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 ビルシュタイン邸。
「ビル、ここにタオルを置いておくよ」
 金髪の女性、パティ・ゼクセリアは、薄い扉で隔てられた浴槽につかる男性へ声をかけた。彼女は洗面台の上に置かれた黒鉄の仮面を見、指先を這わせる。
「どうしたのパティ」
「お姉ちゃん」
 パティに声をかけたのは黒髪の聡明そうな女性、名をリリィと言った。
「ううん、なんでもない。ちょっと考え事をしていたの」
 パティはもう一度黒鉄の仮面を見やる。
『本当にこれが、あなたのやりたかったことなの?』

 パティの知っているビルシュタインは、人前で演説などできる人物ではなかった。温厚で、周りを穏やかにすることのできる包容力を持つ男性だった。いまでも思い出すことができる、ヴィヴァリンの青々と茂った草原を見渡す丘の上。隣には、ビルシュタインを飲み込んでしまう向日葵のような明るい女性が寄り添っていた。2人は将来を誓い合い、未来はどこまでも広がっていた。2人の幼なじみであるリリィとパティは2人を祝福していた。
 しかし2年前のある日、アルネストという悪魔のような男が、パティ達を襲った。ビルシュタインにとっては天地がひっくり返るような出来事だったはずだ。ビルシュタインは、最愛の女性をアルネストに殺害された。失意のビルシュタインとリリィ、パティは捕えられ、彼の邸宅に連れて行かれた。そこで待っていたのはアルネストの奴隷としての生活だった。
「パティ、リリィ。安心しろ。俺が必ず守るから」
 ビルシュタインは、リリィとパティが男達の慰みものにならないよう、守り続けた。ビルシュタインは男達の性欲のはけ口になり、科学者の実験台になり、押し殺しきれない叫び声が邸宅に響き渡るのを、パティは良く覚えている。何日か毎に出会うビルシュタインは、人差し指が1関節ずつ短くなっていった。科学者に切り取られたんだとビルシュタインは笑っていたが、パティは涙をボロボロと流して、彼に抱きついた。
 科学者からの拷問の後遺症だろうか。ビルシュタインは次第にリリィやパティの言葉を理解できなくなっていった。彼は夜、ぼうっと月を見ていることが多くなった。時折パティやリリィと交わす会話も、片言であったり、同じ話を何度も繰り返したりすることが目立つ。パティとリリィを間違えることも、多々あった。
「もうやめて、無理しないで」
 パティは片端になっていくビルシュタインを見て、顔をくしゃくしゃにした。リリィはパティを優しく抱きしめた。アルネスト邸は悪魔の棲む場所だ。パティはこの地獄から少しだって早く出たいと強く思うようになった。

 そしてビルシュタインを連れて、彼女らは脱走した。アルネストの不在の夜、雨の強い日だった。パティはリリィと2人でビルシュタインを抱え、邸宅を出た。雨を吸ってなお軽い身体が、ビルシュタインに加えられた虐待の痕を思い起こさせた。彼女らは走る。ただただ走る。見つかれば無事では済まないとわかっているから、闇雲に暗がりを駆け抜けていった。それでも。
 人間はライトのついたジープを駆り、パティらを簡単に見つけ出した。アルネスト邸へ連れ戻される、そう諦めかけた時。神衛隊と呼ばれる神の部隊が、人間達を切り刻み、パティらを保護した。彼らは3人をセフィロス神の前へと連れて行った。セフィロス神は、健全だったころのビルシュタインのように穏やかで、全てを見通しているような哀しみに満ち満ちた目をしていた。
『復元者を導くものとなってくれ』
 セフィロスはビルシュタインにそう告げると、わずかに発光する掌を身体のあちこちに這わせた。ビルシュタインはたちまち目を覚まし、快復していく。
「あなたは、あなたが神か」
 ビルシュタインは目に涙を浮かべ、セフィロス神の手を取った。それからビルシュタインは体中の傷痕を隠すために鎧を纏い、義手を身につけ、仮面を纏い、黒鉄の魔戦士ビルシュタインとして、ビルシュタインズを率いる将となった。
「パティ、復元者は弱い。けれど神は我々を見捨てない。俺は復元者たちに神の言葉を伝える伝道者となる」
 そういったのは、もはやパティの知っているビルシュタインではなかった。





《クレイモアクロニクル目次》
第1項 アトラスという男
第2項 ビルシュタインズ
第3項 ビルシュタイン
第4項 山賊ゼノン
第5項 パティ・ゼクセリア←いまここ
第6項 スヴィーナ
第7項 忍びの森
第8項 疾風の森を駆ける王者
第9項 アルネスト・リークラク
第10項 忍者エッジ
第11項 リリィ・ゼクセリア
第12項 村医者ルドルフ1
第13項 村医者ルドルフ2
第14項 村医者ルドルフ3
第15項 ホリデュラ侵攻
第16項 ペルソナ
第17項 救い
第18項 黒鉄の仮面
第19項 カリスマ
クレイモアクロニクル エピローグ

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