atlas

 アトラスとヴァリアスは、ビルシュタインズの住処から少し離れた場所を拠点として、シーガルの観光を始めた。アトラスは人間に恐れを抱くわけでもなく、ビルシュタインズに遠慮するわけでもなく、日々の暮らしに必要なものがあれば、両者の拠点を往復して、物資の調達を行なっていた。

 とある日。ビルシュタインズの通りに緊張感が漂っているのを、ヴァリアスは見逃さなかった。
「アトラス、ビルシュタインズの通りで何かが始まりそうよ」
「そうか、待ちくたびれていたぞ」
 アトラスはヴァリアスへ告げると、緊張感の震源地へと歩を進めた。そこでは、漆黒の仮面を被った戦士が一人、演説を繰り広げていた。
「我が名はビルシュタイン。貴公らの主たる神に認められた戦士である。復元者は神と共に歩むべきだ。神は我々に道を掲示している。人々よ従順たれ」
 会場がわあと盛り上がる。それから1人の女性がビルシュタインの元へ進み、跪いた。
「ビルシュタイン様。私たちに啓示をください」
 ビルシュタインは女性の頭を足で踏み、床に頭を密着させた。
「神は仰っている。復元者は人間とは違うのだと。欲望を捨てることが重要だ。小さな自尊心は捨ててしまうことが大事だ。神は波立たぬ精神を持ち、穏やかに我々を見下ろしている。我々も穏やかな精神で生きねばならない。見返りを求めるな。エゴを抱くな。ただ穏やかに生きることを目的とするのだ」
 それはかつてマズローという学者が定義した「自己超越」という段階を彷彿とさせていた。「目的の遂行・達成『だけ』を純粋に求める」、見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭する。そんな領域。
 しかし。

『人々へそこまでの到達を求めるか』
 アトラスはビルシュタインという男を睨みつけた。ビルシュタインズの基本方針が、見返りを求めずエゴもなくとするならば、この復元者だけが住む通りでの生活は、決して幸せなものではないだろう。
「ビルシュタイン様。新しくビルシュタインズへ入ったメンバーにも啓示をお願い致します。すでに精神の浄化は済んでいます」
 言って連れてこられたのは、昨日アトラスと共に通りへ来たもの達だ。彼らは体中に痣を創り、目は虚ろで遠いところを見ている。
「欲に溺れ、エゴに身を焼かれたもの達よ。それでも神は君たちを許すだろう。ビルシュタインズの一員として、世界に静寂をもたらしてくれ」
 復元者達は涙を流した。私のようなものにこんなに優しくしていただいてありがとうございますと何度も頭を下げた。その様子を見て回りのギャラリーは拍手を浴びせた。アトラスとヴァリアスはこの光景に異様さを感じていた。

「ビルシュタイン様。邪魔者がこの中に紛れ込んでいるようです」
 ギャラリーの1人が声をあげた。ヴァリアスは、自分とアトラスが拍手をしていないことを見抜かれたかと思い、ドキリとした。しかし邪魔者と言われた人物は、ヴァリアス達ではなかった。ボロボロのマントを纏った黒髪、ヒゲの男が、ビルシュタインの前へ連れてこられる。
「山賊、何者だ」
「俺の名はゼノン。お前を殺すものだ」
 男は上着の中から小さな斧を取り出すと、ビルシュタインへとそれを振り下ろした。ビルシュタインは懐から剣を抜いて間一髪で斧を弾くと、逆にゼノンへ剣の先端を突きつけた。ゼノンは嗤う。
「ただの傀儡では無いようだな。しかし甘さが裏目に出ている」
 ゼノンは潜ませていたスピリットを復元し、巨大な人形の獣を召喚した。獣はビルシュタインへ向けて拳を振り下ろす。何人かの復元者が身体を張ってビルシュタインを守った。
「馬鹿どもが。守る価値など無いのに」
 ゼノンは悪態をつくが、ここは復元者が多すぎるとつばを吐き、後退する。
「まあいい。お前達、物資は奪ったな。撤退するぞ!」
 ゼノンの呼びかけに呼応するように、何人かがスピリットから獣を復元して、その背に乗り、建物の壁を踏み台にして跳躍。人間の海から飛び出した。
「せいぜいつかの間の静寂を楽しむことだ。神に縋り、自己を捨てた者達に未来は無い」
 ゼノンはそれだけを言うと、月へ向かう暗闇の中へと消えていった。 




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《クレイモアクロニクル目次》
第1項 アトラスという男
第2項 ビルシュタインズ
第3項 ビルシュタイン←いまここ
第4項 山賊ゼノン
第5項 パティ・ゼクセリア
第6項 スヴィーナ
第7項 忍びの森
第8項 疾風の森を駆ける王者
第9項 アルネスト・リークラク
第10項 忍者エッジ
第11項 リリィ・ゼクセリア
第12項 村医者ルドルフ1
第13項 村医者ルドルフ2
第14項 村医者ルドルフ3
第15項 ホリデュラ侵攻
第16項 ペルソナ
第17項 救い
第18項 黒鉄の仮面
第19項 カリスマ
クレイモアクロニクル エピローグ

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