金を預かり運用を始めた。当初は本当に、人々の為を思って運用をしていた。
 しかし国際連合軍とズフィルシアの戦争の激化に伴うマーケットの動向を見誤り、資産運用に失敗。15億エレンを失ってしまう。ロキはこの時、残りの5億を持って国外へ逃亡することを思いつき、実行に移した。
 だが彼はサイドランドの港で警察に捕まり、刑務所へ服役することとなった。結局得をしたのは、当時60歳以上の老人たちのみだ。若者は金を搾取されて終わった。
「本当に、純粋な思いで、やろうとしたんだぜ?」
 ロキの言い分は誰も聞いてくれなかった。
***
 この刑務所の中には、濃硝酸・濃硫酸・グリセリンを混ぜてニトログリセリンを作る工場が併設されていた。このニトログリセリンは凄まじい爆発力を持っており、わずか1滴を加熱するだけで、ガラスのビーカーが割れて吹き飛ぶほどの威力を持つ。安全に運用する方法は未だ発見されておらず、この工場でも数多くの爆発事故を起こしている。しかしながら基本的に、受刑者に人権はない。そのため爆発事故が起きても、職場改善は行われない。
『人生は最悪だけど、死ぬのはゴメンだ』
 ロキは普段通り、丁寧に濃硝酸・濃硫酸・グリセリンを混ぜてニトログリセリンをつくり、アルコールで薄めていった。そんな彼の隣で、黒いフードを被り、ニトログリセリンをジュクジュクと珪藻土に染み込ませている男がいた。
『何してんだ、このオッサン』
 ロキはそう感じながらも、普段からまわりの囚人とはコミュニケーションを取らないようにしているので、無視していた。そのオッサンは翌日もロキの隣に立ち、ニトログリセリンを珪藻土に染み込ませていた。
***
 恐ろしい出来事が起きたのは、この4日後だった。オルヴェンスワンで生み出された神の軍勢が、サイドランドに到達したのだ。
 普段通りコンクリートの壁に囲まれただだっぴろい広場に集まった受刑者達は、禿げた看守の頭上に、螺旋角を生やした白い悪魔の集団を見た。その光景があまりに現実離れしていて、受刑者達は首を傾げてぼんやりとしている。
 看守も白い悪魔を一瞥すると、普段通り号令を始めた。白い悪魔たちが広場に降り立つ。90番、91番が番号を呼称する。ロキの番が近づいてきていた。
 白い悪魔が受刑者の1人を殴り飛ばす。2人目も人形のように蹴り飛ばされた。
 そんな中、ロキは叫ぶ。
「仕事にならねえだろうがー!あ!」
 衝撃波がロキの身体を吹き飛ばしたのは、彼が叫び終わるのと同時だった。
 彼は吹き飛びながら、『俺はどれだけ刑務所の家畜なんだ』と内心辟易していた。

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