第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)

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 オースティアに入国したアイン・スタンスラインは、数か月の受験勉強を経てエル・クリスタニアのアカデミーを受験した。この国で最も学力が高く、国内の才知溢れる若者が集い、政治家も多数輩出しているアカデミーだ。アインはこの難関大学の入学試験にて、数学と語学で高得点を取り、アカデミーの学長に呼び出されて、簡単な面接で過去について問われた後、試験に合格した。

 アカデミーに入学したアインは、これからの人生――自分のあるべき姿(To be)を考えた。彼は現状(As is)とあるべき姿(To be)のギャップこそが問題で、両者の差を明らかにして、問題の大きさや特徴を正しくつかむことが、問題解決の足がかりとなることに気づいていた。例えば彼は将来、世界の問題解決に関与するため、権力を得る必要があると考えていた。そのためには学問と政治に秀でていることはもちろん、オースティア内外の知識人とつながりを持ち、良好な関係を築くことが必要だった。つまり彼のあるべき姿は、コミュニケーション能力、聴く力と話す力を極めること。中でも話の種となる出来事――金や権力のある人々と付き合い、突出した成果、旅や食やスポーツ、酒・異性・ギャンブル、ハチャメチャな失敗といった経験を得ることが大切だった。

 彼はアカデミーの社交部を訪ねた。本校の社交部は、4回生の部長ユミル・ド・コノルーの人脈によって、OB, OGの政治家を巻き込んだ大規模なパーティを行なうことで有名だった。しかしその年会費は100万エレンと高額で、部活を続けるのは並大抵ではない。だからといって富豪の息子だけが社交部に所属している訳ではなく、貧しい家庭の学生も部活を続けていた。その会費がどこから出ているのかといえば、答えは3ヶ月に1度開かれる社交パーティだった。その場で政治家や外交官にパトロンとなってもらい、援助をしてもらう仕組みだ。アインは日々の暮らしもままならない極貧生活の中、社交部の活動を続け、身だしなみに全ての資金を投じて、初めての社交パーティに臨んだ。

 若くしてギムナジウムを卒業した彼を評価する政治家は多く、中でも新興都市セレスの立ち上げに貢献した閥徒である、ロンドゥール・モンペリオが彼に入れこんだ。アインはロンドゥールから500万エレンの出資を受け、社交部の獲得出資ランキングの2位に躍り出た。社交部では金による評価は何よりも正確というユミルの意向から、出資獲得金額によるランキングを設けていた。

 アインは社交部に所属して成果をあげながら、オースティアの知識人が集う飲み屋でバーテンダーを始めた。彼は人生を狂わせる3つの趣味――酒・異性・ギャンブルの中では酒を最も気に入っていた。彼はバーテンダーの仕事を通じて様々な酒の作り方を学び、多くの知識人と交流を深めていった。
 アイン自身は謙虚で、誰にでも興味を持ち、話を聴く姿勢を持って、他者と接していたのだが、彼自身の経験のインパクトが強すぎて、一般の人々の方が彼の話を聞きたがった。例えば美容院で眉毛を整えるために1週間食事を抜いたとか。お客様の話を聴くと誓ってバーの仕事をしていたら、相手の話を引き出しすぎて次の日の夜まで話を聞いてしまい、お客様が会社を首になったとか(首になったというのは誇張表現で。実際はアインの店で知り合ったメンバーと新たな会社を立ち上げた)、逸話はいくつも出てきていた。

 ボランティアにも進んで参加した。特にオースティア東部の無国籍地帯で、貧困に苦しむ人々へ配給を行なうボランティアは、彼の問題意識を高めた。彼はそこで出会った孤児の少女に社交ダンスを教え、月明かりの下、共に踊った。

 アインはアカデミー生活で豊富なエピソードと人脈を着々と積み重ねていた。彼に転機が訪れたのは1年目の冬。その原因はアインが最初に参加した社交パーティで、512万エレンを獲得して獲得出資ランキング1位となった同級生のマスマティカ・アスロットという女性だった。
 マスマティカは、両親の復讐のために生きていた。彼女の両親は正義感に溢れる政治家だったが、同僚に無実の罪を着せられ、追いつめられて自殺した。彼女は、マルルト・ストラトスという閥徒が両親を追いつめたと推察していたが、証拠はなかった。

 マルルトはオースティアで今最も力を持つ政治家であり、過去の罪を消し去ることなど雑作もなかった。そもそもマルルトは利口な男で、証拠が残るようなことはしなかった。彼は12人の手下を巧みに使って、マスマティカの両親を追い込み、自殺へと追い込んだのだ。
 マスマティカはこの12人の行方を追っていた。マルルトから協力を要請された証拠を持っていないかを確かめるためだ。アインは国の政治を動かしている悪の存在に興味を持ったのと、マスマティカを復讐の輪廻から解放したい気持ちから、彼女に協力した。

 アインは社交パーティやバーテンダーの仕事を通して、マルルトへの足がかりをつかもうと尽力する。さらに新聞部へ入部し、エル・クリスタニアの著名人へインタビューをして回った。
 そういった活動の中でアインは、マスマティカの両親が自殺した当時、新聞社において異例の早さで昇格した記者がいたことを突き止め、インタビューを決行した。インタビューを通じてアインは、記者がマルルトの手下の1人で、広報を担当していた人物だと確信する。
 アインは、この記者の協力を得られないかと考えた。しかし記者とのインタビューを進めていくうちに、記者の言葉の節々からマルルトへの傾倒が見て取れたため、当たり障りなくインタビューを打ち切り、記者から手を引いた。捜索は暗礁に乗り上げたように思えた。
 しかし、ある貧困街出身の若者から、10年ほど前にエル・クリスタニア南部に位置するスラム街で、元貴族の人間が乞食に物資を配っていたという噂を耳にする。スラム街の星、ジャンクスターとなったこの男は、スラム街の人間を使い、マスマティカの両親を追い込む役割を担っていたのだ。アインとマスマティカは男と接触し、話を聞いた。男はマルルトを簡単に裏切った。
「マルルトは俺のことなど覚えちゃいない。ならば俺は風の赴くままだ」
 ジャンクスターは不敵に笑うと、マルルトとの取引の証拠を、アイン達へ渡した。ジャンクスターの資料は、エル・クリスタニア最大の製薬会社が、マルルトの企みに関与していたことを示していた。マスマティカはその中でも、覚醒剤の生成にかかわった男を敵視した。資料には、彼女の両親へ無理矢理覚醒剤を打ち、自害に追い込んだことが記載されていた。
 資料を読んだマスマティカは、男のラボを突き止め、1人で襲撃を行なうことを決めた。アインは、マスマティカの憎悪に気づいていた。彼女がラボへ向かった時、アインも彼女を止めるためラボへ急いだ。

 ラボで薬を弄っていた男は、マスマティカの鬼気迫る表情を見、何かを悟った。マスマティカは隠し持っていたスピリットから銃を復元し、男を撃った。銃弾は、駆けつけたアインの掌を貫く。アインは痛みに耐えながら、男へ、マスマティカの抱える想いを吐露した。男は呆然とそこへ座り込む。
 マスマティカは、アインの掌と引き換えに、正気に戻ったようだった。彼女はアインの側へ走り寄り、座り込み、涙を流した。
「どうして。私はあなたを不幸にしたくないのに」
「俺が不幸になることなんてどうだっていい。大事なのは君が不幸にならないことだ」
 アインはマスマティカの涙を拭く。彼は掌から血を流しながらマスマティカに向かって言葉を紡いだ。
「マスマティカ、この方法では、君が救われない。まっとうな生き方をして幸せになることが両親への供養になると、俺は思うよ」
 彼女はアインの掌に触れて涙し、復讐に生きる人生をやめた。
 
 
 
《第1部アイン・スタンスライン目次》
プロローグ
第1項 アイン・スタンスライン1(PDCA)
第2項 アイン・スタンスライン2(5−Why)
第3項 アイン・スタンスライン3(As Is / To be)←いまここ
第4項 ケルト・シェイネン1(GROWモデル)
第5項 アイン・スタンスライン4(イノベーター理論)
第6項 アイン・スタンスライン5(FABE)
第7項 アイン・スタンスライン6(ジョハリの窓)
第8項 アイン・スタンスライン7(MVV)
第9項 ライロック・マディン1(ランチェスターの法則)
第10項 アイン・スタンスライン8(レヴィンの変革モデル)
第11項 ライロック・マディン2(ハインリッヒの法則)
Product(第2章以降はこちらへ)
 
 

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