第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)

ain

 エールアカデミーでリベラリア軍人を退けたエールの学生と教授は、強い自己肯定を感じていた。アインとケルトという英雄のもと、彼らは自分で行動し、現在を変えた。エールの人々はそういった経験が乏しいから、余計に今回の事例を誇りに思っていた。

 ところがエールの司法が彼らに与えたのは罰だった。リベラリアの軍人を退ける際、何人かの学生が調子に乗ってリベラリア軍人の命を奪い、遺品を不埒に扱ったのだ。それに対してエールの司法は過剰防衛の判決を出し、その先導者であるアイン・スタンスラインを捕えることを決めた。
 アインは、エールで凶行を起こした学生の未来を生け贄とし、自身が救われることもできた。学生の自業自得と片付けることもできたのだ。しかし彼は自分自身の将来と、学生の未来を天秤に賭けた上で、おとなしくこの判決を受け入れることに決めた。なぜなら彼は将来、こういった一般の人々のことを1番に考え、彼らの問題解決に尽力したいと考えていたからだ。

 アインは落ち着いて判決を受け入れ、警察に連行された。アカデミーの人々はそれを見、この判決に反発した。エールの人々は司法――その後ろで国を管理しているエル・クリスタニアやクリスタニアの閥徒達――へ怒りを抱き、中央政府へのデモ運動を開始した。エールの人々の間で、中央政府に反発することが格好良い、という妙なムーブメントが発生していた。ケルトは、中央政府に歯向えば、エールへの物流制限や資本流入制限が行なわれ、エールが衰弱していくことを予測していた。ケルトは『それならばエールを出よう』と考えた。彼はエールに見切りを付け、近隣の学園都市であるセレスへ向かった。

***

 アインはエールの東の端に存在する刑務所へ収監されていた。この刑務所は殺人・強盗・強姦といった凶悪犯罪者や、反政府団体の関係者を収監していた。アインは収監当初、懲役によって自分の人生が、数年間遅延することを絶望していたが、ギムナジウムを若くして卒業した分、人生の残り時間に余裕があったから、むしろこの刑務所内での出会いを楽しみ、将来に役立てることが有益だと開き直った。彼は周りの犯罪者へ積極的に話しかけた。実は彼らは、アインの足りない部分を補ってくれる人々だった。つまり人生を狂わせる3つの趣味――酒・異性・ギャンブル――それどころか麻薬にまでも溺れた人々がそこにいたからだ。彼らの失敗談や武勇伝は、非常識な世界だったが非常に面白い話題で、アインの知見を広げていった。

 アインは、麻薬中毒者、女性を下半身で判別する男、武器商人、マフィアのボスといった豊富なメンバーと、刑務所での煉瓦づくりなどを通してコミュニケーションを取っていた。そのとき、オースティアの反政府組織を指揮していた男が、アインに接触してきた。男はアインの才能を見抜き、こう述べた。
「アイン、君はまだ知名度がない。けれど今後、広く人々に知られることになるだろう。それこそオースティアで最も有名な国士となって、この国の政治を変えていくだろう。私はイノベーター(革新者)だ。君のような才能あふれる人間を世の中に先立って評価し、オピニオンリーダーとして君の価値を人々に伝えることが、私の使命だ。そうすればアーリーアダプター(初期採用者)が君に協力し、キャズムの溝――普及率、支持率16%の壁――を超えられるだろう」
イノベーター理論ですね」
「経営にも理解があるとは、さすがだね。私がかつて反政府運動を行なっていた時は、キャズムの溝を超えることができなかった。それは掲げた信念に魅力が無かったためだろう。私の信念はやはり歪んでいるんだ。けれど君はそうではない。ならば私は君をこの刑務所から出そう」

 男はアインに希望を授けた。彼は反政府運動時代の友人を用いて、エールの司法へ起訴し、豪腕の弁護士を雇い、アインの無罪を力づくで勝ち取った。数年間の刑期を覚悟していたアインは、男に深く頭を下げた。男はアインの肩を叩き、優しく告げる。
「これが大人の戦い方だ。決められたルールの中で、どんな手でも使う」
「情報の非対称性を最大限利用する、ということですね。自分だけが知っていて、他人が知らない知識を活用する」
「そうだアイン。だから知識は武器になる。だから教育システムが確立された環境で育ち、知識の豊富さを重視する、オースティアの人間は世界を導くことが出来る。さあ、これからは教えた通り、セレスへ向かうんだ。あそこの学園都市を治めているのは女性だ。君がその女性達に取り入ることが出来れば、ラガード(遅滞者)も味方に出来るだろう。女性はえてして、古いものを好み、変化を受け入れない存在だ。だから君を試すのにちょうどいい」
 男は最後に、国内の主要なマフィアや武器商人の連絡先をアインに伝え笑う。
「大人は力を持っていなければならない。君ならば巧く使えるだろう」
 
 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)←いまここ
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 


関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

Twitter でフォロー

ページ上部へ戻る