第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)

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 オースティアは王制を採用していた。国王は世襲制で、オースティア王家から適任者が代々選ばれてきた。しかし実際のところ、国王は国政に関与していなかった。国王を裏で操り、国を動かしているのは閥徒達だった。特に今はマルルト・ストラトスの率いる最大派閥が、実質的な国政権を握っていた。

 マルルト・ストラトスがよく周囲に漏らす言葉がある。『今の国王は知能に障害を抱えており、常識的な判断が出来ないお人だ』と。それもそのはずで、現国王がまだ幼い頃のこと。先代の国王が病に倒れた後、現国王の教育係となったマルルト・ストラトスは、まともな教養を国王に与えていない。国王は世間と感性がズレ、障害者と噂されるようになる。今では誰も国王の声に耳を傾けない。国王には妻もおらず、30歳の童貞が孤独に国王の椅子に座っている。

 マルルトは、エールがリベラリアとの戦争に勝ったため凱旋したいという申し出を聞き、ある計画を思いついた。彼はそのアイデアを誰かに伝えたくて仕方なく、最も信頼している閥徒ヴォルター・K・グインにこんな話をした。
「エールがリベラリアとの戦争に勝利したそうだ。セレスも協力したようだが、いいことだな。彼らは凱旋をしたいと言っている。私はこれを許可しようと思う。グインよ。例えば、ククク、その凱旋式の場で、エールの人間が怒りに任せて国王を殺してしまうことも、ままあるよなぁ」
「なるほど。さすがはマルルト殿。そうなれば国王の椅子が空き、マルルト殿がその座に座ることが出来る」
 エル・クリスタニア出身の青年閥徒ヴォルター・K・グインは、マルルトのやり方を批判的に見ながらも、彼に迎合していた。
「その通りだ。グイン、その時は君にも働いてもらうよ。凱旋式が楽しみだ」

***

 マルルト達の企みを知る由もなく、アイン達は凱旋式と称して、首都クリスタニアへ上京した。国王からの勲章授与が予定に組まれており、それを誰が受け取るかが話題になった。ソフィアやアンナはアインを推薦し、エールの民もそれに納得して、アインが大役を引き受けることとなった。

 凱旋式は非日常的な雰囲気を醸し出していた。首都クリスタニアの軍隊が周りを囲い、その内側にクリスタニアやエル・クリスタニアの閥徒が勢揃いしている。会場にはひな壇が用意され、その頂上で国王が座っていた。アインは1人ひな壇を上り、国王と対峙した。国王はボソボソとこう呟いた。
「リベラリアとの戦争ご苦労だった。はい、勲章。何か言いたいことあるかね」
 アインはこの国王が最低限の常識も備えていないことを、一瞬で見抜いた。アインにはこの国王が、エルゴルの山ノ神とダブって見えた。
「国王、失礼ですがあなたは、エールが戦争を起こした理由、一部の国民が中央政府から自立するために起こした戦争の意味を、何も理解していない」
「それを理解する必要はあるのか。戦争には勝った。それでいいだろう」

「なるほど、あなたは国民と相互理解を深めようとしてこなかった。そのやり方すらも教えてもらわなかったんですね。ならば教えてあげましょう。
 自分が知っていて、他人も知っている”私”、それこそが自分です。例えばあなたがオースティアの国王だということは、みんな知っています。この”私”を『自己概念』と呼びます。他者との交流とは、この概念を広げることに他ならない。胸の中に隠し持っている自分を、自己開示することで、または自分では気づかない”私”を他者から教えてもらうことで、自分を広げていかなければ」
「やめろ!」
 国王は耳を塞いだ。

「わしは何度もやろうとした! けれども周りは、わしを決して認めないし、何もまともなことは教えてくれなかった! 普段着はピンクの服ばかりだ。どう考えてもバカにされてるんだよ、わしは! 国政にも興味は無い。このまま無難に時が過ぎればそれでいい!」
「国王。やっといま、ジョハリの窓が開きました。それでいいんです! 俺はあなたの言葉を聞きます。そうして他人とコミュニケーションを取り、違いを認め合うことが重要なんです。さあ、手を――」

 刹那、アインはこのとき、国王に向けてボウガンの矢が放たれたことを察知した。彼は自らの掌を犠牲にして、これを弾いた。それから所持していたスピリットを復元し、矢の射出者を探した。掌からは血が滴っていた。アインは、この凱旋が国王を殺すためのカモフラージュであることを見抜き、それを王へ伝えた。しかし王はなすがまま、流されることを選んだ。

「もういい、わしは疲れた。痛くなければ、それでいい」
 アインはついに国王を罵倒した。「馬鹿」と。

「――馬鹿だと!?」
 国王は腰に携えた剣をアインの首元へ突きつけて言った。
「だったらお前がやってみろ。この苦しみの中、聡明で居続けてみろ! わしは決めた。お前が今日から国王だ!」
 ――国王の初めての主体的な選択。しかしアインだけで無く、その場にいた全ての人間がこの唐突な宣言に凍り付いた。

 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)←いまここ
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 
 


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