第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)

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 セレスは3人の閥徒によって治められていた。彼女らの名前はミネルダ、ソフィア、アンナといった。ミネルダが28歳、ソフィアが26歳、アンナが24歳の若い女性だが、彼女達は聡明で、学園都市を極めて健全に運営していた。

 ケルトがセレスを訪れたのは、アインが刑務所に連れて行かれてから1ヶ月程後だった。彼はセレスのモーテルに泊まり、日々の生活費を稼ぎながら燻っていた。そんな彼の耳に、アインの消息が飛び込んだのは、さらに1ヶ月程経った頃だ。セレスの閥徒が若い男をアドバイザーとして雇用し、エールの凶行を止めるための活動に協力させているというのだ。ケルトはこの若い男がアインだと確信し、セレスの閥徒を訪ねた。彼の睨んだ通り、アインはそこにいた。

 アインは既にセレスの3閥徒とラポール――相互に信頼し合い、安心して感情の交流を行える関係が成立している状態――を築いていた。彼らは暴走し始めたエールの民を、説得するシナリオを作成していた。
 実はアイン達は既に1度、エールの人々と接触し、説得を行なっていた。主に話をしたのはソフィアだ。ソフィアは元々エールアカデミーを主席で卒業し、振興都市の立ち上げに伴いセレスに移住した。だからエールの教授とも面識があり、話を進めやすかった。ソフィアは、エールの凶行に出た原因が、アインを捕えられたことだというならば、今弁護士の力でアインは無罪を勝ち取り、罪を逃れたのだから、中央政府と戦う理由は無くなったのではないかと唱えた。しかしエールの民は、1度アインを罰した事実――隣国からの侵略に対して声をあげた人々を法によって縛り付けるという中央政府のやり方が不満なのだと訴え、凶行を止めようとしなかった。

 議論が並行する中で、アインが重視したのは、FABEを徹底することだった。つまりはエールへ薦めるアイデアの、特筆すべき特徴(Feature)をまず説明する。その特徴がどういった利点(Advantage)をエールに与えるかを説明し、その後、利点がどのような便益(Benefit)――生後、損得、善悪、好悪の4つの論点のどれかで語られる利益や価値――をもたらすか示し、その証拠(Evidence)を伝える。これは説得力を高める方法として経営でも用いられている手法だった。アインはこの手法で、エールの人々を効果的に説得することを考えていた。アインは話す。

「私たちの願望通りにエールを動かそうとすると、必ず反発は起きます。だから私たちはエールを、単に中央政府と仲良くするよう説得するだけではなくて、色々な選択肢を考えて、彼らにやりたいことを選んでもらうのが良いと思うんです。例えば極端な例で言えば、オースティアから独立して新たな国をつくるとか。リベラリアの領土になるとか。中央政府からの自立を表現するなら、エール単体でリベラリアと戦争をして勝ち、首都へ凱旋するとか、中央政府からの援助無しでも都市が成り立つよう巨大なビジネスを立ち上げて成功させるとか。そういった広い視点でアイデアを練り、FABEに基づいて資料をまとめていきましょう」

 ケルトは、この聡明な男に嫉妬を抱き始めていた。ケルトはエールの人々を愚かと蔑んでおり、彼らの願望などへし折って、恥辱にまみれされ、屈服させればよいと考えていたから、アインのように柔軟な発想が生まれないのだった。ましてやエールの人々にやりたいことを選ばせたら、それは必ず間違っていると思っていたから、ケルトはこの検討中、全く主体的に意見を出さなかった。アインはそんなケルトを面白いと感じ、セレスの3閥徒も含めた5人でよく食事会を開いて話を引き出した。

 彼らはできあがったアイデアをエールへ持っていき、ソフィアがエールの民にプレゼンした。エールの民はセレスの人々が、自分達の立場に立ってアイデアを検討してくれたことに感謝し、『エール単体でリベラリアと戦争をして勝ち、首都へ凱旋する』案を採用した。オースティアは好きだから離れたくなく、中央政府からの自立をしたい彼らは、しかしビジネスを成功させる自信は無かったため、力によって自立を表現する道を選んだ。
 アインは、1度だけなら使えるアイデアがあると伝えた。

「エール単体で戦争を起こすとなれば、兵の数も武装も充分用意できないことは容易に想像がつきます。特にリベラリアの軍人は、長年の経験から間違いなく、そのように認識するでしょう。経験による、思い込みです。そこで潤沢な兵力と武装を整えて戦争に向かえば、油断していたリベラリアの軍を1度だけなら退けることも可能と思います。その際には最初から潤沢な兵がいると認識させてはいけないから、セレスの民が兵を率い、途中で合流するなどの策を講じる必要があるでしょう。武装については、私の方で、少しあたってみます」

 アインは刑務所で反政府運動の指導者に紹介された武器商人へ連絡し、武装を購入した。商人は中央政府を主な顧客としていたが、彼らにとっては国内の情勢など関係なく、武器が売れれば満足だからエールにも武器を売った。

 エールはリベラリアの軍と対峙し、多くの死者を出しながらも、戦いに勝利した。彼らに達成感と後悔が生まれつつある中、アイン達は凱旋を行なう。

 
 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)←いまここ
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 

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