第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)

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 ライロックとの出会いは、アイン・スタンスラインを復活させた。アインは対峙している敵の巨大さを仰ぎながらも、絶望はしなかった。彼はグインによって批判された現在も過去も友人との記憶も、愛すべき大切な自分(わたし)だと、胸に抱き続けることに決めた。そして大切な自分を幹とし、その延長線上に未来はあると信じ、グイン達と最後まで戦うことを誓った。

 アインはオースティアの首都クリスタニアへと帰還する。結局彼は仮面喫茶では父親からもらった手紙を読まなかったが、帰り道父親の前でそれを読み、父親を悶絶させた。その手紙には、『自分1人でできることなんてたかが知れている。他人に頼ったって良いんだ。他人の力を当てにして良い。お前は誰にだって好かれる才能を持っている。みんな待っている』と書かれていた。

 首都についたアインは翌日、クリスタニアの全閥徒を講堂へ集めた。ヴォルター・K・グインもそこにいた。
『もう戻ってこないと思っていたが、随分元気そうではないか』
 グインはアインを好奇心に溢れた目で見た。アインもグインを見据えて言う。

「この1ヶ月間は、私の人生で最も悩み苦しんだ1ヶ月でした。皆様からの叱咤は、時に過激で根拠に欠けているものに思えました。弱みを徹底的に攻撃され、自分自身を見失いそうになりました。投げかけられた言葉は、冷たい矢のようでした。ですが私は、それが皆様の本質、本意だったとは思いません。傷つく私を見て、胸の中で涙を流してくださった方もおられた、と。信じております。所信表明の日、私を穏やかな目で見守ってくださった皆様を、私は信じています」
 アインは穏やかな口調で続けた。

「何人かの閥徒が、私を批判するよう、全閥徒に指示をした。そういうことだと思っています。その統率力は感嘆するものがあります。そのような影響力のある人間が、1人なのか、何人もいるのかはわかりません。けれどそれほどの影響力があるのなら、裏から国を牛耳るようなことは、していただきたくない。王という傀儡を通すのではなく、自ら国王として表に立ち、実力を最大限に発揮していただくことこそ、国の利益となるはずです」
 閥徒達は息を飲んだ。彼は自分を苦しめた閥徒に、王になれというのだ。

「ですが、私は簡単に国王の座を譲ることはしません。ある日私は、1人の閥徒からこの毒薬を手渡されました。一時、私はこれに手を伸ばしかけました。でも今はこれを飲む気はありません。前の王が死ななければ、次の王へ変わらないという弱い仕組みは、私の代で断ち切る」
 何人かの閥徒が声を荒げた。
「ならばどうするつもりだ!」
 閥徒達はアインを否定したかった訳ではない。彼らは、アインが次の提案を口に出しやすいようにするための、前振りを行ったのだ。それはアインに対する期待の裏返しでもあった。 

「私は提案します」

 アインの次の言葉が、オースティアのシステムを変えることになる。
「国民選挙をしましょう。国民全員の投票によって、王を決めるのです。皆さんは、自分の指示する閥徒の元で、選挙活動をすればいい。もちろん私の元へ来てくれた方については、全力で守ります。どんな閥徒の暴力も許さない。それはたとえヴォルター・K・グインであっても、私の支持者には手を出させない」
 彼は力強く宣言した。

「もちろん選挙に敗北したからといって、国政を去る必要はありません。国王に立候補するようなカリスマ性・愛国心のある政治家を、国政に参加させないのは国の損失となるからです。新国王となった方は、選挙で敵となった政治家の実力を正当に評価し、参謀として採用してあげてください。その上で」
 彼は指を3本立てて見せる。
「3つだけ変更してはいけない決まりをつくります。任期を4年とすること。連続しての当選は2度までしか行えないこと。国王を勤めた後は政治家を辞めることです。これらは才能にあふれた政治家が、1度選挙に敗北しただけで表舞台から消えないために、また、国の陳腐化を防ぐために必要なことです」

 この宣言により、オースティアの社会システムは変わることになる。若い閥徒達はアインを支持することを宣言し、ヴォルター・K・グインと袂を分かった。
 若い閥徒達は、『国王を勤めた後は政治家を辞める』というルールについて、適用範囲を『選挙で選ばれた国王』のみとするよう主張した。これは今回アインが落選した場合に、再度チャンスを与えたいという若い閥徒達の総意だった。アインはその好意に甘えてルールを修正した。

 国王を選ぶ国民選挙が始まる。アインは自分がこれまで出会い、言葉を交わしてきた人々の力を頼り、この選挙を戦うことを決めていた。
 エル・クリスタニアアカデミーの学長や、エル・クリスタニアの社交部員、なかでも部長のユミル・ド・コノルーや、新聞会社を立ち上げた男やイベントサークルを立ち上げた女。バーで働いていた時に出会ったエル・クリスタニアの多くの人々。

 エールアカデミーの人々や、刑務所で出会った反政府組織のリーダー、彼に紹介された国内の主要なマフィアや武器商人。
 アインが前国王から『だったらお前がやってみろ』と宣言された凱旋式で、喧噪を治めてくれたロンドゥール・モンペリオ。
 ソフィア、アンナ、ミネルダのセレスの3閥徒。ソフィアはエールに、アンナはカルブ、ミネルダはエイモストという地域にネットワークがあり、彼女らはそこにもアインを紹介してくれた。
 アインはこれまで、誰かのために他人を頼ることはあっても、自分のために他人を頼ることはしなかったが、このときは生まれて初めて、自分自身の願いのために、全面的に他人を頼った。それは彼に人と人との繋がりがもたらすエネルギーを体感させることになる。

 エル・クリスタニアで新聞会社を立ち上げた男は『アインに対する批判が妥当なものか』という特集記事を出し、これが100万部売れた。エールにいたのも、刑務所に捕まったのも、誰かを思いやってのことだったと、その特集は記載していた。ソフィア、アンナ、ミネルダはアインと共に国内を回り、国民と交流を深めた。誰もがアインのことを好きになっていった。

 そして約600万枚の投票用紙を用いた選挙の結果、ロビン・J・ランドルフが653,542票、プラテナ・サンドレックスが895,680票、ヴォルター・K・グインが2,180,917票、アイン・スタンスラインが2,180,206票――。
 わずかに届かなかった。選挙後、アインはグインを尊敬の目で見、握手を求めた。グインもアインを認めていた。
「時代の変化に合わせて、沈滞化した組織は変革しなければならない。お前は既存の枠組みを解凍、変化させ、再凍結までさせた、組織の変革者だよ、君は」

 ここは教育の国オースティア。『今のやり方ではいけない』というアインの強い信念によって、世襲君主制という既存の仕組みが、解凍(Unfreezing)された。それは、国を動かす閥徒達の思考に変化(Moving)をもたらした。アインの考案した選挙君主制――選挙による国王選出という仕組みは、組織文化として瞬く間に定着――再凍結(Refreezing)していった。
 レヴィンの変革モデルによって示された変革は、このオースティアの地では、アイン・スタンスラインによってもたらされた。

 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)←いまここ
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 

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