第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)

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 アイン・スタンスラインは、王宮の部屋の隅で自らが生まれたことを後悔していた。新聞各社は彼をこき下ろし、とにかく批判した。周りの閥徒も蔑みの目で彼を見ている、とアインは感じていた。

 そんなとき、ヴォルター・K・グインはアインを食事に誘い、毒薬の瓶を手渡した。『本当に苦しくなったら、逃げても良いのだ』とグインは言い、アインに選択をするよう吹き込んだ。アインは部屋で毒薬の瓶を眺めながら、自分の人生を振り返り涙した。そんな彼を部屋から救い出したのは、エルゴルの故郷から追放された父親だった。父親に声をかけたのはアインの母親だ。グインが記憶批判のために、エルゴルの村へオースティアの軍人を送り込んだ際――グインは暴力による恐怖でエルゴルのアインの旧友を操った――、アインの母親は息子を貶める企みを見抜き、放浪中の父親にアインを励ます役割を託したのだった。

 父親はアインに3日ほど休みを取るよう言い、彼を父母2人の始まりの場所へと連れて行った。それはオースティアとリベラリアの国境の町エイリオだった。父親と母親はこの街の仮面喫茶――仮面を付けて飲むバーで出会ったのだと言う。父親は息子に手紙を渡し、仮面喫茶の中へ入るよう指示した。
「その手紙を中で読むんだ、バカ息子。決して悪いことにはならない」
 父親は照れくさそうに彼を送り出した。

 この仮面喫茶で、アインは運命的な出会いを果たす。それは天才ライロック・マディンとの出会いだ。ライロックは若干13歳でリベラリアの軍部大使となり、30年続いたリベラリアの内紛を治めた男だ。それから15年。彼もまた悩み、仮面喫茶に救いを求めていた。彼の悩みは、彼がエルゴルとの外交で忙しく働いている間に、いま目にかけているリベラリア次期提督候補、リノアン・デュランの教育係が、暗黒魔法の使い手であるベアトリスに決まったことだ。彼はこれまでリノアンの側で彼女を指導し、その聡明さと純真さを貴重だと感じていた。しかしベアトリスの教育によって、リノアンの純真さが失われてしまわないか、それを彼は悩んでいた。次にリノアンに会えるのは2ヶ月後だ。

 アインとライロック。後にリンカアースを担う2人の男は、この仮面喫茶で初めて出会った。聞き手となったのはライロックだった。周囲の閥徒と過去の友人から批判され、孤独感を感じていたアインは、ようやく自分の話を聞いてくれる他人に出会い、それだけでも幾分救われた。アインは自分が王ということは明言せず、現在の境遇をライロックに話した。ライロックはアインの置かれた立場を理解し、彼の取るべき道をランチェスターの法則に例えて伝えた。

「今の君は、実直に言えば弱者だ。おそらく君を取り巻く人々は、誰かを頂点として組織的に君を追い込んでいる」
 ライロックの言葉は、アインに無い発想だった。アインは性善説で物事を考える人間だったから、多くの人々が一糸乱れず、組織的に誰かを追い込む事などできないと考えていたし、そんな発想をしたことが無かった。それは、組織的にアインを追い込んだ人物の圧倒的な人心掌握力、統率力を認めることでもある。多くの人間を統率して1つのベクトルに向けることは、それほど難しい。

「ならば」
 ライロックは続けた。
「弱者である君は、強者と同じように戦っていてはいけない。敵を知り己を知れば百戦危うからずという言葉もある。彼我の力の差を正しくつかみ、それに応じた戦いをすることが大事だ。弱者の戦略は、差別化戦略を基本として5つある。1つは局地戦――ニッチ市場に狙いを定める、これまでやらなかった発想で新しい戦いの場を設けること。2つめは接近戦――戦う際には顧客との関係づくりを重視すること、自分の足を使い、直接顧客とコミュニケーションを図ることが大事だ。3つめは1騎打ち――攻める相手を絞り込む、1対1に持ち込めるような場で戦いを挑む。そして4つめが1点集中――君の強みを活かし、それに特化して勝利を目指す。最後が陽動戦だ。徹底して敵戦力を分断する。例えば相手陣営の複数の人間にメリットがあるような、競争を発起し、相手陣営の内部で争いが起きるような仕組みを作ることだ」

「ありがとうございます。今1つのとても冴えたアイデアが浮かびました。局地的で、接近戦が行なえ、1騎打ちでもあり、自分の強み――人と関係をつくることが得意な強みを活かし、相手を分断できる。冴えたアイデアです」

「それはよかった。私は、君のような聡明な青年が、大人や社会によって潰されるところを、見たくない。それが仮面喫茶で出会った、今後2度と出会う機会の無い青年であっても」
「出会うことは、できますよ」
 アインはライロックの仮面からわずかに覗く瞳を見据えていった。
「だって俺はオースティアの国王だから」
「聞かなかったことにしよう」

 しばらく後アインは深い礼をして去り、ライロックはバーボンを飲み干した。

 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)←いまここ
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 
 

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